16-4 奇蹟が闊歩する町で、領主は今日も頭を抱える
あけましておめでとうございます。
「あいつめ……」
ランデル領館、執務室。
王都にいる息子からの手紙に、ルーキッドは頭を抱えていた。
文面には簡単な挨拶の後、領地に対するルーキッドへの意見が書かれている。
バルナゥとエルフの祝福に関して書かれた息子の手紙。
どこぞの貴族に、そそのかされたな……
と、それを読んだルーキッドのため息半端無い。
まだエルフが呪われていた頃、貴族との付き合いが大事だと王都へと送り出した息子はルーキッドの期待通りに王都で立場を築いたようだ。
貴族付き合いはルーキッドよりはるかに上手だろう。
それは良い。
しかし、領地の事を知らないのは困りものだ。
貴族の立場は貴族付き合いだけで成り立つものではない。
どのような領地、どのような権益を握っているかで立場は大きく左右される。
今の息子の立場を築いたのはエルフや竜といった外的要因の賜物に過ぎないのに、まるでランデル家の成果のように手紙には記されていた。
王都は華やかだからな。浮き足立ってしまったか。
そろそろ、ランデルに戻すべきか……
そう考えるルーキッドだ。
今のままだと、ルーキッドが領主の座を譲ったとたんに代官を残して王都に戻ってしまうような気がしてならない。
以前、里帰りした時にバルナゥをまともに見られず王都に逃げ戻った息子だ。
話せば解る相手を人ではないからと遠ざけ、関係をこじらせるに違いない。
自らの足で立つ町、ランデル。
王都で暮らす息子は浮き足立ってしまったらしい。
ルーキッドはもう一度、深くため息をついた。
「情けない……」
発展著しいランデルだが、その原動力はあくまでエルフ。
ランデルに居を構えた聖樹教もミルトとソフィアの地元がランデルだから。
ルーキッドは利害調整をしただけだ。
今のランデルの繁栄は「棚ぼた」なのだ。
そして息子が手紙に書いた事は「奇蹟」。
人を超えた力だ。
そんな力を父が仲が良いからと我が物のように思っているのだ。
それも王都というはるか彼方で、誰かの欲望にそそのかされて……だ。
『おおーふっ、月末だぞルーキッド。家賃、家賃を払うのだ!』「……」
愚息よ。
こんなだからと言って、お前の言葉を素直に聞くと思うなよ?
ののっし、ののっし……
スキップ参上の大竜バルナゥに苦笑いするルーキッドだ。
世界を守る盾として強大な力を持つ竜は、人から見れば奇蹟。
そんな奇蹟が闊歩しているのがランデルだ。
そしてその奇蹟は、人を超える力を人に授ける事ができる。
バルナゥの妻ソフィア・ライナスティがそれだ。
ルーキッドが初めて会った時には同じ歳くらいの娘に見えたソフィアとシスティは、二十年経った今では娘と母ほどに違って見える。
ソフィアは若い娘のままだが、システィは年相応。
その差こそが人を超えた奇蹟なのだ。
「困ったものだな」『おおーふ? 無いのか? 金が無いのかルーキッド?』
「いや、金はある」『ならば払え。払うのだ』
「奇蹟も近くにあれば、便利な道具……か」『おおーふ?』
用意した金をバルナゥに払いながら、ルーキッドは呟く。
まったく、遠くにいるやつらは好き勝手な事を言う。
おそらくグラハム王は知らないだろう。
ルーキッドの前ではでかい犬の大竜バルナゥも、グラハム王にとっては王国建国の祖である建国竜アーテルベ。
娘システィとは違い、なにかとバルナゥの機嫌を気にするグラハム王が知れば止めるに決まっている。
バルナゥが知ればお灸をすえられるのは彼なのだから。
『なんだルーキッド。どこぞの阿呆が無理難題でも持ってきたのか』
「まあ、そんな所だな」
『グラハムか? また我がガツンと言ってきてやろうか?』
「いや、グラハム王はたぶん関係ない。これ以上いじめるなよ?」『おおーふ』
自分の息子の阿呆呼ばわりにルーキッドの心がチクリと痛む。
しかし否定はしない。
それが正当な評価だからだ。
仲が良くても「奇蹟」。
人を超えた力だ。
王都ガーネットの貴族達は、ルーキッドやアレクやシスティの領地経営の苦労など知った事ではないだろう。
エルフという「奇蹟」。
竜という「奇蹟」。
異界という「奇蹟」。
本来ならひれ伏すしかないそれらと今の関係を結べた事こそ、まさに「奇蹟」。
傍観者はそれを理解していない。
関係が壊れれば簡単に失われる「棚ぼた」に過ぎないのだ。
『おおーふっ、おおおーふっ……』
バルナゥは鼻歌を歌いながら家賃を丁寧に寝床に敷き詰め、寝転び日課の金貨磨きを始める。
ルーキッドも日課の書類仕事を始める。
バルナゥは変わらず。ルーキッドも変わらず。
しかし、変わらないように見えても全ては少しずつ変わっていくもの。
金貨を磨きながらバルナゥが呟いた。
『ミルトが、そろそろ逝くぞ』「そうか」
『あと五、六年だな』「……そうか」
元気だがもう九十。
彼女と仲の良かった老人達もすでに故人。
そろそろ彼女も……と、ルーキッドも思っていたところだ。
そんなルーキッドも五十五歳。他人事ではない。
「私もあと何年生きられることやら」『汝は限界まで我が生かす』
「飼い主責任か」『そうだ。ミルトと汝の祝福ならいくらでもしてやる』
「……いらんよ」『おおーふっ。ルーキッド冷たいーっ』
そういう所が、困るのだ……
仲が良いのも困りものだな。
と、ルーキッドは笑う。
今、ルーキッドが祝福を受ければ貴族がこぞってルーキッドのもとを訪れ祝福を懇願するだろう。
だが、竜は世界を守る盾。
王都の貴族達はソフィアのように命をかけて戦ってはくれない。
そんな彼らに竜の力を分け与える価値があるとは思えない。
竜の力を得たなら歩むのは竜の道。人の道ではないのだ。
しかし、いずれ彼らは求めるだろう。
人の命は短いからだ。
「さて、どうしたものか」『おおーふっ?』
「いや、人の私が考えても仕方のない事だな」『おおーふっ?』
が、しかし……それは奴にぶん投げる事にしよう。
竜など足下にも及ばない、ランデル最強の「奇蹟」に。
首を傾げるバルナゥにルーキッドは再び笑い、目の前の書類に集中する。
それがルーキッドの進むべき、人の道なのだから。
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