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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
4.飢えた、エルフが、やってくる
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幕間4-2 王女システィ・グリンローエン(2)

「風呂をここに作りましょう!」


 次の日。

 森に出向いたシスティは収穫祭会場のオルトランデルを前に高らかに宣言した。


「はぁ?」


 収穫祭の主催者、カイが怪訝な声を上げる。

 収穫と会場準備だけでも面倒なのに何を余計な事をという顔である。


 参加する四つのエルフの里は食料と薪の生産の真っ最中、カイツースリーとマオとアレクは収穫の真っ最中、ソフィアはランデルにて焼き菓子の買い付けの真っ最中。


 つまり皆、超忙しい。


 そして元々の会場はもっとランデルの近くであったが、森に飲まれた都市がビルヒルトの他にもあるらしいとシスティがカイに伝え、エルフ警戒区域でもあるこのオルトランデルに変更させられている。


 会場の準備も食料の準備もまるで出来ていない。

 システィの提案にカイが怪訝な顔をするのも当然の事だった。


「会場もまだだと言うのに何をいきなり」

「そんなの魔法でホイでしょ。昼までにホホイと作ってあげるわよ」

「くっ……さすが勇者。こっちが逆立ちしても出来ない事をホホイと言うぜフフフ」

「えうっ! カイにはあったかご飯があるえう。あったかご飯があるえうよ!」

「むむむシスティ、カイに厳しい」

「尻の恨みは怖いのですね……」


 実力の違いにカイが顔を歪めてフフフと笑い、ミリーナが慌ててヨイショする。

 その顔を見て、してやったりとニンマリなシスティである。


 アレクはカイを崇拝しているがシスティは先日ひどく恥ずかしい目に遭わされたばかりである。ちょっとくらい仕返ししても良いだろうと思っていたのだ。


「まあそれは後でやるとして、エルフに対する私なりの礼をしておこうと思ってね」

「礼えう?」「礼?」「礼でございますか?」


 システィはきょとんとするミリーナ、ルー、メリッサに問いかけた。


「エルフは火が使えない。風呂もまともに入れないでしょ?」

「ぬるま湯風呂がちょっとした贅沢えう」

「水魔法でじゃぶじゃぶ」

「ラリるれってる間に回復魔法で何とかしている……みたいですわ」

「それ、今はどうしてるのよ?」

「エルネとボルクの方々に色々と教えてもらっています……」

「えう」「むふん」


 何とも恐縮した感じでメリッサが答える。

 最もオシャレに見えるハイエルフが実は最も無頓着。

 システィ的には新発見である。


 まあ、それはおいといて……システィは話を戻した。


「という訳で、今後も使える風呂施設を作ろうと思うのよ」

「いや、火が使えないだろ。どうするんだ?」

「湯船から距離を取れば使えるわ。だから温泉から湯を引くような感じで作ろうと思うのよ」


 カイの疑問にシスティは答え、鉛筆と紙を取り出し図を描きはじめた。


「まず川から水を引いて、そこから百メートル以上の水路を通して湯船に入れる。この水路を通す間に火なり加熱の魔力刻印なりで加熱してやればいいのよ」

「加熱の魔力刻印なんてあるのか」

「知らないえう」「しらない」「エルトラネにも伝わっておりませんわ」

「エルフから教えてもらった技術のはずなんだけどねぇ……」


 エルフから伝授されているはずなのに当のエルフは皆、知らない。

 呪いのせいだ。


「まあ、無の息吹に食われてちっとも熱くならないから仕方無いわね。だからこのあたりの里では伝承が途切れてしまったのでしょうね」

「なるほど」


 役に立たない技術は消えていくものだ。

 システィの言葉にカイが頷き、首を傾げる三人を見る。


「今はエルフの里の交流自体が希薄だから、消えた技術は多いだろうなぁ」

「カイと会うまでは他の里との交流もほとんど無かったえうね」

「ボルクはエルネと年に一度会うくらい」

「ホルツとは百年に一度くらいえうか?」

「エルトラネは?」

「「絶対に関わりたくなかったし」」

「ううっすいません。ピーエルフですいません」

「切ねぇなお前ら……」


 システィは三人とカイの会話を何とも可哀想な顔で聞き、話を続ける。


「水路はオルトランデルの石を魔法で加工して、それに加熱の魔力刻印を埋め込んで過熱しながら流します。エルフ用だから湯は熱めに作っておけば無の息吹で勝手に調整してくれるわね。祭りの後でどこかに移設すれば人間の冒険者も妙な事はしないでしょう」

「排水はオルトランデルの堀にでも流しておけばとりあえずいいだろ」


 収穫祭の後に移設するのだ。排水まで真面目に考える事はない。

 魔法に詳しいシスティとオルトランデルに詳しいカイが話を詰めていく。


 今は廃都市のオルトランデルも昔は大都市。

 何万もの人間が生活していたのだ。水が使いにくい訳がない。

 話はすぐにまとまった。


「じゃあ決定ね。ミリーナ、加熱の魔力刻印用にミスリルをコップと同じくらい用意してくれるかしら」

「早速長老に使いを出すえう。往復三日くらいえうね」

「じゃあその間に私はホホイと広場作るわね。火魔法使えないからエルフは離れて」


 システィは杖をブンブン回しながら森を歩く。

 歩いて火魔法で燃やし、風魔法で飛ばし、地魔法で平らにする。


 どかん、びゅー、ずしん。どかん、びゅー、ずしんとする事十二回。


 終わったとカイの元に戻ったのは一時間後である。まだ昼前であった。


「終わったわよ。水。ミスリルコップ水頂戴」

「……はいよ」

「ありがと」


 システィは引きつる表情のカイからにこやかにミスリルコップ水を受け取り、一気に飲み干した。


 ぷはーっ。


「よぉし。次はパイプを作りましょう」


 失われたマナが瞬く間に回復する心地よさにシスティは気分良く息を吐き、コップをカイに返すと適当な石材を地魔法で変形加工を施しパイプ状に変えていく。

 それをこれまた魔法でホイホイと積み上げ、瞬く間に二百メートルほどのパイプの山を作り上げた。


「水」

「はいよ……なんでこんなに早いんだよ」

「最初に杖に記憶させればマナを流すだけで似た様なものが作れるでしょ。いやーさすが美味効果、コップ水美味いわ」


 ぷはーっ。


「さあ、パイプで水を引くわよ!」


 システィは再びコップ水を飲み干すとカイに川まで案内させ、今は木々に埋まったオルトランデルの取水口に魔法でパイプをぶすりと刺して水を確保する。


 そして魔法でほいほいとパイプを繋げ、魔法で密閉し、魔法で支え、魔法で傾斜を整え、魔法で湯船を堀り、魔法で排水路を造り上げた。


 コップ水でマナが無尽蔵なのでなんでもかんでも魔法で解決である。

 おかげで魔法の使えないカイの闇堕ちが半端無い。


「水」

「くそぉ、魔法万能か、万能なのか!」

「ミリーナは、ミリーナはカイにどこまでも付いていくえうよ!」

「ルーも、ルーも!」

「私メリッサも当然カイ様に付いていきますから、いきますから!」


 そしてミリーナ、ルー、メリッサのヨイショも半端無い。


「お前ら……」

「「「ところでご飯はまだですか?」」」

「……よぉし、今日は竜牛だーっ竜牛狩ってこーいっ!」

「えう!」「ぬぐ!」「ふんぬっ!」


 三人とカイを横目にシスティはぷはーっとコップ水を飲み干すと水の流れを確認して頷き、ミリーナにミスリルの調達を再度確認するとアレクの収穫を手伝いに行く。


 そこでまた魔法で収穫、保管、薪作り、乾燥と大車輪の活躍である。


 マナ切れをコップで克服したシスティはまさに無敵。

 アレクの賞賛でさらに調子に乗ったシスティはカイツースリーとアレクとマオを足して三を掛けた位の実績を上げ、エルフの里の皆から予定よりも早く収穫祭が出来ますと土下座で感謝された。


 見たかカイ・ウェルス。

 これが勇者級冒険者システィ・グリンローエンの実力だ。


 システィは煮込み過ぎの竜牛ご飯を噛み千切りながらふふんと笑う。


「くっ……灰汁取りか、灰汁取りを要求しているのかっ……やらん!」


 そのくらいやりなさいよ。


 と、視線で語ったシスティが煮込み過ぎたご飯を食べて活躍する事三日。


 エルネの里から届いたミスリルに加熱の魔力刻印を刻みまくってコップ水を飲み、パイプに埋め込みまくって温度確認と調整を繰り返してコップ水を飲み、男湯と女湯を作って脱衣所を作ってコップ水を飲み、収穫で活躍しながら納得できる形に仕上げて一週間。


 ようやくシスティの魔法大車輪の成果、エルフもオッケー露天風呂が完成したのであった。


「ぷはーっ」


 ざっぱーん。

 一番風呂を頂いてシスティは満足のため息をつく。


 これは良い。すごく良い。我ながらすごい。


 と、夕焼け空を眺めてシスティはにんまり笑う。

 コップ水で楽々作れたおかげでエルフの無の息吹で調節しようと思っていた温度調節も完璧だ。


 あとはエルフが入った時にどうなるか……システィは心配していたが脱衣所がえうぬぐふんぬと騒がしくなったのを聞いて安堵の笑みを浮かべた。


 無の息吹の範囲はおよそ百メートル。

 脱衣所にいる時点で温度低下はあまり無い。すこぶる適温である。

 やはり大規模に作れば何とかなるのだ。


 あとはエルフの植物生長だけが心配だがそこはカイに何とかしてもらおう……システィが疲れを吐き出すようにふほぉと息を吐き出すとミリーナ、ルー、メリッサが騒ぎながら湯船に突入してきた。


「待ちなさい!」

「えう?」「ぬぐ?」「ふんぬっ?」


 そのまま湯船にダイブしようとした三人をシスティが止める。


「まず体を湯で軽く洗うのが湯船の湯を汚さないためのルールです」

「えう!」「ぬぐ!」「ふんぬっ!」


 三人は頷いて桶で湯をすくい、熱いえうぬぐぅすごい贅沢ですわと騒ぎながらジャバジャバとかけていく。

 露天風呂の湯はまさに適温、三人は湯とタオルで体を清めると湯船にダイブした。


「えううううううう」「ぬぐうぅうううう」「ふ、ふっぺぴぴんぱふ」

「「食べて」」


 ラリるれそうになったメリッサに飴を突っ込む二人も快適湯船にご満悦である。


「バルナゥのブレス風呂みたいえう。カイのお風呂みたいえう。これがいつでも入れるなんて夢みたいえうよ」

「ずるい。私もカイ風呂入ってみたい」

「私もですわ。今からでもお作り頂けないでしょうか」

「無理無理。絶対こっちに入れって言うわよあの横着男は」

「えう」「ぬぐ」「ふんぬっ」


 湯船から出した手をヒラヒラと振ってシスティが笑う。


「まあ、収穫祭後に移設したらそこからはカイに整備させるからカイ風呂よ」

「システィは整備しないえうか?」

「私は……その頃にはもう、ここにはいないのよ」


 その頃にはもう、システィは王都で婚礼の準備をしているだろう。


 ランデルを離れるまであと二ヶ月を切った。

 それはアレクとの別れであり、システィの恋の終わりでもある。

 王国繁栄のための新たな戦いの始まりでもあったが、今のシスティにはそう割り切る事はまだ出来なかった。


「アレクもマオも帰るえうか」

「む、残念無念」

「師匠も行ってしまわれるのですね。今の内に回復を学んでおかないと」

「帰るのは私だけよ。王都の方に仕事が出来ちゃったからね」

「断れないえうか?」「ええ」

「どうしても?」「ええ」

「アレク様がいるのに?」「……ええ」


 戻れば二度とアレクと会う事は出来ないだろう。

 別の道を歩み、別の伴侶を得て、別に子を産み、育てる……何とも現実味の無い未来にため息が漏れる。


 しかし、それが王女システィ・グリンローエンの現実だ。

 王国の礎となり繁栄に身を捧げる王家の宿命たる義務。

 血が縛る運命だ。


 湯船がしんみりとする中、メリッサが皆に提案する。


「そうですか……では、その時に皆で騒ぎませんこと?」

「え?」

「システィ様を送る会ですわ。長老も色々世話になったと言っていましたし」

「いいえう、やるえう。エルネの長老も収穫祭と風呂のお礼をしたいと言っていたえう。システィはエルネのあったか風呂の人えうよ」

「む。ボルクのあったか風呂の人でもある」


 ミリーナとルーも乗ってきた。


「いいわよそんなのしなくても」

「エルフは恩を忘れませんわ。システィ様にはエルトラネをお救い頂いた上にカイ様をお見逃し頂いております。この恩をハーの族、エルトラネの里のメリッ「「長い」」あうっ……」

「気にしなくていいわ。王家の義務だから仕事のようなものよ」

「えう。そっちは気にしなくてもこっちが気にするえうよ」

「むむ、システィはエルフの恩を受けたくない?」

「そうですわ。私達の為と思って何でもおっしゃってくださいな! システィ様の新たな門出をパーッと、そうパーッと祝おうではありませんか!」


 新たな門出か……出来れば行きたくないんだけれどね……


 システィは心の中で呟く。

 しかし行かない訳にはいかない。


 ならば派手に祝ってもらおうではないか。

 門出ではなく、これまでの人生を。


「そうねぇ……それなら」

「それなら?」

「アレクと結婚式を、してみたいかな」


 頬を染め、システィは言った。


 アレクと共に歩んだ勇者級冒険者の幕引きに、彼との別れの前に結ばれたい。

 そして誰かに祝ってほしい。

 二人の恋路を祝ってくれる誰かに。


 ミリーナ、ルー、メリッサはシスティの言葉を聞いて頷き、ぐっと拳を握りシスティに詰め寄り叫んだ。


「えう! エルネでやるえう是非やるえう!」

「む、ボルクでもいい。ペネレイなら食べ放題」

「エルトラネなら草系どんと来いですわ」

「エルネは竜牛囲ってるえう! がっつり竜牛出せるえう!」

「「竜牛なら仕方ない」」

「ぷっ……」


 たまらずシスティは吹き出した。


 種の違うエルフの方が人間よりも温かく親身な事がおかしくて、そして嬉しくありがたい。

 数の少ないエルフの社会は人間よりも単純だ。

 だからこそ当たり前の事を当たり前に出来る。地位も立場もさして重要ではないのだ。


「そうと決まれば長老に早速報告えう! 婚礼の準備を進めるえう!」

「どさくさにまぎれてカイ様との婚礼をしようとか……目論んでいませんよね?」

「えうっ? ミ、ミリーナは犬えう忠犬えう。そそそんな事目論んでいないえぅよ」

「む、少し考えてた」

「か、考えるくらいは許されるえうよぉ……」

「あ、なんか、赤い」

「やばい、それ湯当たりよ。慣れてないからのぼせたのね。早く湯から引き上げて回復でもかけてあげなさい」

「え? えーっ! 回復回復っ!」

「今回復してもすぐに湯当たりするわよ」

「まず上げる。よいしょーっと」

「ミリーナしっかりしなさい。ふんぬぅっ!」

「ミリーナはカイのちゅうけんえうよぉー」 


 風呂に慣れていなかったせいだろう、のぼせたミリーナをルーとメリッサが抱えていく。

 静かになった女湯でシスティは思い切り体を伸ばし、男湯に向かい声を掛けた。


「聞いてた? アレク」

「うん。楽しみだね」

「ふふっ、カイは聞いてた?」「夕食煮込んでるよ」「なんだ、残念」


 システィは笑い、アレクも見上げているであろう空を見る。

 日はすでに沈み、天には星が輝きはじめている。

 良い夜になりそうだ。


「ねえ、アレク」「なに?」

「ランデルは、いい町ね」

「当然だよ。カイがいる町なんだから」

「そうね」


 明日はいよいよオルトランデル収穫祭だ。

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よろしくお願いします。
世界樹エルフ
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