15-21 エリザ世界……そこは、えうの理想郷
まさか三百話を突破するとは……
「それじゃ、行くか」
「えう」「む」「はい」
「「「しゅっぱーつ!」」」
『あらあら』『わぁい!』「わふんよ」
『『さあ、尻叩きの世界へ!』』
「いきなりそれはやめてくれ」
エルネの里、カイ宅。
旅の準備を終えたカイは、シャル家でエリザ世界へと出発した。
しゅぱたん……
シャル家の底から根の足が生え、ゆっくり地面を歩き出す。
エリザ世界は人の目を気にしなくても良い異界。
だから家がそのまま移動してても別に良いだろう。
と、カイは生活環境そのものを移動する事にしたのだ。
今のシャル家は畑も完備。
畑の下に根を張れば、畑もしゅぱたと移動出来る。
世界樹、やっぱり何でもアリであった。
「パーパと旅行」「マーマと旅行」「わーふんもマリーナもシャルもぶーさんもろーぶーさんもぱーぱずもいっしょ」
「「「わぁい!」」」
「わふんよ」『あらあら』『わぁい!』
『まさしくわぁいでございます!』『まったくわぁいでございますな!』
動き出すシャル家にイリーナ、ムー、カインも大はしゃぎ。
老オークとアーサーも大人げなく大はしゃぎ。
畑とともに客間やベランダも増設したシャル家には、老オークとアーサーの部屋も当然ある。
シャルは分割できるんだから、お前ら離れでいいじゃん。
と、言ったら二人で地面を転がって駄々をこねたとか大人げない話はおいといて、とにかく客間も作ってある。
そして犬部屋もある。
ランデルの頼れる番犬、エヴァンジェリンも同行するのだ。
「カイはへなちょこだから心配わふん。ミルトにも頼まれたわふん」
「俺はありがたいけどランデルは……まあ、バルナゥがいるからいいか」
あのでかい犬がいるランデルでダメなら、世界中どこでもダメ。
ルーキッド様ごめんなさい。バルナゥでダメな時は諦めて下さい。
と、いつものように心で頭を下げてぶん投げるカイである。
「そういえば、アレクは来ないわふんね」「ああ、あいつは来ないだろ」
ちなみにカイの忠犬アレクは参加しない。
アレクは心の中にカイが生きる忠犬中の忠犬。カイの心配はしていない。
忠犬を極めた直感力のたまものだ。
そして直感がなくてもアレクの近くにはカイズがいる。
カイが困っていれば筒抜けだ。
危なくなったら、いつでも駆けつけるよ。
と、アレクは笑ってカイを送り出してくれた。
シャルは進み、カイ宅前にあるエリザ世界への門をくぐる。
伸縮できるシャルだから狭い入り口も自由自在。
空間制御で室内を変えずに外見だけをコンパクトにまとめる様はさすが世界樹。とんでもない樹木である。
「エリザ世界か……」
「えう?」
ダンジョン通路を通りながらカイが呟く。
「いや、俺らよく使ってはいるけど、通り抜けているだけだからさ」
「そういえばそうえうね」「む。すぐに世界に戻る」「そうですわね。ちょっと違和感がありますよね……禍々しいですし」
「まあ、異界だからな」
異界は元々相容れぬ敵。
だから禍々しいのは仕方がない。
しかし、考えてみればガンガン使っているのに通り抜けるだけだ。
カイはダンジョン主だった頃、オルトランデルから外に出る事はなかった。
短期間でダンジョン主が討伐されれば世界のマナが赤字になるからだ。
そして今は親交があるにも関わらず、したことといえば通過と異界討伐くらい。 エリザ世界がどんな場所なのか、カイはほとんど知らないのだ。
「なぁアーサー」『はい』
「エリザ世界って、どんな所だ?」『……カイ様、我らの親交も十年に迫ろうというのに、今になってそれでございますか?』
「悪い。通り抜けてただけだった」『……』
「あぁ、異界討伐に立ち会ったことはあったな」
それなりの付き合いがあるのに世界の事はまるっとスルー。
そんなカイに悲しさ半端無いアーサーだ。
『ま、まあ仕方ありませんな。我らエリザ世界は異界ですからな』
「お前らだって俺らの世界は異界だろ?」『我らの神の生まれた世界を異界などとは呼べませぬ。カイ様の世界は我らにとって神の世界なのでございます』
「そうか。で、どんな世界なんだ?」『そうですなぁ……』
カイの問いにアーサーはしばらく考え、にこやかに答えた。
『かつては異界に、そして今はえうに満たされた世界でございます』
「……は?」
何を言ってるんだこいつ?
と、にこやかに語るアーサーをまじまじと見つめるカイである。
「えうに満たされるって、何?」
『ですから、イリーナ様の尊きお言葉のえうでございます。ミリーナ様がイリーナ様に与えた救世のえうでございます。我らエリザ世界はえうの境地を目指しているのでございます』
「……ミリーナ」「えう?」
「えうの境地って、何だ?」「知らないえう」
『そうでございます!』『さすがミリーナ様。なんと素晴らしきえうの響きよ!』
「どんなだよ!?」
お前らには「えう」が何に聞こえているんだよ?
と、しきりに首を傾げるカイである。
『我らの世界は日々えうを磨く世界』『ですから皆、毎日のえうを忘れません』
「でも俺が通り抜ける時はえうなんて聞こえないぞ?」
「ミリーナも聞いた事ないえう」「む。同じく」「私も聞いた事ありませんわ」
そんなのが聞こえていたら止めに入るに決まっている。
老オークはカイの疑問に答えた。
『カイ様が我にえう禁止を申し渡したからではございませんか』
「……あぁ。昔、そんな事を言ったなぁ」
『ですから異界との接続場所から一キロメートルの範囲は非えう地帯。我らにとっての不毛の地なのでございます』
トンネルを抜けてエリザ世界に入り、カイの世界のどこかに繋がるトンネルに入らずに外に続く道を行く。
しばらくすると老オークとアーサーの言う通り、叫びを風が運んできた。
えうーっ……えうーっ……
「えうだ」
「えうえう」「む。えう」「えうですわ」
「「「えうーっ」」」
『あらあら』『わぁい?』「わふんよ」
『素晴らしい響きです』『さすが私の世界。えうに本気ですね』
『皆、今日もえうを磨いておるな』『あぁ、すばらしきえうの響きよ』
多数の者がえうを叫んでいるのだろう。その響きは重厚だ。
……そんな事に力を入れているから、今も世界が不安定なんだよ。
カイはそう思わずにはいられなかった。
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