16-2 生まれるもの、そして去り逝くもの
「お母さんがんばるえう」「産湯の準備は万端」「元気な弟を産んでください」
エルネの里、ミリーナの実家。
寝室の扉の前で、ミリーナ、ルー、メリッサが願っていた。
カイも扉の前で願っている。
扉の向こうではソフィアとミルト、そして里のエルフの母達がミリーナの母の出産を手伝い、ミリーナの父と祖母が母を励ましている。
ミリーナも出産手伝うえうと主張したのだが母に妹をお願いと言われ部屋の外だ。
「おねーちゃん、おかーさん大丈夫?」
「大丈夫えうよ。お母さんは呪われていた頃だって頑張ってミリーナを産んでくれたえう。あの頃に比べれば今は至れり尽くせりえう。きっと元気な弟を産んでくれるえうよ。絶対大丈夫えう」「えう!」「「えうーっ!」」
不安そうな妹をミリーナが励まし、妹と二人でえうを叫ぶ。
ミリーナの言う通りだ。
呪われていた頃もエルフは子を産み育ててきた。
あの頃と違って今は祝福されているのだ。万が一などあるわけがない。
マナで見た弟は母のお腹で元気はつらつ。あとは生まれてくるだけだ。
「ぷるるっぴぷーぱーっ!」
『僕も手助けするよーっ』『曾孫のためなら私もはっちゃけます』
いつの間に入れ替わったのかピーが奇妙な踊りを見せ、シャルがカイ家から伸ばした枝葉をしゅぱたと振り、マリーナの口にブレスが輝く。
回復魔法に長けたピー、そしてシャル、さらにマリーナ。
そして出産に立ち会っているのはミルトにソフィアにエルフの母達。
望みうる限りの万全の布陣だ。
必要ならばカイも出し惜しみするつもりはない。
何かあれば祝福ズだろうが左手祝福だろうがぺっかーだろうが叩き込むつもりでいる。どんな奇蹟でも起こす意気込み満々だ。
「お義母さん、がんばって下さい」
『私達も願います』『弟さん、無事に世界にいらっしゃい』
カイは願い、そして祝福ズも願う。
皆がやきもきする中、カイの子らはいつものように遊んでいた。
「カイ・ウェルスだ」「「はいー?」」
イリーナとムーは耳に手を当て首を傾げ、カインはむふんと笑い胸を張る。
「あったかご飯の人だ!」「「ははーっ」」
エリザ世界で激しく輝いてからというもの、カイの子らはこれが大好きだ。
いつもはカインが、時々イリーナとムーがカイ役を演じあったかご飯の人を叫ぶ。
転がっていた頃も大好きだったから、昔を思い出したのかと思ったカイ達だがそんな事もないらしい。新たな生でもツボだったという事だ。
まあ、派手にやったからなぁ……
と、子らの遊びにカイも苦笑いだ。
「イリーナ、静かにするえう」「ムー、今は大事な時」「そうですよカイン」
「「「大丈夫だよー」」」
「えう?」「む?」「はい?」
「「「あったかご飯の人がいるもん!」」」
そして子らはカイ達と違い、全く心配していない。
あったかご飯の人、父であるカイを心底信頼しているからだ。
世界も異界も神も助けるあったかご飯の人がいるのだから絶対に大丈夫だと、安心して叔父さんの誕生を待っている。
「そこまでパーパを信じてくれるのか」
「「「えう!」」」
「ありがとうな」
満面の笑みで笑う子らをカイは優しく抱きしめる。
その直後、声が響いた。
おぎゃああああああぁあああっ……
「生まれたえう!」「無事出産?」「師匠!」
皆が見守る中、扉が開く。
現れたのはソフィアとミルトだ。
「元気な男の子です」「さすがはエルフですねぇ。驚くほどの安産でしたよ」
「よっしゃ!」
「「えう!」」「む!」「ふんぬっ!」
『あらあら』『わぁい!』
『『願いは叶えられましたざばぁ』』
「「「あったかご飯の人だーっ!」」」
皆がひゃっほいと踊り、部屋に転がり込む。
エルフは人より強靭。
それにイグドラの祝福が乗るのだから安産は約束されたようなもの。
カイは安堵の息を吐き、転がり込んだ皆に続いて寝室への扉をくぐった。
「ウェルカム弟えう!」「えうーっ」
新しい家族にミリーナと妹がはしゃぎ踊る。
妹にえうが伝染しているが母も止めない。
今は出産という大仕事の後。ただ穏やかに笑うだけだ。
「えうも出世したものねぇ」「そうえう」
「イリーナのお陰で」「えうっ!」
「だって、あなたのはただの口癖でしょ?」「えううーっ!」
そして母、ミリーナにダメ出し半端無い。
しかしもう、ミリーナの口癖を責めはしない。
もはやただの口癖ではないからだ。
「でも、もうえうを止めろとは言えないわね」
「そうえう! 今やえうは世界と異界を繋ぐ架け橋えうよ」
「えうなのに」「えうなのにですわ」「えうっ!」
「ミリーナ、この子にも教えてあげてちょうだいね」「まかせるえう!」
えうは繁栄を祈る言葉。
これからえうは異界に関わる者達に広がっていく事だろう。
そしてえう世界同士が連携し、共通の脅威に立ち向かう事だろう。
えうで繋がった世界と異界は、互いに耕し合い成長していくのだ。
「念入りに回復魔法をかけましたが、しばらくは赤ちゃんとゆっくりお過ごしになって下さい」「メリッサ、後は任せました」「お任せください師匠」
「ありがとうございます」
とにかくもこれで一件落着。
ミルトとソフィアは身支度を整え家を辞す。
ミルトはランデル、ソフィアはヴィラージュ。
それぞれの家に帰るのだ。
「ミルト婆さん、ソフィアさん。エルネまでわざわざありがとうございます」
「こんな事ならいつでも呼んでもらって構いませんよ?」
ミルトが笑った、その時……
カイは、見た。
ミルトの背後に揺らめく、不気味で不吉な黒い影を。
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