15-25 青銅級えう冒険者カイ・ウェルス、冒険する
『おい新入り! 行ったぞ!』『俺が右をやる。新入り、お前は左だ』
「わかった!」
エリザ世界、街道。
カイは仲間のオーク冒険者の叫びに答え、鍋を構えた。
左と言われた側の怪物は二体。
カイが異界で戦ったオーガの肌が鱗となり、尻尾が生えたような何かだ。
見た事も無いこの怪物をオークの仲間はリザードオーガと呼んでいる。
言葉通り、トカゲの鬼だ。
カイに新入りと叫んだリーダーの戦士ジャックの前には五体、右の敵をやると言った戦士ルークの前には六体のリザードオーガが迫っている。
信用されてないな……まあ、客のようなものだからな。
カイは苦笑し走り出す。
『ケガするんじゃないよ! あんたはこの世界のモンじゃないから回復出来るかどうかわかららないからねっ』
回復魔法使いのセシルの叫びを背に受けて、カイは敵のマナを見る。
敵はまあ、強い。
この前の異界で戦った怪物と同じ程度。
ジャックとルークはセシルの補助があれば何とか勝てるだろう。
カイは……全く問題ない。
『『ゥゥウウウウアアアアアア』』
怪物の雄叫びに構わず握る鍋に念を込め、鍋の形を大きな二股の針に変える。
そして静かにマナの流れを観察し、針の形を調整しながら急所にそれを突き入れる。
ブスリ。
針が鱗をたやすく貫き急所を穿つ。
これで終わりだ。
動きの止まったリザードオーガのマナから相手の死を確認し、戦いを始めたばかりのジャックとルークに駆け寄った。
「手伝おう」『もうやったのか?』『早いな』
「終わったぞ」『『『えっ?』』』
会話している間に針針魔撃針魔撃魔撃針針……
バルナゥの手抜きブレスを避けきったカイの多重化であればこの程度の相手は全く問題ない。会話しながらでも対処可能だ。
「願いはそっちでやってくれ」
『わかった』『まあ、魔石だな』『そうね』
カイが倒したリザードオーガにオーク三人が近付き、異界のマナに願って戦利品を得る。
怪物が目の前で崩れ、マナが願いに応えて魔石となり冒険者の足下に転がった。
カイの世界と同じように、魔石は取り回しの良い戦利品のようだ。
ぐるり周囲を見て怪物の気配がなくなったと確認したカイは、鍋を腰に納めた。
「それにしても、まだ出発して三時間だぞ?」
『いや、こんなもんだぞ』『こんなもんだよなぁ』『いつもこんなよ』
カイの呟きに三人の仲間が口々に答える。
ギストルスからちょっと離れただけでも異界の怪物がバンバン現れる。
これがエリザ世界。
何億年もイグドラに食われ続け、無数の神に食い物にされた世界は今も脆弱。
十年やそこらでそれが変わる事はない。
世界というものは彼らが神と崇める芋煮主がどうこうできるような、小さなものではないのだ。
『新入り……いや、カイ・ウェルス。お前、なかなかやるな』『青銅級えう冒険者と聞いた時はどうしたものかと思ったが、以前見た暗黒勇者並じゃないか』『さすがは神の世界の客人といった所ね。すごいわ』
「神の世界はやめてくれよ。あと客人もやめてくれ」
イリーナ、ムー、カインのいる世界だから神の世界。
彼らの認識は間違ってはいないが何とも恥ずかしい表現に、カイは照れて笑う。
『ところで……』
ジャックは手にした魔石を無造作に袋に入れると、カイの背後を何とも訝しげに見た。
『なぜアーサー様がまだ付いて来られるのですか?』
『そして平手を振る女二人は一体何者?』
『カイ様の身分証明だ』『『カイさんのダメ出し係です』』
ぶぉん、ぶぉん……
首を傾げるジャック達にアーサーと祝福ズが答える。
そう。カイはひとりでここにいる訳ではない。
えう勇者アーサーと祝福ズも一緒だ。
『カイ様は神の世界のお方。身分証を手にすればたちまち願いで変わってしまうので私が同行しているのだ』
ジャックの言葉にアーサーが答えた。
異界の物は願いで変質する。
えう冒険者ギルドで青銅級えう冒険者の身分証を受け取ったカイは願いでそれを芋煮に変えて、たちまち再発行の憂き目に遭った。
当然ながらエリザ世界のお金も願いで変質する。
だからカイは手にできない。
同行していたアーサーに再発行料を立て替えてもらい、新たな身分証を発行してもらったカイだが手にすればたちまち変質するだろう。
だからアーサーにそれを預ける事にしたのだ。
身分証が人まかせ。
当然だが身分証を所持してなければ異界の者など信用されない。
だからアーサーがカイの行く所どこにでも同行する事になった。
これなら、アーサーの顔パスでいいじゃん。
と、思ったカイである。
『あのぅ、戦っては頂けないのでしょうか?』
『私が戦っている間にカイ様にもしもの事があったらどうする!』
ジャックの言葉にアーサーが叫ぶ。
『お前達も聞いただろう。カイ様のえうはへなちょこ半端無い。町を歩けば不審者扱い、外を歩けば怪物扱い。こんなカイ様をひとりにして何かあったら超大変!』
「まあ、実際異界の者だからな」
エリザ世界にとってカイは異界の怪物だ。
そこらから湧いてくる異界の怪物と実は同類。敵対しているかしていないかだけの差しかない。
顔パスのアーサーが同行しないとややこしい事半端無いのだ。
『大丈夫』『カイさんの願いを邪魔する者は私達が尻叩きです』
『そしてカイ様にはこんな凶暴めっさ使えない祝福が取り憑いているのだ。何かあったらそこら中尻叩きで阿鼻叫喚だぞ』
『『がぁん!』』
カイも心配だが手を出したエリザ世界の者も心配。
えう勇者アーサー、板挟みな立場である。
『カイ様の身分証を守る事が私の戦い。という訳で私は戦わぬ!』
『『『はぁ……』』』
めっさ使えない勇者、爆誕。
そして仲間のジャック、ルーク、セシルのカイへの同情半端無い。
『『『えうができないと、色々大変だなぁ……』』』
「その哀れむような目をやめろ!」
カイは叫んだ。
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