16-10 ようこそ、エルネの里へ
「ようこそエルネの里へ」
かっぽかっぽ……
心のエルフ店出発から三日後。エルネの里。
のんびり走る馬車の荷台で、カイはウィリアム達に頭を下げた。
オルトランデルで一泊。
エルネ道の駅分里で一泊。
途中でさらに一泊。
普段はシャル移動だったり異界移動だったりであっという間の移動だが、普通に行くとやはり遠い。
ミリーナが俺を担いで夜通し駆けたもんなぁ……
と、昔を懐かしむカイである。
「さすが竜峰ヴィラージュ。爆ぜる音が聞こえても、ふもとまでずいぶん遠かったな」
そんなカイとは対照的に、ウィリアム達五人は外の景色を楽しんでいる。
王都からランデルまではおよそ一ヶ月。
いまさら三日増えたところで気にはならないのだろう。
はじめて入るエルフの領域に興味津々だ。
「エルフの農業が高度すぎて植物学者の僕でも訳がわからない! さすが古の種族エルフ!」
それ、エルフ農業学会の最近の成果です。グラークさん。
「あれはマナ回復薬に使われるエメリ草の群生地か? 人間なら取り尽くすのに道ばたに無造作に生やしてるなんてさすがエルフ!」
食べてもマズイからです。ベルモットさん。
「見ろ、あのエルフの身のこなし。以前ご一緒させて頂いた勇者以上だ」
そうですねガロルドさん。
ですけどアレ、昼ご飯の注文競争です。
「石垣、柵、そして水堀、さらに門番……まさか道の駅があそこまでに強固に守備されているとは。エルフの食への執着は伝承にもいくつか記述がありますが、どれもこれも悲劇で終わってしまうんですよね。おっと記録記録」
そうだったんですか。ハインツさん。
くううっ、昔のエルフは本当に切ねぇなぁ……
「がはは。エルフすげえなカイ」
そんな皆を見てマオが笑う。
五人は移動の時間をそれぞれ楽しんでいる。
暇してるのはカイだけだ。
いやぁ、だってシャル速いんだもん。
異界超便利なんだもん。
と、まだ着かないと思う自分が奇蹟どっぷりだと痛感するカイである。
二泊三日のこの行程も異界で十分シャルなら五分。
本当にあっという間だ。
「カイ殿おかえりー」「おかえりカイ殿ー」「長旅だったみたいだねー」
「心のエルフ店だけどな」「「「近っ!」」」
「馬車で行けばこんなもんだよ」「「「遅っ!」」」
馬車を追い抜く昼飯エルフ達がカイに声を掛けてくる。
カイは気楽に手を振って、注文競争を見送った。
「カイ、君は信頼されているのだな」「長い付き合いですからね」
ウィリアムが感心したように呟く。
当然と言えば当然。
今のランデルはカイとミリーナの出会いから始まった。
エルフとの付き合いを誰よりも早く始めたのはカイ。
そしてエルフの呪いを祝福に変えたのもカイ。
カイはウィリアムに言う。
「ミルト婆さんの言葉に従ったら、なんかうまくいきました」
しかし、それらが上手くいったのもカイが師と仰ぐ人のおかげ。
ミリーナと出会った時、カイがその言葉を思い出したおかげだ。
「あれか?」「あれですね」
「「祈る暇があるなら自分の頭で考えなさい。神と人は道が違うのですから」」
二人の声が重なり、ウィリアムとカイが笑った。
「あれは聖樹教の司祭が言う言葉ではないよな。カイ」
「神に祈りを捧げる人が、祈らず自分で何とかしろですからね」
「しかしそのミルトもランデルに来なければ悟らなかっただろう。いやはや、世の中とは面白いものだなカイ」
「そうですねウィリアム様。オルトランデルが森に沈まなければ、ミルト婆さんも普通の聖樹教司祭だったかもしれませんね」
聖樹様の奇蹟全盛の時代にそれに気付いた聖樹教司祭ミルト・フランシス。
それも森に沈んだオルトランデル、ランデル領主と領民の足掻きがなければなかっただろう。
ランデルの民が足掻いていたからミルトは手を差し伸べ、その手をランデルの民が取ったから今の繁栄がある。
幸福も不幸も縁。
幸福にあぐらをかいていた者は縁を失い不幸となり、不幸に足掻いていた者は縁をつかんで繁栄の道を進む。
本当に、世の中わからないものだ。
「ホッホッホ。つまり私が芋煮の香りに惑わされたおかげという事ですな」
「……長老、こんな所で何してる?」
「カイ殿がルーキッド殿の子を連れてきたと聞いて野次馬げふんげふん挨拶に。皆様ようこそエルネの里へ!」
さすがはエルフ。地獄耳だ。
「注文競争はどうした?」「はぁ?」
「長老だ!」「長老がいたぞ!」「捕まえて昼ご飯を作らせろ!」「ひーるーごーはーんーっ」「ぬほぉいっ! カイ殿、それではまた後ほど」
ハラヘリを握りしめたエルフ達が長老を担ぎ去っていく。
「カイ、今のは?」「エルネの里の長老です」
「「「「あれが?」」」」
まあ、あの程度はまだまだ軽い。
中央に行くほど奇妙。
それがエルネの里だ。
「あったかご飯の人だーっ」「「「へへーっ」」」
「あったかご飯の人!?」
ウィリアムが素っ頓狂な声をあげる。
「カイ、あったかご飯の人とは?」「エルフの現人神ですよ。ハインツさん」
「「「「なんだその名前!?」」」」
「笑い事ではないぞみんな。あったかご飯の人は貴族の間でハラヘリ神と並ぶエルフの荒ぶる神として恐れられているのだ」
「「「「本当ですかウィリアム様!?」」」」
「聖教国の今のありさまも、あったかご飯の人がお怒りになったからだと言われている」
「「「「ええーっ!」」」」
すみません。あったかご飯の人もハラヘリ神も俺のことです。
ちなみに笑ってるマオもボルクでは真・焼き菓子様って現人神です。
『今日の千本尻叩き素振り、行きますよ祝福エリザ』『わかりました祝福ベルティア』『『ぶぉん! ぶぉん!』』
「あの素振りは何ですか?」「あの二人は尻叩きが趣味なので」
「「「「尻叩きが趣味!」」」」
すみません。あれがうちとエリザ世界の神の姿です。
『もっしゃもっしゃ。あらカイ、おかえりなさい』
「カイ……こ、この竜は?」「家族でバルナゥの子供の幼竜マリーナです」
「「「「竜!」」」」
ルーキッド様だってバルナゥ飼ってるようなものじゃないですか。
『あー、カイおかえりーっ』
「カイ、エルフの家は喋るのか?」「家族の世界樹シャルロッテです」
「「「「世界樹!」」」」『よろしくーっ』
ちなみに家の中はシャルの腹の中です。
そして家の扉が開き、中から妻達が現れた。
「カイ、お帰りえう!」「お客様ウェルカム」「カイ様お帰りなさいませ」
「カイ、このお三方のエルフは?」「俺の……妻です」
「「「「ハーレムえう!」」」」
なぜにえう?
「すげえ! 伝承に書かれていない事ばかりだ!」
「世界樹まで育てているとは!」
「尻叩きの女性がまともに見える!」
「以前入った異界だってここまで奇妙じゃなかったぞ」
「「「「さすがエルフ! 神秘的だ!」」」」
すみません。うちの回りだけ奇妙ですみません。
騒ぐ客人に心で土下座のカイである。
ルーキッドからある程度聞いていただろうウィリアムも、あまりに奇妙なエルネの里に唖然だ。
「カイ、エルフの里は皆、こんな感じなのか?」
「いえ、ここだけだと……思います」
『全部エルフではなくカイなのじゃ! カイこそが神秘なのじゃーっ!』
「やかましい!」
「「「「今の『のじゃ』はどこから!」」」」
彼らはエルフの里の奇妙さに感心していたが違う。
あったかご飯の人も尻叩き祝福も竜も世界樹もハーレムも全部カイ絡み。
人間だからと彼らからはスルーされていたが、カイ・ウェルスこそがエルネの里最大の神秘なのであった。
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
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