16-6 あったかご飯の人は永遠に不滅です!
「覚悟……か」
エルネの里、カイ宅前の露店風呂。
今は使わなくなった芋煮蛇口を掃除しながら、カイはひとり呟いた。
覚悟。
先日、ミルトに言われた言葉だ。
カイがエルフの祝福を受けたのが十七年前。
それからエルフと共に生きるカイだが、行商をはじめてから周囲の変化をヒシヒシと感じるようになってきた。
歳を取ったのはミルトだけではない。
アレクも、システィも、マオも、ルーキッドも歳を取った。
カイより一歳若いアレクもすっかり中年。
カイとアレクもソフィアとシスティ同様、子と親くらいの見た目の差だ。
彼らが今さら祝福を求めるとは、カイもまったく思わない。
しかしその差を近くで見ていた者は、どう思うだろうか?
ミルトに求めたのはそんな者達なのだろう。
自らの足で立ち歩く町ランデルといえども、事は自分や親しい者の命。
救われるなら求める者もいるだろう。
ランデルに住むミルトは、その求めを拒み続けていたらしい。
いずれ、カイにも求める者が出てくるはずだ。
しかし、ホイホイと与える訳にはいかない。
竜の力と長命は世界を守る責任を全うするためのもの。
エルフの力と長命はこれまで搾取の対象でしかなかったが、これからはイグドラの子である世界樹を守り導くためのものとなる。
世界樹も竜と同じく世界を守る盾。
エルフも育てた世界樹と共に戦う事になるだろう。
ただ長生きしたいだけなら、分け与える訳にはいかない。
カイは呟く。
「面倒くさい事になったなぁ」
『お、神の苦労がわかったか? 都合の良い時だけ神頼みとぶん投げられる虫の良さが分かったか?』
「いや、ぶん投げられてるのいつも俺じゃんか」『のじゃ!』
イグドラと世間話をしなから露天風呂を掃除していると家事が終わったのだろう、なぜか土下座しながらミリーナ、ルー、メリッサが現れた。
土下座しながら流れるように移動。
さすがはエルフ。
「カイ、ミリーナが先に逝ったら子供達を頼むえう」「ルーも」「私も……ぷぺーぽっ」
「何百年後の話だよ? つーか土下座やめい」
「えうっ」「ぬぐっ」「ふんぬっ」
ミリーナ百三十五歳、ルー二百五十歳、メリッサ二百歳?
皆、カイより歳上だ。
普通に考えれば三人はカイより先に世を去る事になるだろう……
普通ならば、だが。
「……というか、俺はいったい何歳扱いなんだ?」
しかし途中から祝福を得たカイは、自分の年齢がピンとこない。
「四十一えう?」「む。ピチピチ四十一」「四十一歳ではないのですか?」
「それは実年齢だろ」
「精神年齢で考えたらミリーナ達より歳上になってしまうえうよ?」「三百くらい?」「そうですわ」
「お前ら、切ねぇなぁ……で、どうなんだイグドラ?」
カイはイグドラに聞くと、短い答えが返ってきた。
『知らん!』
「えーっ……」
二十四で三人から祝福を貰ったのだが、人間としての生きた年数がどういう扱いになるのかさっぱりわからない。
だからイグドラに聞いたカイだが……神、すげぇいい加減。
「知らんって……」
『たかだか百年や二百年、ガタガタ言うでない!』
「ガタガタ言うでないの範囲に人間の一生まるっと入っちまうぞオイ」
お前ら長生きだからって、ちょっとアバウト過ぎるだろ。
と、カイが呆れているとイグドラが語りかけてきた。
『カイよ、死など気にするものではない』「いや、気にするだろ」
『汝は息を吸う度に死を考えるか? 風呂をひと磨きする度に死に怯えるか?』「それは……しないな」
そんな事を気にしていたら何もできない。
『若かろうが老いぼれようが日々を懸命に生きる。それが命というもの。できる事を日々考え、危うきに近寄らず、するべき事に命を燃やす。燃え尽きる事をいちいち気にするなど無駄というもの』
人もエルフも竜も、そして神もいつかは死ぬ。
その長さが違うだけだ。
『そして命と心は継がれていくもの。ほれ、汝の子らを見よ』
イグドラの言葉に、カイは広場に遊ぶ子らを見る。
「あったかご飯の人だーっ」
「「「へへーっ!」」」
カインが胸を張って叫び、イリーナ、ムー、そして里の子らが土下座する。
「さすがカイ殿の子だな」「うむ。見事なあったかご飯の人だ」「それより俺の子の土下座を見たか?」「うちの子の土下座だって素晴らしいわ」「いやいや、うちの子だって……」
そんな子らを見て自慢げに語るエルフ親たち。
さすがエルフ。土下座自慢半端無い。
天のイグドラがカイに笑う。
『己だけで全てを達する必要なぞない。汝の行いが心を打てば、周りは自ら継いでいく。命と心は継がれていくのじゃ。死など気にせず足掻けば良い。そして継ぐ者に後をまかせ、汝は悔いなく死んでいけ』
「……そうだな。俺も精一杯生きて、悔いなく死ぬか」『のじゃ』
カイも天のイグドラに笑う。
「え?」「カイ殿、死ぬの?」
「「「それはいけません。回復回復ーっ!」」」
「すぐには死なねぇよ! アホか!」
そして言葉ひとつで回復魔法。
相変わらずなエルフ達だ。
「そうだよなぁ、カイ殿が死ぬわけないよな」「あったかご飯の人はエルフの神様だもんな」「未来永劫、エルフをお守り下さい」
おおおおおおおめしめしめしめし……
「いや、俺だっていつかは死ぬぞ?」
「何億年後ですか?」
「そんなに生きる訳ねーだろ! お前らと同じくらいだよ!」
「「「そんな!」」」「孫には芋煮を作っていただけないのですか?」「曾孫は?」「玄孫は?」「その先は?」
「芋煮のためだけに長生きせんといかんのか俺は!」
「「「そぉおおおんなぁああああ!」」」
あぁああああああしめしめしめしめ……
「そんな事でがっかりするんじゃねえ! 教えてやるからモノにしやがれ!」
「そんな!」「あんな適当な芋煮、とても真似できん!」
「悪かったな!」
「イグドラ様! いつものうっかりでカイ殿に永遠の命を!」「そして永遠の芋煮を!」
「本当になったらどうする! 作り方を継げよ!」
『大丈夫じゃ。最近ベルティアもエリザも忙しい』
「この前右手にはっちゃけられたばっかりだけどな」『ぐぬ!』
相変わらずのエルフテンションとイグドラに叫ぶカイ。
そんな日常を送るエルネの里に、来客が訪れた。
「おぅ。相変わらずここは賑やかだなぁ」
マオだ。
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
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