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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
16.それこそが、命の輝き
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16-9 欲望は、善意を操る

「こいつが案内を頼んだエルネの里の人間、カイ・ウェルスだ」

「エルネの里で行商を営んでおります、カイ・ウェルスです」


 ランデル、閉店後の心のエルフ店。

 マオの紹介に、カイは五名の客人を前に深く頭を下げた。


「伝承研究家のハインツ・モルセと申します」

「薬師ギルドのベルモット・グランタです」

「植物学者で青銅級冒険者のグラーク・タランです」

「護衛隊長、金級冒険者のガロルド・カーツだ」


 カイに相対する面々が次々と頭を下げる。

 伝承研究家、薬の専門家、下級冒険者、上級冒険者。

 見るからにインドア派の二人にアウトドア派の二人。

 バラエティに富んだ面々だ。


 そして最後の一人は……見るからに育ちの良い青年。


「私はウィリアム・ランデルだ」

「……ランデル?」


 聞き慣れた名にカイが首を傾げる。

 マオが笑った。


「こいつはルーキッドの息子だ」「ええっ……」


 カイは驚いてウィリアムを見た。

 言われて見れば、どこかルーキッドに似た雰囲気がある。


 カイはエルフの里に住んでいるがランデル領民だ。


 この方が次期領主になるのか……


 と、カイはもう一度深く頭を下げる。


「ルーキッド様には色々とお世話になっております」

「そうなのですか?」

「はい。本当にお世話になりっぱなしで……」


 超絶お世話になってます。

 主にはっちゃけ後始末で。


 と、カイは心で付け加える。

 普通の領主ならとっくの昔にランデル立ち入り禁止を言い渡されているだろう。


 竜など比較にならない神のはっちゃけ発生源であるカイが今でもランデルに出入りできるのは、奇蹟慣れしたルーキッドのおかげだ。

 奇蹟が良い事だけでなく悪い事も引き起こす事を彼は良く知っており、絶妙な距離感ではっちゃけをいなしているのだ。


 この人も、いずれ俺のはっちゃけ後始末に振り回されるんだろうなぁ……


 と、心で深く深く頭を下げるカイである。

 数十年後にはウィリアム様ごめんなさいと心で呟いている事だろう。謝罪先払いであった。


「カイ・ウェルス……どこかで聞いたような……いや、それは後だ」


 そんなカイの心情など知らないウィリアムはカイをまじまじと眺めて首を傾げ、それは後だと言いながら首を振った後、カイに聞いてきた。


「カイ。君はエルネの里でエルフと一緒に暮らしているのか?」「はい」

「つまり、エルフとは近所付き合いをしている仲良し?」「そうですね」


 仲良しどころか言葉ひとつで大暴走します。


「エルフは竜と仲が良いと聞くが、本当か?」「はい」

「つまり、君もバルナゥとは仲が良い」「ルーキッド様ほどではありませんが」


 お互い、神々のはっちゃけに振り回されていますので。


「で、ヴィラージュには登れるのか?」「道は険しいですが、登頂できますよ」

「そうか……そうか! 我らの道はまだ閉ざされてはいないぞ!」


 カイの短い返事にウィリアムは頷き、並ぶ皆に叫ぶ。

 ガロルド、グラーク、ベルモット、ハインツも喜んだ。


「これでベルリッチ侯爵様も安心なされるだろう」

「大竜バルナゥの棲むヴィラージュはまだ人がほとんど入っていない場所ですからね。あぁ、いったいどんな植物が……」

「マナの強い場所には強い薬効を持つ薬草が生えると聞く。これは楽しみだ」

「ご領主のルーキッド様にウィリアム様が門前払いを受けた時にはもうダメかと思いましたが、伝説の不老不死の霊薬に一歩近付きましたな」

「え? ウィリアム様、ルーキッド様に何をなさったのですか?」

「ハハ……奇蹟を広げようと進言して、こてんぱんにされたよ」


 カイの問いに、ウィリアムが苦笑いで答える。


 そりゃ、そうでしょう……


 と、心で頷くカイである。


 奇蹟とは理屈を覆すデタラメだ。

 奇蹟の被害者ルーキッドからすれば、これ以上厄介事を増やしたくないだろう。

 奇蹟とは一つの効能のために多くの副作用が発生する劇薬のようなもの。

 そんなものを広めようとするのが間違っているのだ。


「以前、ビルヒルト伯爵と交渉して王都にエルフを招いた時も散々だったなぁ」「そんな事をなさっていたのですか」

「以前ランデルでエルフが火消しをしていたのを見てね。王都で消防士をやってもらえないかなと思って。大都市の火事は大変なんだよ」

「あぁ……」


 エルフの火を排除する祝福『無の息吹』。

 それがあれば火事などエルフがその場にいるだけで消えてしまう。

 消防士にはもってこいの人材だ。


 ランデルとビルヒルトで効果的に運用されている防災の取り組みをウィリアムはシスティと相談し、王都に持ち込もうとしたのだ。


「良いお考えだと思うのですが、なぜ散々だったのですか?」


 カイが問うと、またウィリアムは苦笑いだ。


「最初の頃は上手くいってたんだよ。どんな火事でもエルフが現れれば火は瞬く間に消えて被害も極小。結果に皆満足していた」

「あの祝福は強力ですからね」


 ミリーナを躾けた時の苦労を思い出し、カイは笑う。


「でも、次第に貴族がエルフを独占するようになった。エルフの祝福は防災だけじゃなく、様々なものに使えたからね」

「あぁ……」


 魔法も体力も寿命も人間とは段違い。

 無の息吹は火を排し、世界樹の守りはあらゆる害悪を排する。

 さらに世界樹からの祝福はあらゆる植物を生長させられる。


 こんな奇蹟を目の当たりにすれば財力や権力で囲おうとするだろう。

 カイの前では芋煮プリーズな土下座食いしん坊だが実力は人間を圧倒するのだ。


「そして、エルフを狙った犯行が起こるようになった」

「えっ?」


 カイがアトランチスや異界でひーこら言ってる間に、王都ではとんでもない事が起こっていたらしい。


「エルフの祝福を受けようとして拒まれたから力でどうにかしようとしたのだ。幸いな事にエルフの能力には歯が立たず、大竜バルナゥの王都殴り込みで終焉したのだが……エルフの皆にはとんだ迷惑をかけてしまった」

「そのエルフ達は大丈夫だったのですか?」

「ああ。全員、バルナゥの背に乗ってビルヒルトに帰ったよ」


 父である王が気に入られようと必死なバルナゥに殴り込みをかけさせるとは、さすがシスティ。


 とにかくもエルフに被害は無かったらしい。

 カイはホッと胸をなでおろす。

 そんなカイに、伝承研究家のハインツが強烈な言葉を繰り出した。


「……エルフは死ぬと、世界樹の葉を遺す」

「!」


 なぜそれを。


 ハインツの言葉にカイはギョッとする。


「古文書にそう書いてあったから犯行に及んだ。そんな犯人もいたそうです」

「……そんな話は、里でも聞いた事がないですね」

「私の知る限り、そのように記述された古文書はひとつだけですのでご存じないのも無理はありません。エルフの長命を妬んだ執筆者の妄想でしょうな。ハハハ」

「ハハ、ハ……」


 今更そんな事でエルフ狩りしないでくれ。神と竜から天罰半端無いぞ?


 笑いながら語るハインツに内心冷や汗のカイだ。

 カイがそれを知った当時は誰も知らないから狩られていないと思っていたが、エルフが死ぬと世界樹の葉が遺される事を知っていた人間がいたらしい。


 天罰で消されたか、ホラ吹き扱いされたか……

 知った者はロクな目に遭わなかったに違いない。


 呪われていた頃のエルフはイグドラの根。

 そんな理由でエルフを狩られてはイグドラが飢えてしまう。


 世界樹の葉はイグドラの末端だから効果はイグドラの自由にできる。

 効果を出さずにホラ吹きに仕立て上げ、異端として聖樹教が排除。

 こんな所だろう。


『のじゃ』


 どうやら正解らしい。イグドラがカイに囁く。

 さすが神。やる事えげつない。


 そしてエルフを取り巻く環境はカイが思っているよりずっと厳しい。

 人から見ればエルフは奇蹟そのものだ。

 その祝福を受ければ千年は生きる事が出来る。

 王都のような人間が頂点の大都市では手を出す者もいるだろう。


 まさか、こいつらも……


 カイは皆の心を読む。


「どうかしましたか?」

「……いえ、何でもありません」


 金級冒険者のガロルドは純粋な人助け。

 植物学者のグラークは植物への興味。

 薬師ギルドのベルモットはお得意様への奉仕。

 伝承研究家のハインツは援助者への恩返し。

 そしてウィリアムは、奇蹟が社会にもたらす幸福への期待。


 総じて、善意だ。


 これならエルフを襲いはしないだろう。


 と、安心するカイ。

 しかしイグドラは忌々しげに呟いた。


『余の子を食らったエルフ共と同じじゃな……心を読める者に対して欲望を隠し、善意を前面に押し出してきおったわ』

「……あぁ、そういう事か」

『ずるい者ほど賢い。エルフも人も変わらんのぅ』


 ランデルは聖樹教の本拠地。

 そしてエルフは高度な魔法を操る強者。

 そんな者達から欲望を隠すには、間に誰かを挟めば良い。

 つまりウィリアムをはじめとした彼らは皆、ベルリッチ侯爵の欲望を隠す駒なのだ。


 ルーキッド様……

 ご子息様が、パシリに使われてますよ。


 と、心で涙のカイである。


「思い出した!」


 そんな中、ウィリアムが叫んだ。


「カイ・ウェルス! ミルトの手紙に書いてあった冒険者の名だ!」

一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。

書店でお求め頂けますと幸いです。


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一巻発売中です。
よろしくお願いします。
世界樹エルフ
― 新着の感想 ―
[一言] 人間って「良いこと」をするためなら何でもできちゃうんだよなぁ…正義の暴走が一番怖い
[一言] 侯爵……これだけの善意を踏みにじる前提で集めるとは、これは楽に死ねないやつだなあ
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