15-27 異界の荒野で、宿屋を開く
『お前、ギストルス近くにある砦の話、聞いたか?』『ああ』
エリザ世界、街道。
怪物が跋扈する道を警戒しながら、オーク達の馬車が走っていた。
彼らは砦に物資を送る、ギルドの補給部隊。
食料、医薬品、魔石、木材等々。
砦に必要な品々を安全な町で積み込み砦へと運び、砦で戦利品を持ち帰る。
それがこの補給部隊の役割だ。
討伐した際の願いは地に還すか、魔石などのマナか、手に入りにくい何か。
食べ物や木材など町で調達できるものは可能な限り願わないようにギルドは冒険者に通達している。
願いが叶うのだから普通では手に入らないものを願うべきと考えているのだ。
だから、町で手に入る代物は町から運ぶ。
この補給部隊の馬車もそんな部隊のひとつだった。
『我らの神が宿を開いたらしいな』『芋煮三神か? それともエリザか?』『芋煮三神に決まってるだろ。エリザが俺らに何かしてくれた事があったか?』『いろいろあるだろ。ロクでもない事ばかりだが』『がぁん!』『おい、今のがぁんは何だ?』『敵かもしれん』『警戒!』
部隊長が叫び、護衛が武器を確かめる。
幸いな事に怪物の気配はない。
皆は安堵し、見張りに警戒をまかせて雑談を再開した。
『なんか、すごいらしいぞ』『どんな風に?』『俺も見た事はないんだが、怪物に食われるような気分らしい』『芋煮三神が、我らをお食べになられるのか?』『ああ……そしてとても幸せらしい。冒険者や補給部隊がなかなか戻らず日程が狂いまくりだそうだ』『あー、最近町から冒険者が減っているのはそれが理由か』『……』『……』
会話は続き、馬車は走る。
時に怪物を討伐して地に還し、時に迂回し、時に隠れてやり過ごしながら補給部隊は道を走り、やがて砦が見える場所へとたどり着いた。
『おい、なんだあれ?』『砦……? 違う。あれは怪物だぞ!』『でかい!』
彼らの目の前にそそり立つのは一本の、禍々しい巨樹だ。
光を吸い込むようなどす黒い葉が一杯に茂る巨樹が、砦のあるはずの場所に生えている。
エリザ世界のものでは断じてない。
『異界の顕現か?』『砦を直撃したのかよ……運がねぇなぁ』
エリザ世界はザル世界。
どこから怪物が湧き出しても、異界が顕現してもおかしくない。
隊長は仲間の不幸に少しだけ黙祷し、部隊に撤退の指示を出した。
『気付かれる前に撤退するぞ』『り、了解』
だが、すでに手遅れ。
『お客さんだぁーっ!』
おどろおどろしい声と共に、がばぁと根元が開く。
そこから現れたのは巨大な怪物の、口である。
オーク達は叫んだ。
『口!』『口だ!』『食われる!』『逃げろ!』
『いらっしゃーい! そしていただきまーすっ!』
しゅぱたたくねくねぐりんぐりん。
大樹は軽快なフットワークで瞬く間に補給部隊に近付くと、逃げるオーク達を馬車ごとペロリと平らげた。
『『『うわぁーっ!』』』
世界樹シャルロッテ容赦無し。
怪物の口の中、もうおしまいだと思ったオーク達は次の瞬間、天国の地に立っていた。
「いらっしゃいませー」「ごしゅくはくー?」「八ぶーさんとお馬さんですねー」
イリーナ、ムー、カインがにこやかに馬車を迎える。
『おぉ……』『我らが……』『神……』
まさしく地獄から天国。
口の中は彼らの求める理想郷。
生まれ変わった芋煮三神が笑って抱きついて来るのだ。
『ご宿泊です!』『絶対にご宿泊!』
「お食事は芋煮ですかー?」
『『『芋煮! 芋煮でお願いします!』』』
「えう!」「むふん!」「かしこまりました」「わふんよ」『あらあら』
『馬車、駐車場に移動しまぁーす!』
ひひーんっ、ぶるるっ。
馬と共に馬車が枝葉で運ばれていく。
しかし逃げる手段を奪われたとは思わない。
オーク達は今、厨房から香る懐かしき芋煮の香りに夢中なのだ。
どれだけその芋煮に命を救われただろうか……
オーク達はかつての戦いを思い出し、静かに涙を流した。
『……芋煮だ』『そして神々しいえうの響き』『口の中は本当に天国だった』『俺、もう食われてもいい』『俺もだ』
『いや、ちゃんと働いてもらわねば困るぞ』
そんな彼らにツッコミを入れるのは宿屋従業員、えう勇者アーサーだ。
『アーサー様!』『えう勇者アーサー様だ!』『アーサー様が芋煮三神とこの宿を守って戦っておられるのか』『この宿は絶対安心だ!』
『いや、私は戦わないからな?』
『『『えーっ……』』』
『では、部屋に案内しよう』
アーサーがオーク達を部屋へと連れていく。
めっさ使えない勇者、宿屋従業員に転職。
「うん。これならやっていけるな」
満足そうなオーク達に手応えを感じるカイである。
とりあえずギストルス近隣の十数ヶ所の砦をシャルに置き換えてみたところ、えう冒険者達の評判上々。
中は安全、周囲もシャルが怪物を食べて安全、道に街路樹シャルを配置すれば道中も安全、もしもの時は空間を跳んでとんずらも出来る。
まさに至れり尽くせりの宿屋の誕生だ。
これをエリザ世界に広めれば……
と、カイは思っていたのだが、祝福ズは平手をブンブン振って否定した。
『これはダメですね』『まったくダメです』
「なんで?」
『マナが全部シャルの腹の中ですので』『世界の糧になりません』
「……そりゃ、そうだな」
そりゃそうだ。
なんせシャルが食べてしまうのだから。
エリザ世界に現れた怪物をエリザ世界に還元しなければならないのに、シャルが食べてしまってはいつまでもエリザ世界は脆弱なまま。
シャルが去ればそこで終わり。
どうにかなっているように見えてどうにもなっていないのだ。
必要なのはエリザ世界が自立するためのお膳立て。
カイはしばらく考えて、シャルに告げた。
「シャル」『なあにーっ?』
「お前、異界の怪物を飼え」『えーっ』
「そして適度に弱っちくしてオーク達に提供してやれ」
シャルは宿屋をくねらせると、ポンと枝葉を叩く。
『そうか! 異界を食べる練習だね!』
「あー、そういやお前ら世界樹は異界を食う生き物だったな」
『僕もそろそろ弱い異界を顕現させられるようにならなくちゃね』
「強いと自分が食われちまうもんな」『うん!』
世界を食って異界を顕現させ、その異界を食らう。
それが世界樹の本来の姿。
絶大な力を行使するにはそれだけの食が必要なのだ。
「よし。宿屋に牧場を併設だ」『わぁい!』
恨むなら、この世界に顕現させた神を恨めよ。
相手がこちらを殺しに来るなら、遠慮する気はさらさらない。
それがカイ・ウェルスである。
『まあそれはそれとして、ダメ出し尻叩きタイムです』『今日も神の平手がうなります』『私達は祝福ですけど』『そうでした』『『では』』
ばちーんっ!
「ぎゃあああああっ!」
そして天国の宿にカイの悲鳴が響くのであった。
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