15-30 うちの子、オークの町を繁盛させる
『第百六十八シャル宿牧場、営業開始だよーっ』
エリザ世界の荒れ地で、異界を囲ったシャル宿がえう冒険者達を前に宣言した。
『おお! ついに我らミルザーの町の近くにも!』『俺たちの町もメジャーになったもんだ』『これでギストルスに行かずとも芋煮三神に拝謁出来る』『それどころか芋煮をふるまって貰えるぞ』『俺、えう冒険者で良かった……』
すでにギストルスから離れること、二百五十キロ。
聖地の門ギストルスから始まったカイ一家の尻叩き行脚は、顕現した異界と怪物を食らいながら広がって周囲に安全と怪物の湧かない堅固な地をもたらしている。
身をもってエリザ世界を助けないといかん(のか?)
と、いうカイの願いは少しずつだが成就に向かっているのだ……
やっているのはほとんどシャルだが。
えう冒険者達にとってシャル宿は安全安心の拠点だ。
怪物は湧かず、寝込みを襲われる事もなく、芋煮三神の生まれ変わりであるイリーナ、ムー、カインに芋煮をふるまってもらえる宿。
「えう!」
そして最高のえう。
『なんと素晴らしいえうの響き』『俺、こんなえう聞いたことない』『俺もだ』『当たり前だろ。ミリーナ様はイリーナ様にえうを授けた御母堂様だぞ』『すごいえう!』『感動したえう!』『えう!』『えうーっ!』
入り口が怪物の口にしか見えないなど些細な事。
えう冒険者達は町のえう冒険者ギルドに懇願し、ギストルスへと近隣の異界顕現情報を運ぶ。
『うちの町の近くの異界が』『いや、うちの町の近くの異界の方が!』『うちの町の近くだってすごいぞ!』『えう!』『えうーっ!』
シャル宿誘致活動である。
シャル宿が近くに開業すれば町の周囲はシャルの力で安全となり、神の力で町のオークの活動が活発化する。
彼らオークにとって、シャル宿は地域経済の起爆剤なのだ。
『これで畑に安心して出られる』『怪物は湧かないが、寄って来るもんなぁ』『これぞえうのお力』『えう!』『えうーっ!』
えう冒険者であるオークも、そうでないオークも安全は基本。
徒労は疲れる。
耕しては食われ、耕しては食われを繰り返して無気力になったオーク達もシャル宿営業開始で気力を取り戻し、もう一度頑張ろうと農具を手に畑を耕す。
『いただきまーすっ!』
シャル宿は異界を囲うだけでなく、周囲の怪物も駆逐する。
地域奉仕活動だ。
『掃除してきたよーっ』
「ありがとう。これでえう冒険者達も安心して移動できる」
そんなシャルをカイがねぎらう。
えう冒険者達が宿に訪れなければ、カイの願いは成就しない。
神のはっちゃけに付き合わされ、カイは強くなった。
しかし世界と比べればちっぽけなもの。
エリザ世界のオーク達が自ら立たねばならない事なのだ。
『宿泊に来ましたー』『俺も』『俺もです!』
「ぶーさんだー」「む。今日も大人数」「わぁい」
『『『おお! 我らが神よ!』』』「「「わぁい」」」『『『わぁい!』』』
えう冒険者にとって、シャル宿に訪れる事は最高の栄誉。
これまでは異界と命をかけて戦い勝利するか、ギストルスでえうを磨いて異界の神殿へと行くしかなかった神への拝謁。
それが近くのシャル宿で実現できる。
世界を守った芋煮三神の願いの成就を直接祝う事ができるのだ。
『俺、えう冒険者になるぜ』『俺も』『私も』
近隣のオーク達の異界討伐熱は増すばかり。
老若男女がこぞってギルドに訪れ、えう冒険者として怪物達と戦い始め……
『まずは私、祝福エリザなんぞの訓練を受けて下さい』
『『『えーっ……』』』
『そして私、祝福エリザなんぞから自らの尻を守りなさい』
『『『ええーっ……』』』
いや、まずはロクな事をしない神から自らの尻を守る為に戦う。
『ぎゃぁああああ!』『ぐぅあああああっ!』『尻が!』『尻がーっ!』
バチーン、バチーン……
骨盤を割る程の尻叩き修行の末、オーク達はたくましく成長するのだ。
『俺はこれから異界と戦う。畑はお前にまかせたぜ』
『わかったよ。父さん』
そして空いた畑はこれまで町から出られなかったオーク達が引き継ぎ、耕す。
怪物が滅多に現れなくなった畑は、子や老いたも者でも安心して耕せる。
老いた者は子に作物の育て方を伝授しながら共に耕し、子らに道を示すのだ。
『僕がもっと強ければ、今すぐにでもえう冒険者になれるのに』
『戦士と言えども食わねば飢える。まずはうまい芋を作って戦士達を喜ばせる事から始めなさい』
『はい』
意欲ある行動に必要なのは、意味。
それに意味がなければ、意欲を維持する事は難しい。
怪物達にそれを奪われ続けていたオーク達は、シャル宿の助けで意欲を取り戻しつつある。
「ぶーさん、ぶーさん」「ぶー」「ぶーって言って?」
『『『ぶーっ!』』』「「「わぁい」」」『『『わぁい!』』』
シャル宿がもたらした地域の活性化。
そこにシャル宿ができた事で地域が安定化し、仕事が生まれ、オーク達と物の流れが生まれ、流れが生まれる事で意欲が生まれる。
「最近、ぶーさんの目が綺麗だよね」「む。輝いてる」「パーパのあったかご飯の人だ、みたいに?」
「「「ぺっかー」」」
『『『ぺっかーっ!』』』
だから宿には笑いが絶えない。
殺伐な仕事をしていても皆が明るいのは、意欲と希望があるからだ。
自らの行為に意味があるという自信が、彼らを明るくさせるのだ。
「次の宿も、はやく開業しないとな」『そーだねー』
そんな彼らを見て、カイはシャルに笑う。
「さすがカイえう!」「む。ぶん投げ無双」「そうですわ。できる者にまるっとぶん投げ芋煮を煮込む。それこそがカイ様の生き様でございます」
『あらあら』『わぁい!』「わふんね」
そんなカイを見て、一家も笑う。
『カイさん、戦ってないのに尻を叩く隙がありません』『私達の研ぎすまされた平手が錆びてしまいます』
「それでいいだろうが!」『『がぁん!』』
そして祝福ズは相変わらずなのである。
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