15-36 えうの興廃、この一戦にあり
「うわぁ……」
「えぅ……」「ぬぐぅ……」「す、すごいですわ……」
聖地の門ギストルスの城壁の上から見た風景に、カイは呻いた。
世界を、異界が埋めている。
顕現していた世界の神が、チャンスとばかりに世界を繋げているのだ。
その数はカイが訪れた時の数千倍はあるだろう。
地面よりも異界の方が明らかに多く、太陽が天高くあるのに世界が黒い。
光が異界に食われて世界が黒い……もともと妙な色ではあったが。
「これは、ひどい」
「ここぞとばかりにふんだくりに来たえう」「勝ち馬乗りまくり」「弱みを見せればとことん攻める。世知辛い世界ですわ」
『三億年前に煽った恨みもありますねぇ』 『うわぁ……』「わふん」
『祝福エリザ、因果応報ですね』『がぁん!』
カイとミリーナ、ルー、メリッサが呻き、マリーナと祝福ベルティアの言葉に祝福エリザがショックに叫ぶ。
今の事態は祝福ベルティアの言う通り。
大昔に世界の神エリザがはっちゃけたとばっちりだ。
まったく神って奴は……
と、呆れ半端無いカイである。
「パーパ」「怖い」「どうなっちゃうの?」
「……パーパにも、わからん」
こんなの、カイにも想像のしようがない。
イグドラを天に還す時にこれより多くの異界を見たカイであったが、絶対的な強さを持ったイグドラはここにはいない。
この無数の異界を、エリザ世界とカイ一家でどうにかしなければならないのだ。
『ごめんなさい。僕が負けたりしなければ……』
「いや、謝るのは俺の方だシャル。すまん」
枝葉をさげるシャルに、カイが頭を下げる。
こんなの、勝てなくて当然だ。
シャルは悪くない。
「俺達がシャルに頼りすぎた。シャルはすごく頑張ったぞ。食え。たんと食え」
『わ、わぁい……』
カイはシャルを労い、左手祝福で傷ついたシャルを回復させる。
シャルとて数を増やせば力は薄まる。
何万の異界を囲み、何千万のオーク達を守りながら何億の怪物と戦うのはさすがに無理だ。
いや……オーク達がいなければ何とかできたかもな。
何億兆の隕石を食らったシャルだから。
カイはそう思いながら、苦々しく視線を下に落とす。
城壁の前には防護のために無数の柵が設置され、シャル宿から撤退したオーク達が町の前に陣を張っていた。
『えうの興廃、この一戦にあり!』
老オークがえう冒険者達に檄を飛ばす。
三億年前から異界に攻められまくっているエリザ世界は町が国家のようなもの。
そしてギルドの擁するえう冒険者が軍のようなものだ。
カイの眼前で陣を敷くオーク達がギストルスの最大戦力。
増援などどこにも存在しない。敗れればギストルスは終わりだ。
そしてエリザ世界のどの町でもギストルスと同じような事態が起こっている。
エリザ世界は今、まさしく存亡の危機なのだ。
『神より授かりし我らの地、決して奴らに渡してはならぬ! そして神の世界を奴らに蹂躙されてはならぬ! 我ら芋煮三神を崇めるぶーさん! 必ず奴らを滅ぼし尽くし、神の世界を守り抜け!』
『『『えうううううううううぅぅぅぅーっ!』』』
また、神か……
老オークの言葉と叫ぶオーク達に、カイは顔をしかめた。
勝ち目のない戦いだとわかっているだろうに、オーク達は武器を手に意気揚々。
うちの世界に何年か避難しろというカイの提案を拒んで異界に挑むのだ。
老オークはしばらくオーク達を激励し、アーサーと共にカイのもとに訪れ土下座した。
『カイ様、御母堂様方、シャル様、マリーナ様、エヴァ様、そして我らが尊き芋煮三神よ。今のうちに世界にお戻りなさいなせ』『これは皆様の力を我が力と見誤った我らの傲慢が招いた災厄。報いを受けるは我らだけで十分でございます。さ、お急ぎ下さい』
「ろーぶーさん」「アーサーぶーさん」「死なないでー」
子らが老オークとアーサーにしがみつく。
『おぉ、別れを悲しんで下さるのですな。ありがとうございます』『そして申し訳ございませぬ。せっかく足場を作って頂いた世界、我らは壊してしまいました』
「「「ぶーさーん」」」
『おぉ、我らが尊き神よ!』『あなた方に巡り会えた事が、我ら世界の祝福でございました』
「……うちの子は、死ぬなと言ってるんだがな」
『死ぬつもりなど毛頭ございませぬ』『戦うからには勝つ。当たり前ではございませんか』
「……」
勝ち目など、ないだろうが。
「……おい」『『あなたの願いを叶えます』』
カイは祝福ズに願い、こちらに迫る者達を見た。
異界の軍勢はギストルスのオークの千倍以上。
質も量も圧倒的だ。
世界が違えど敵は同じ。異界の者同士が争う事なく迫ってくる。
その中でもひときわ大きい、異界の主たちが叫ぶ。
『今こそ神が授けし反攻の時!』『我らの世界の神だけではない! 数多の神が我らに力を貸して下さる!』『世界を二度と奴らに蹂躙されるな! 奴らを滅ぼし尽くすのだ!』『神は我らにあり!』
そしてお前らも、神か……
攻めるも守るも神、神、神……どいつもこいつも、そんなに神が愛しいか?
あいつら、ロクでもないぞ?
いや、うちの子は可愛いけどな。神じゃないし。
……もう、我慢ならん。
俺が今から、お前らにそれを見せてやる。
カイは息を吐き、右手を静かに振り上げた。
「祝福ベルティア、祝福エリザ」『あなたの願いを』『叶えます』
「……妙な願いを叶えるなよ?」
『カイさんの願いは皆のための願い』『そして世界のための願い』
「そんな大したもんじゃない。可愛い子らの幸せのためだ」
子らの幸せに皆が必要だから、カイはやるまでのこと。
カイの言葉に、祝福ズが微笑んだ。
『えうにこだわり過ぎた彼らを見て、よくわかりました』『祝福は手段』『皆を幸せにするための力』『えうも手段』『尻を叩くのも手段』『目的ではありません』
ひとつの事に固執しすぎれば、別の大きな何かを失う。
エリザの尻を叩いて宿題を頑張らせても、世界が滅んだら無意味。
だからカイは祝福ベルティアに願い、エリザに答えを囁かせた。
後でいくらでも尻を叩いて賢くさせれば良いからだ。
オーク達も同じ。
えうを唱えただけでは、幸せにはなれない。
子らに会おうとオーク達が無謀な討伐を続けても、世界の危機を招けば無意味。
『目的の前に手段は無限。尻叩きなど些細な事』『大切なのは目的』『そして揺るがないこと』『カイさんが私達に教えたかったのは、これなのですね』
そして……オーク達はもっとひどい。
もともとオーク達の異界討伐は、世界を安定させるためだった。
それが、シャル宿で子らに会いたいからに変わってしまった。
だから今、オーク達は子らに会えても世界は滅亡の危機。
目的が揺らいでしまえば、全てを失ってしまうもの。
目的を見据えて揺るがず、手段にこだわらず、時に派手に、時に地道に、時に恥を捨てて、そしてあきらめない。
そういう事ができる者こそが、目的を達することができるのだ。
「……お前達、成長したなぁ」『『えっへん』』
「でも今回は、おもいっきりぶっ叩いていいからな」『『わぁい!』』
カイは祝福ズに笑い、振り上げた右手を勢いよく振り下ろす。
「てめえら! どっちもいい加減にしやがれ!」
べっっっっっちぃぃぃぃぃぃぃんっ!!!
ブチ切れたカイが、皆の尻をぶっ叩いた。
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