15-40 えうは心の中にあり
「イリーナ、ムー、カイン。十歳の誕生日おめでとう!」
「おめでとうえう!」「む。おめでとう」「おめでとう。みんなおめでとう!」
『おめでとうございます』『おめでとーっ』「わふんよ」
『『『『おめでとうございます!』』』』
おぉおおおおめでとうえうえうえうえう……
エリザ世界、シャル捕虜収容所。夜。
カイ一家らベルティア世界の皆、オーク達エリザ世界の皆、さらにえう世界となったえう怪物とえう主は子らを前にコップを掲げた。
「ぶーさん」「がおーさん」「われーさん」
「「「わぁい!」」」『『『『わぁい!』』』』
子らが喜ぶ。
子らの喜びにオークやえう怪物達、そしてえう主達が喜ぶ。
カイの子らは、今やえう世界の超アイドルだ。
殺伐とした世界でもうちの子らは天真爛漫。
オーク達をぶーさんと呼ぶ子らは戦わなくなった怪物達をがおーさん、異界の主達をわれーさんと呼び、ぶーさんと同じように芋煮を振る舞い歓待した。
食うか食われるかの異界の捕虜となり、戻れば神々からの天罰が下る。
そんな不安な生活に疲れた彼らを癒やしたのは子らの笑顔と芋煮だ。
「あっちの神さまが怖いなら、ここに住めばいいよ」「パーパも三年住んでるけど問題ナシ」「ぶーさん達はみんないい人だから」
『……そうなのか?』「「「わぁい!」」」『『『わ、わぁい……』』』
純粋な厚意は異界の者であろうとしっかり伝わる。
物心付く前から、いや前世から異界の者を仲間として迎え入れていた子らの異界に対する考え方はカイ達やオーク達とは違う。
はじめは戸惑っていた彼らも分け隔てのない子らに芋煮を食すようになり、子らと笑うようになり、向こうがダメならここで暮らせばいいやと思うようになった。
異界であるエリザ世界を救ったうちの子、他の異界も救う。
「さすがカイの子えう!」「む。これぞ餌付け巧者の血」「さすがですわ! さすがカイ様の子ですわ!」
「あれはお前らエルフが必死過ぎなんだよ」
「えう!」「ぬぐ!」「ふんぬっ!」
『ミリーナえう』を思い出してカイは笑う。
イリーナ、ムー、カインはカイがエルフにしたように、異界の者にそれをした。
さすがうちの子。俺なんか簡単に超えていきやがる。
と、カイも親バカニッコリだ。
幸いな事にえう世界不可侵協定を結んだ世界の帰還は順調。
戻った怪物や主達も神々から天罰を受ける事はなく、安息の日々を過ごしている。
エリザ世界では怪物や主な彼らも元の世界では普通の住人。
彼らはこれまで通り普通の人生を送る事だろう。
そして時々世界を渡り、がおーさんやわれーさんとなってえう世界の脅威に立ち向かう事だろう。
ともあれ、今夜は子らの誕生祝いだ。
子らを祝いに集まった皆は、カイに宴の始まりを求めた。
『カイ様えうを! 乾杯のえうを!』
「えうーっ!」
『『『……』』』
カイのえうに水を打ったように静まる皆である。
『カイ様、えうが下手だなぁ』『これはダメなえうだ』『俺、ダンジョンでこんなえう聞いたら襲っちまうかもしれねえ』『お前カイ様に勝てるのか?』『とんずらだろ普通』『俺らじゃ土下座不可避だもんな』
「……悪かったな」
カイのえう、エリザ世界のみならずえう世界からもダメ出し半端無い。
『ミリーナ様! 乾杯のえうを!』
「乾杯えうーっ!」
『『『すばらしい……乾杯!』』』
ミリーナがコップを掲げて叫び、えう世界の皆がその響きに心酔する。
さすが始まりのえう。えう力半端無い。
「よぉしみんな食え! 食ってうちの子の誕生日を祝え!」
『『『ごちになります!』』』
ダメ出しされたカイがやけっぱちで叫び、皆はテーブルに用意した料理に群がっていく。
異界別のテーブルにはマオとシャルが腕を振るった料理。
それを異界の皆が願いで自らの世界の料理に変え、食べる。
願いでマナを変換するのだから別に石や土でも良いのだが、これは祝いの宴。
大切なのはもてなしの心だ。
『ぬぅおお! さすがマオ様の料理!』『うまい!』『うますぎる!』
「おう、どんどん食えおまえら」
『これはシャル様の味だな』『これもうまい』『うまいな』
『わぁい!』
『この微妙な味わいは……カイ様だな』『いまいちだ』『いまいちだな』
「悪かったな! というかお前ら誰の料理かわかるのかよ!」
『『『芋煮で鍛えましたので!』』』
「そ、そうか……」
子らの芋煮で鍛えられたぶーさん、がおーさん、われーさんは今や料理願い巧者。
子らの芋煮をありのまま味わいたいと願った結果である。
うちの子すごい超すごい。
「カイ、今日もご馳走になるよ」「カイルにカイト。カイはうちなんかよりずっと大金持ちだから遠慮無く食べなさい」「はい」「はい」
「システィ、相変わらずですね」「全くだ、がはは」
そしてカイと子らのテーブルには、いつもの面々が食べる気満々。
今回の誕生日の料理も奮発して……知らない間に大富豪なので奮発とは言えないかもしれないが……大皿料理には竜牛肉が山盛り入っている。
さっそく取り皿に竜牛肉をこんもり盛って家族に分けるシスティだ。
「システィ、お前本当に元王女なのか?」
「勇者時代も今も帳簿は私がつけてるもの。一エンたりとも見逃さないわ」
「ホントに元王女なの?」
王族の金銭感覚超凄い。
ひたすら首を傾げるカイである。
『竜牛か。これは美味いとエルネの森に放った事を思い出す』
「王国にいないはずの竜牛がエルネにいるのはお前のせいか!」
さらに王国には存在しない竜牛がエルネにいる理由判明。
大竜バルナゥ、意外にグルメである。
「ホホホホホ。カイがアホな事言ってる間に竜牛肉を食べなさい!」
「うん!」「はい」「はい」
「このやろう!」
「システィに竜牛肉を取られるえう!」「むむむ一大事!」「うちも負けていられませんわ!」
「「「わぁい!」」」
ミリーナ、ルー、メリッサ、そして祝われるイリーナ、ムー、カインも食べる気満々。
カイも三年前のカイとは違う。
大皿からカイが取り皿に入れたのは紛うことなき竜牛肉。
あったかジューシー味付けバッチリな食べ頃の竜牛肉だ。
「ふっ……今の俺は竜牛肉と魔道具を間違えたりはしない」
「私らと対等になっただけだから。別に凄くも何ともないから」
「くうっ!」
強くなってもカイはカイ。システィにはかなわない。
「こんちくしょーっ! 俺は肉をしこたま食うぜ!」
「私達だって負けないわよ! さあアレク、カイル、カイト。食べまくるわよ!」
「うん!」「はい」「はい」
「ミリーナだって負けないえう!」「むむむ竜牛肉かもーん!」「食べますわ! 今日はとことん食べますわ!」
「「「わぁい!」」」
『カイさんが魔道具を掴みません』『尻を叩く隙がありませんね』
カイ一家とアレク一家でテーブルは大騒ぎだ。
「マオさん、別テーブルに行きませんか?」
「そうだな。こいつらの食い意地はついていけん」
『あらあら』『わぁい』「わふんね」
『我も行こう』
この騒ぎについて行けないソフィアとマオ、参戦すると圧倒してしまうマリーナとシャルとバルナゥ、自分の食い扶持をしっかり確保したエヴァがそそくさとテーブルから離れていく。
「うちの方が多く竜牛肉を食べているわ!」「さすがだよシスティ!」
「いつから競争になった?」
「負けないえう!」「ぬぐぅ!」「ふんぬっ!」
「「「わぁい!」」」
カイ一家は笑顔。
そしてアレク一家も笑顔。
子らを囲むぶーさん、がおーさん、われーさんも笑顔。
シャル映像機で映像を見ながら芋煮を食べるエリザ世界のぶーさん達も笑顔。
皆で食べて食べまくり、騒いで騒ぎまくり、子らの誕生日を祝う。
「うちの子は、幸せだな」
「えう」「む」「はい」
カイ達ベルティア世界のみならず、エリザ世界、そしてえう世界にまで祝われる。
きっとすごい子らになるだろう。
と、カイ達は思い、その成長をそばで見ていられる幸せに浸るのだ。
祝いの宴はにぎやかに進む。
そして食いまくった料理に皆が満足した頃、老オークとアーサーが大きな袋を持ったオーク達を従え現れた。
『今こそ、我らの過ちを正す時!』
祝いの場に老オークとアーサー達が袋から取り出したのは、えう水晶玉だ。
『こんなものでえう徳が測れると思っていた我らが愚かでありました』
『えうの上にえう無し。えうの下にえう無し。全てのえうは等しく尊い』
「そうえう。えうはえうえう。それ以上でもそれ以下でもないえう」
老オークとアーサーにミリーナが頷く。
えうはただのえう。
えうをどれだけ上手に言えてもそこに意味は無い。
しかし、これからは違う。
えうはエリザ世界からえう世界へと広がっていく。
これからのえうに込められるのは発言者の意思。
今やえうはえう世界全体の尊き言葉。
芋煮主イリーナやミリーナを真似れば良いものではない。
えうの成長と自立だ。
『さあミリーナ様。我らの間違ったえうに鉄槌のえうを!』
「えうーっ!」
ミリーナがえうを叫ぶ。
ぺっっっっっっかーーーーーーー……ビシッ!
集められたえう水晶玉が眩く輝き、そしてひび割れた。
「割れたえう!」
『当然でございます』
『このえう水晶玉はイリーナ様のえうを至高とする我らの願い。始まりのえうであるミリーナ様のえうに耐えられるはずがございません』
「えう!」
「……なんだそれ?」
「む?」「はい?」
謎のえう会話に首を傾げるカイ、ルー、メリッサだ。
『さぁミリーナ様、もっとえうを! 我らに新たな始まりのえうを!』
「えうーっ!」
ミリーナのえうにえう水晶玉が次々と砕けていく。
さすがは始まりのえう。すべての水晶玉が木っ端微塵だ。
さらば、えう水晶玉。
老オークは粉々になった水晶玉に深く頷き、皆に叫んだ。
『我らのえうは、心の中にあり!』
『『『えうーっ!』』』
さらに二年後。
エリザ世界の捕虜となっていた怪物達と主達は皆、自らのえう世界へ帰還した。
えう世界不可侵協定を打診した全ての神々と折り合いが付いたからだ。
怪物達、そして主達はそれぞれの世界で生きる。
しかし、ひとたび異界から侵攻を受ければ彼らは再び世界を繋げ、怪物や主となって集結する。
共通の敵を倒す為に。
『よぅし、救援えう!』『俺の心のえうが火を吹くぜ』『奴らにえうの神髄を叩き込んでやろう』『突撃えうーっ!』
異界との戦いは今も続く。
しかし今は、どの世界も孤独ではない。
頼れるえう世界が、頼もしいえう仲間がいるのだから。
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