15-34 異界の主、ブチ切れる
異界。
それはエリザ世界やベルティア世界と変わらない、司る神が違うだけの世界だ。
そこにも同じように銀河が存在し、星がめぐり、生物が繁栄する。
世界の構造には定石があり、どのように作れば長持ちするのか、そして手間がかからないのかがわかっている。
新たに神となった者はまず先達の神に弟子入りして定石を学び、自らの世界をその定石に沿って作り上げるのだ。
だから世界はどこも似たようなものとなる。
似たようなものになるから、神々の間で定石の売買が発生する。
人や動物といった生命はその定石のひとつ。
神々はそれを買い、そのまま、あるいは多少の手を加えて世界に放つ。
楽に、そして効率的に。
それは神も人も変わらない。
だから、異界の主もエリザ世界のオーク達やカイと同じように悩むのだ……
『……なんなのだ、あの枝葉は』
エリザ世界を貫くダンジョンのひとつ、主の間。
玉座で頭を抱えながら、異界の主が呻いた。
枝葉。
そう、枝葉だ。
とある時期を境に主の支配するダンジョンの中に枝葉がはびこり、主の配下をバシバシ痛めつけるようになった。
エリザ世界のオーク達を守るようにはびこる枝葉は、主と配下にとって強敵だ。
近付けばバシバシ叩かれ、たちまちオーク達の餌食にされる。
その枝葉は雑草など比較にならない繁殖力と生命力、そして悪食。
はじめの頃は排除しようと色々手を尽くしてみたが、全てが徒労。
世界から持ち込んだ除草剤は食われ、伐採しようと近付けばバシバシ叩かれオークの餌食だ。
それでも必死に戦い枝葉を切り落とせば『うわぁい!』と叫んでしゅぱたと逃げて、別の場所で枝葉を生やす。
主の世界には存在しない、驚異の謎植物であった。
『あのような枝葉がなければ豚共に後れなど取らぬものを……異界とは恐ろしいものよ』
『そういえば……』
主の呟きに、主の間に控える幹部が言う。
『十年ほど前に消滅した、我らの世界に開いた巨大な異界……あれの中が我らを食う根の巣窟であったと』
『あれか!? あれの中がか!?』『はい。こちらは枝葉ですが』
『……それでは、どうしようもないではないか!』
主が叫ぶ。
彼らが言っているのは、かつてイグドラが異界を逆に貫いたダンジョンの事だ。
世界に降臨した神イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラは神と人という圧倒的な格の違いをもって異界の大侵攻を駆逐し、反撃して彼らの世界に根を張った。
触れるだけで食われ、形見すら残さぬ根。
その記憶はイグドラが天に還った今も、彼らの心に強く刻まれている。
この主の世界もエリザ世界と同じく、ベルティア世界に攻め入った世界。
三億年もの間、イグドラに食われ続けた世界の末裔なのだ。
『あの根』『あの根か』『近付いてはならない世界の穴』『あれと同じなのか』
控える者達がざわめき、怯える。
幹部のひとりが主に進言した。
『主よ、撤退を』
『逃げてどうする!』
主が叫ぶ。
『かつての根は、我らの世界を蹂躙したのだぞ!』
『そこまで攻められてはおりません……今のところは』
『此度は違うと誰が言える! 今度は枝葉に我らの世界を蹂躙されるのか!』
ダンジョンは世界の接点。
世界と世界を繋げる通路だ。
だから繋がっている限り侵攻は受ける。
主達とオーク達は世界の違う敵同士。主達が逃げても枝葉がオーク達を守りながら逆に世界を貫通し、主の世界を蹂躙するだろう。
根に蹂躙された世界は、今もその恐怖と絶望を忘れてはいないのだ。
『では、異界の外で陣を張り、異界が消えるまで守りましょう』
『マナよりも、世界か』『はい』
『……そうだな』
主がいなくなれば、異界のダンジョンはやがて消える。
主とは世界を歪める「おもり」だ。
ピンと張った布の上に石を乗せると沈むように、世界にとって大きな存在は世界を沈め、他の世界の脆弱な部分を突き抜け世界と世界を繋ぐのだ。
『よし。我らは外で陣を張る』『はっ』
主は進言を受け入れ、彼らは撤退の準備を開始した。
が、しかし……エリザ世界は異界の都合など理解しない。
敵だからだ。
『敵襲ーっ!』
『『『!』』』
主の間に報が響く。
『豚共の大攻勢です!』『豚共がえうえう叫びながら突撃を!』『枝葉が伸びて来るぞ!』『助けて……ぎゃあああ!』
主の間に響く他階層からの叫びに主達は固まり、慌ただしく指示を出す。
主の間に集まる彼らはこのダンジョンの幹部。
階層を守る責務がある。
『階層を放棄して避難しろ!』『枝葉に食われるな!』『全てを捨てて逃げろ!』『殿は門を閉じて時間を稼げ!』『急げ!』
オーク達は雑兵でも、枝葉は強力。
彼らは階層を守る仲間に矢継ぎ早に指示を出し、損害を出しながらも階層を封鎖し、階層をまるごと放棄した。
が、しかし……
『扉を突破された!』『次階層に枝葉が!』『逃げろ!』『わああーっ!』
やはり枝葉は強力。
扉ごときで止められるものではない。
幹部が主に叫ぶ。
『主よ、急いで撤退を!』
『……今は、できぬ!』
『なぜです!?』
『この攻勢、押し返さねばならぬからだ!』
主が武器を手に、玉座から立ち上がる。
『押し返さねば豚共は勢いのまま我らが世界を蹂躙するだろう。ここで奴らを押し返し、退いた隙にこちらも退く』
『ですが……』
『このダンジョンの主は我。マナが我の願いを叶える地ぞ!』
ダンジョンは主の願いが反映される世界。
だから外で戦うよりここで踏みとどまった方がはるかに有利。
今は微量になってしまっていても、吸い上げたマナは主の願いを叶えるからだ。
しかし、主の間から撤退すればその恩恵はなくなる。
マナは主でなくなった者の願いを聞かず、世界に吸収されるだろう。
だから、敵の大攻勢を押し返すには主の間が最適の場所なのだ。
ここで押し返して一旦退かせ、その後に主が世界に戻り、繋がれた世界が断たれるのを外で待つ。
主は武器を構え、言った。
『世界の繋がりが断たれるまでには時間がかかる。勢いを殺しておかねば我らの世界が危うい』
『……そうですな』『我らも、我が主と運命を共に』
『世界には妻も子もおりますからなぁ……ここで食い止めねば』
幹部達も次々と武器を手に取り、立ち上がる。
階層は次々に突破され、仲間は続々と主の間へと逃げてくる。
傷ついた者、戦えぬ者は外の世界へ。
戦える者は主の間にとどまり、武器を構える。
『我が世界の同胞よ!』
主は瞳をマナに輝かせ、主の間の扉をねじ曲げる枝葉を睨み叫んだ。
『あの豚共に、目にもの見せてくれようぞ!』
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