16-5 王、娘に依頼する
「不老不死の霊薬?」「そうだ」
ビルヒルト領館、執務室。
カイズの発した言葉を、システィがカイズに聞き返した。
カイズと会話するシスティだが、カイズの言葉はカイズ自身のものではない。
言葉を発した者は国王グラハム・グリンローエン。
王都の宝物庫にいたカイズをしれっと分割可能なカイズと入れ替え、システィとの連絡に使っているのだ。
さすがシスティ、どこにでも勝手にカイズを配置する。
そしてグラハム、娘の暗躍も国益ならばしれっとスルー。
似たもの親子だ。
「それは、伝説の不老不死の霊薬ですか?」「そうだ」
「これまで眉唾扱いだった?」「そうだ」
何度も聞くシスティの言葉をグラハムは肯定する。
「ソフィアさんがおひたしにしてる奴だな」「そうね。エルフの尻花ね」
カイズ自身の言葉にシスティは頷く。
不老不死の霊薬には、ソフィアがおひたしにして食べているパレリの花の蜜が材料として使われる。
ヴィラージュのようなマナが濃い場所にしか生えないそれは人が見る事のない伝説の花だが、それを求める何者かが現れたらしい。
まあ、いずれは起こると思っていた事よね……
システィは額を押さえてため息をつき、求めそうな貴族の名を挙げた。
「そういえば、ベルリッチ侯爵がそろそろ……だとか」「さすがだなシスティ」「カイズを配しておりますので」「あいつは働き者だな」「はい」
システィとグラハムが笑う。
カイズがうまく潜り込めるのは本体であるカイの才覚だ。
地味で真面目。
淡々とそつなく仕事をこなす者は、どんな場所でも居場所を作れる。
その恩恵をもっとも受けているのがシスティ、そしてグラハムだ。
グラハムが言った。
「お前の言う通りだ。そのベルリッチ侯爵が霊薬を求めている」
「バルナゥに求めはしないのですね」
「ただ延命したいだけの者に祝福? アーテルベ様がそのような者を認めるわけがなかろう」「ソフィアもエヴァも戦っていますから」
求めるなら眉唾伝説よりも明確に存在する奇蹟だろう。
ソフィアという実績があるのだから、システィならそうする。
それを得られないからこそ眉唾伝説を求めるのだ。
「葉を融通してもらえるほど聖樹教との関係が深かった老いぼれだ。竜に相手にされない事くらいわかっているだろう」
「侯爵のお歳はすでに人を超えた領域。葉がなくなって、さぞお困りでしょうね」
「そうだな。だからルーキッドの息子にいろいろ吹き込んでいるのだよ」
「父上もご存知でしたか」「親として同情するよ」
システィもその情報は掴んでいた。
血のつながりがあっても人の生き方はそれぞれ違う。
しかし生き方が違くとも、肉親の情はある。
そこにつけ込まれた形だ。
ルーキッドは心を痛める事だろう。
彼は息子より、領と領民を選ぶだろうが。
「王として止めないのですか?」
「明日にでも世を去ろうという者が、大人しく死ねと言われて聞くと思うか?」
「そんな事で暗躍されたらたまりませんね」
「人を超えた老いぼれはベルリッチくらいだが、老齢の貴族は奴だけではない。結託されたら非常に困る」
それを確実に止める事ができないのが、グラハムの頭の痛いところだ。
王は貴族達に選ばれてこそ王。
絶対的な力を持ち周囲をねじ伏せている訳ではない。
力を持った者に徒党を組まれてはどうしようもないのだ。
「奇蹟と共に歩むというのは、大変なのだな」
しみじみとグラハムが呟いた。
誰もがいつかは死ぬ。
延命の可能性があればしがみつくのが人の性。
それを成せる奇蹟が身近になったのだ。求めないはずがない。
しかし、奇蹟には奇蹟の道がある。
それは人の道とは違う。世界を守り戦う修羅の道だ。
「システィよ、神話を読んだ事はあるか?」「はい」
「奇蹟を授けられた神話の英雄は活躍の後に悲劇的な最期を迎える。今がその活躍の絶頂期だとは思えぬか?」「……」
「我らは今、神話の英雄をなぞっているのかもしれん」「……」
神話の英雄の力は本人の力ではない。
奇蹟を与えた存在の力だ。
利害が一致しているうちは良い。
しかし力を自らの力と勘違いして身勝手に使い始めた時、奇蹟は失われる。
そして勘違いした者は悲劇的な最期を迎えるのだ。
「カイとて同じ。あの力はカイ自身の力ではなく神の力。神の戯れに過ぎん。調子に乗れば神話の英雄と同じ末路をたどるだろう」
「カイは授けられた時から返却を望んでいます」
「だから今でも何とかなっているのだろうな……しかし、カイがそうだからと言って、奇蹟をナメられては困る」
グラハムは本題を切り出した。
「システィ」「はい」
「不老不死の霊薬を作れ」
「作るのですか?」
「侯爵が作らず納得するなら作らずとも良いが、それで納得するなら求める事もないだろう」
「そうですね」
システィが頷く。
グラハムは続けた。
「そして霊薬に手を加え、求めた者に手ひどいしっぺ返しを与えるのだ」
「……服用者の命は?」
「服用するかどうかを決めるのは本人だ。天罰と思うことにしておく」
「わかりました」「頼む」
ベルリッチ侯爵の進む道は、やがてシスティと交わるだろう。
不老不死の霊薬の材料は、普通の場所には存在しない。
システィの知る限り、確実に存在するのは竜峰ヴィラージュだけだ。
そこに行けない者をどれだけ集めようが侯爵の願いは叶わない。
必ず、ヴィラージュに行ける者と接触するはずだ。
カイズがグラハムが宝物庫から退室したと告げ、執務室から退室する。
システィはひとり呟いた。
「父上……その依頼、私が何もせずとも達成しております」
竜、世界樹、そして神。
そんな奇蹟が存在する世界の伝説に記された『不老不死の霊薬』。
グラハムのシスティに対する依頼は、すでに達成されていた。
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