15-26 そして日帰りえう冒険者カイ・ウェルス
戦って、歩いて、戦って、戦って……
『よし、ついた』
その日の夕刻。
ジャック達とカイとおまけ一行は、冒険者の砦に到着した。
砦、と言うにはいささか貧相だろうか。
柵が周囲を囲んでいるが、隙間から中が丸見え。
寝ているテントも武具の手入れをしているオークも鍋を煮込んでいるオークも遊んでいるオークも丸見えだ。
今のカイならここから魔撃で皆を仕留められるだろう。
そんな感じの砦だった。
「これは……心細いな」
『まあ、そう言うな。これでも近いぶんマシなんだぞ』
『そうだな。まだ町から近いぶんまともだ』
『この先の砦は、柵が半分くらいしか囲んでないんだよねぇ……ここは囲まれてるだけマシってもんさ』
カイの言葉にジャック、ルーク、セシルが笑う。
「ここから先はもっと酷いのか」
『町から遠いぶん冒険者の数も少ないからな。柵は作ったそばから壊される』
『二つ先の砦に行った時なんざ、三日戦って四日柵作りだったな』
『そんな事をしてる内に材料の木材を切り尽くしちゃって、別の砦から決死の輸送とかしたわねぇ』
「それじゃ、戦えないじゃんか」
『まあ』『そうだな』『ええ』
世界が穴だらけの悲哀である。
怪物は顕現した異界からのみ湧いてくる訳ではない。その前段階として世界の脆弱な場所からポツポツと湧き出してくるのだ。
そこら中が脆弱なエリザ世界ならではの苦悩。世界がザルなのである。
「人手が足りないなら、町のオーク達に柵作りの応援を求めたらどうだ?」
カイの提案に三人が首を横に振る。
『無理だ』
『あいつら戦えねぇからな。こんな場所に連れてこれねぇよ』
『砦の中でも安全って訳じゃないものねぇ』
「……まさか、砦の中にも湧くのか?」
『湧く時も、ある』「えーっ……」
ジャックの返事に唖然とするカイである。
危ない。エリザ世界超危ない。
『一応、怪物を討伐した時に地に還すように願っているから他の地よりは強いはずなんだがな』
「ギストルスにも、出るのか?」
『いや、あそこは芋煮三神の方々が特別に地を強くなされた場所。怪物が湧き出す事はない』
ジャックの話ではイリーナ、ムー、カインはエリザ世界の各所にそういう地を作ったそうで、ギストルスもそのひとつ。
三人は戦えぬオーク達が過ごせる地を用意して、この世界を去ったのだ。
うちの子すごい超すごい。
カイは感心しながら砦の門の前に立った。
『……貴方は、えう勇者アーサー様ですよね?』『そうだ』
見張り台から声がかかる。
さすがえう勇者アーサー、顔が広い。
『では、そこに立つ異界の方は神の世界の方ですか?』
『そう。ベルティア世界からの冒険者、青銅級えう冒険者カイ・ウェルス様だ』
「よろしく」
カイが頭を下げる。
アーサーの顔があればオーク達もカイを疑う事は無い。
門番が門を開き、一行を砦の中に迎え入れた。
『金五十だ』『また値上げしたのか?』『最近押され気味でな。町から調達する資材が増えているんだ』『……そうか』
ジャックが懐から袋を出し、集金係に金を払う。
こんな場所でもやはり先立つものは金。世の中世知辛いものである。
そして中に入ればアーサーの評判半端無い。
『えう勇者だ』『えう勇者アーサー様だ!』『今日は安心して眠れるぞ!』
おぉおおおおおおえうえうえうえう……
『いや、私は戦わぬぞ?』
えぇええええええうえうえうえうえうえ……
砦の落胆半端無い。
本当にめっさ使えない勇者である。
そして当たり前だが中からも外は丸見え。突進を防げる程度の柵に不安半端無いカイである。
こんな場所で安心して寝られるのか……?
と、カイが首を傾げているとそれどころではない事態発生。
『バリシュのテントに怪物が湧いたぞーっ!』『敵襲ーっ!』『やっちまえ!』
「やっぱり中でも湧くんかい!」
バリシュとやらが寝ていたテントを突き破り、リザードオーガが現れる。
危ない。エリザ世界超危ない。
カイは叫んだ。
「こんな所で寝てられるか! 俺は家に帰るぞ!」
『『『ええーっ?』』』
カイの言葉に唖然とするジャック、ルーク、セシルだ。
一日かけてここまで来たのに家に帰ると宣言する。まさに狂気だ。
『アーサー様、カイがおかしくなりました』
『いや、カイ様はこれが普通だ』『は?』『ほら、来た』
しゅぱた!
『おまたせーっ!』
カイが帰宅を宣言してわずか一分。
駆けてくるシャル家だ。
『『『家が寄ってくるのかよ!』』』
確かにこれなら家に帰れる。
カイズもシャルも超便利。
「カイ、おかえりえう!」「む、その調子だと余裕?」「これなら私達も明日はご一緒できますわね」
『あらあら』『わぁい』「わふんね」
ドアが開き、妻達とマリーナとエヴァがカイの姿に笑みを浮かべる。
カイはジャック達に言った。
「お前らも泊まれ。こんな所よりはずっと安全だぞ?」
『いや、そこ口! 口だから!』『食べられるぞカイ!』『なんて邪悪な!』
「あー、お前らにはそう見えるのか」
どうやらエリザ世界の者はシャルの玄関が怪物の口に見えるらしい。
まあ、実際に口なのだから仕方ない。
家はシャルの腹の中であり、シャルがその気になればカイ一家とて食われて終わりだ。
しかし、そんな事を気にしないだけの信頼がカイ達とシャルの間にはある。
世界樹シャルロッテは話のわかる樹木なのだ。
「この際だから砦の奴らも全員泊まってけ。シャル、客間増やして」
『宿屋モードッ!』
『『『ええーっ……』』』
モコモコと部屋を増やすシャルに再び唖然とするジャック達。
世界樹、何でもアリだ。
『ア、アーサー様!』『大丈夫なのですか?』『怪物の口ですよ?』
『お前達も先程のえうを聞いただろう? ここは神の世界の最も聖なる家。中に入ればそんな心配も全てなくなるさ』
そんなアーサーと共にジャックらが中に入れば子らが皆を歓迎する。
「パーパ」「おかえりー」「おかえりなさい」
カイに抱きつく子ら。
「ぶーさん」「ぶーさんがたくさん」「わぁい!」
そしてジャック達にも抱きつく子らだ。
『おぉ。わ、我らの神よ!』『俺、もうここで食われてもいい!』『こんな所で再びお目にかかれるなんて……』
感涙半端無いジャック達。
砦の皆はこぞってシャルの口に飛び込み、子らを拝んで涙する。
『敵襲ーっ!』『いただきまーすっ! そしてごちそうさまーっ!』
外の見張りの叫びも枝葉を伸ばしてサクッと解決。
もはや見張りも必要ない。安心安全腹の中だ。
そんなありさまを見て、カイはふと思いつくのだ。
「この世界で、宿屋やるか」
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