4-12 異界。それは世界を喰らう者
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
「お願いします!」
「ありがとうございます!」
おぉおおおおおおめしめしめしめし……
夜。
ランデルの森、エルフの収穫祭(延期)会場広場。
「本当にもう、どうするんだよこれ……」
カイは芋煮をよそった椀をホルツのエルフの頭に当てながら、現実逃避していた。
カイツーの野郎、さすがは俺だ。思い切りぶん投げてきやがった……
と、自画自賛気味に感心する。
「えうぅ」「ぬぐぅ」「ふんぬぅ」
「俺が育てた竜牛が……」「ペネレイ……」「俺の芋がぁ……ぺまー」
あぁあああああああしめしめしめしめ・・・・・・
そんなカイの後方、食べ物が痛まないほどの距離にはマナに輝く視線が数百。
この芋煮を食べるはずだったエルネ、ボルク、エルトラネの里の面々である。
目はマナに輝き、口から流れるよだれがマナの輝きを反射して輝く。
ホルツのエルフだけが芋煮を食べるのがうらやましくて仕方無いのだ。
しかし、これを耐えれば一週間食べ放題。
皆はカイが言った言葉を信じ、必死に耐えている。
カイは気が付かなかったが『待て』がしっかり出来ていた。
すまん。鍋があってもよそって頭に当てる人がいないんだ。
と、カイは心で土下座する。
カイの後ろに置かれた数十の鍋の中は温かな芋煮が溢れんばかり。
しかし残念な事によそう人がいない。
カイのほかに暇な者は近付けばご飯が痛むエルフばかり。
そして限られた人手は頭を抱えている真っ最中だ。
「うがあっ! どうすんのよこれ!」
広場の端に張られた天幕の中からシスティの悲鳴が聞こえてくる。
けっこうな距離があるのにとんでもない大声だ。
無理もない。
最悪のさらに下をいくベルガの話に勇者達は頭を抱えているのだ。
まあ、俺は俺に出来ることをしよう。
カイは空の椀を取り、少し離れた場所で待つホルツのエルフに芋煮をよそう。
彼等は呼ぶと小走りに寄って来て素早く頭を差し出し、椀を頭に受けるとすぐに引いていく。
今の所こちらが伝えたルールは驚くほど守られている。
ミリーナはお高くとまってるえうと評していたが、ご飯を前にして驚異的な自制心だ。
いや、ランデルの回りがひどいだけか……
と、カイが思っていると天幕が開かれ、システィがカイを呼んだ。
「カイ! ちょっと来なさい!」
「いや飯の世話が!」
カイが怒鳴ると天幕からソフィアとマオが駆けてくる。
システィがふたたび叫ぶ。
「ソフィアとマオが交代するわ。あとランデルから何人か連れて来てもらうから」
「そうか。わかった」
エルフの飯に対する執着を晒すのは良くないと思ったがこの非常事態である。
システィは権力で釘を刺す事で何とかするつもりなのだろう。
と、カイは後始末をシスティにまるっとぶん投げ天幕の中に入る。
「私達四人だけだとビルヒルトに到達するのがやっとね」
「僕はとにかくシスティ達はそこまで行ったら戻れない。無謀だよ」
「う……」
「我らホルツも奪還に尽力いたしますが、湧き出した怪物には強力な奴が多く……」
「大竜バルナゥは?」
「めぼしい怪物は一掃して頂けたかと。細かい怪物は放置でしょうな」
天幕の中ではシスティとアレクの勇者とホルツ、エルネ、ボルク、エルトラネの長老が地図の置かれたテーブルを囲んでいた。
カイもテーブルの空いた一角に立つ。
戦いにはあまり役に立たないカイがここに呼ばれたのはおそらくアレクの差し金だろう。
「王国からの増援を待つ事は出来ないのか?」
「出来ないよ」
途中参加なのでどのような議論をしたのか分からない。
カイはとりあえず気になった事を聞いてみると、アレクが首を振り答えた。
「カイ、異界のダンジョンは顕現した時間が長ければ長いほど内部が複雑になって討伐が難しくなるんだ。三日以内に何とかしたい」
「その通りよ。通常のダンジョンはまず主が顕現し、世界を食べてダンジョンを拡大させていくの。時間と共に階層が増えていくのよ。初期段階で階層が一つ増えるのに大体一週間。三日以内に到達できれば階層が増える前に叩けるわ」
ダンジョンは世界を食って拡大する。
だから二人は早急に叩こうとしているのだ。
しかし……カイは呻く。
「出来るのかよ……」
「やるのよ!」
システィが叫んだ。
「異界は世界のマナを奪うのよ。討伐した異界で世界のマナ損失を埋められるのは顕現から一ヶ月まで。それ以上かかると世界のマナはどんどん減っていくわ。一年以上経過すると階層の増加が勇者の討伐速度を上回るようになり、討伐できても使えないマナの枯渇した地だけが残される。そして五年以上経過すれば王国の戦力を総動員しても討伐が難しくなる。そうなったら王国は滅びるでしょうね……だから私達は顕現した異界を可能な限り迅速に討伐するのよ。収支がプラスの内にね」
システィはカイにまくし立てた後、呼吸を落ち着かせて静かに続けた。
「ベルガの話だと相当強力な奴が顕現したみたいだから階層を増やしたくないわ。外に溢れた怪物の能力は金級から聖銀級。バルナゥがあらかた潰してくれたみたいだけど、異界から現れる怪物の数は一日あたり五千体ってところね」
エルフの長老が討たれるくらいだ。
人間ではとても苦労するだろう。
「こちらの戦力は?」
カイが聞く。
「私達四人、大体金級程度のホルツが二百五十人程度、勝手に参戦する大竜。あとのエルフは貴方の判断に従うって」
「あぁ、だから呼ばれたのか……」
だから俺にぶん投げるなよ……
皆の視線が集まる中、カイは天を仰ぎ目を覆う。
ご飯を作っているだけなのにこの扱い。
しかし投げた側にこの認識は無いだろう。依存とは無関係な事柄でも発揮されてしまうものなのだ。
しかし、投げられてしまった以上仕方がない。
出来るだけのことはしよう。
カイはシスティに聞く。
「怪物の統率は?」
「ないわ。あっても数十体の群れといったところね。これも時間と共に統率の取れたもの変わっていくわ。今はまだ近くに空いた穴に我先に入り込んでいるだけだから」
「あぁ、冒険者と似たようなものか」
カイは身近な事柄にたとえてみる。
割のよい狩り場は発見直後は冒険者が入り乱れるが、情報が集まると共に統率が取れていくものだ。
実力不相応の者は去り、相応の者は効率を上げるために縄張りを決め行動を画一化する。
打算による譲り合いは怪物も同じなのだろう。
しかし、相手が烏合の衆なら……
カイは思考を巡らせる。
少数に多数を当てて倒す。当たり前の事を当たり前にするだけの話だ。
別に特別な事はしない。奇策など考える頭は無い。単純な方法が最も有効なのだ……
可能であれば、だが。
「何人戦えるんだ?」
「エルネは百」「ボルクは百三十」「エルトラネは百二十程度です」
「エルネとボルクは大体同じくらいの能力だよな。エルトラネは上回る」
「エルトラネの魔法は回復と強化です。それを抜きにすると似たようなものです」
「そうか」
「とにかくアレクをダンジョンまで届けるのよ。あとはアレクが何とかするから」
「僕とグリンローエン・リーナスがね」
風と水の魔撃五百。回復百二十。勇者魔撃一、勇者回復一、勇者戦士一。
これでアレクを三日以内にダンジョンに届ける。
カイは腕を組んで考える。
魔撃はエルネ、ボルク、ホルツ、ホルツ二の四隊に分け、エルトラネは三十ずつそれぞれに配置して回復と強化に専念させる。
隊はすべて百以上。全員世界樹の守りを持っている上に回復と強化が付く。
怪物の群れは数十。真っ向勝負なら負けはしない。
敵は一日五千体増えるが統一して動くのが数十ならやりようは……
二隊を休憩と考えて一度に二つ以上の群れを相手にしなけけば良い?
もしそれ以上の群れが来るなら勇者らの魔撃で蹴散らすなり止めるなりで時間差をつけて各個撃破……?
時間差がつけられないなら退く。
出てくる場所はダンジョンだと解っている。
こちらが優位な場所で叩き続ければいずれ群れは消える……?
いやいや、希望的観測が過ぎる。多勢に無勢過ぎるぞこれは。
「無理だ……」
しばらく考えてカイは首を振った。
これでダンジョンに突撃したら無謀に過ぎる。
統率されてなくても隙を突いては来るだろう。近づくほど怪物の数は増えるのだ。
そもそもカイがこれまで死ななかったのは人、物、時間を必要以上にかけて目的を普通に完遂出来るようにしてきただけなのだ。
当たり前の事を当たり前以上に行う。
運が悪くなければ出来る領域まで儲けを削って余裕を作る。
これがカイのスタイルだ。
その全てを制限されてしまえばどうしよもうない。アレクやエルフの信仰とも言える期待が異常なのだ。
それでもカイは必死に考える。
自らの決定一つで多くのエルフが死ぬ。
芋煮を食べさせずに死なれたら小心者のカイは一生悔いて過ごす事になるだろう。
だが、どう考えてもこの戦いは無謀に過ぎた。
こちら側への怪物の侵略範囲を広げない程度が精一杯だ。
さらに難しい補給や休息の問題もあるのにこれでは……
あれ?
防衛戦への切り替えを提案しようと考えて、カイはアレの存在を思い出した。
システィに何度も使える世界樹の葉と言われたミスリルのコップだ。
出来ないのは蘇生だけと言われる世界樹の葉。
それの劣化版。されど国宝級だ。
あれ? もしかして思ったより楽なのでは? あのコップ一つで補給と休息ができる?
だがしかし……それでいいのか?
「……システィ王女殿下」
「なに?」
しばしの葛藤。
やがてカイは口を開いた。
「死にたくなるような目に遭う覚悟は、ありますか?」
「当然よ」
システィは即答した。
王国の王女として国土防衛に身を捧げる覚悟はある。
カイは凛として答えたシスティに尊敬の礼を送ると、その場の皆に作戦を説明した。
話が進むと共に顔を引きつらせていくシスティにカイはすみません申し訳ありませんと謝罪を繰り返す。
後で説明したソフィアも同じく顔を引きつらせ、カイはペコペコと頭を下げる。
しかし両者共計画は了承してくれた。
エルフの長老達は里の皆に作戦を説明し簡単な訓練で付け焼刃の連携を作る。
「進軍しながらご飯も作るか。栽培に何人か割いてくれ」
「さすがカイ殿!」「む! 移動収穫祭!」「カイ様すごい!」
「「「やる気でた!」」」
おぉおおおおめしめしめしめし……
カイはエルフに関しては全く心配していない。
どうせご飯で釣れば無敵の連携を発揮するからだ。
その後カイは鍋管理の為に集めた避難民に作戦を説明した。
はじめは断固拒否だった彼らもエルフはご飯をもらうだけで何もしない事、勇者が皆を守ること、口止め料込みの三日で聖銀貨一枚……カイの生活費およそ七年分の給金の先払いで渋々了承してくれた。
まあ、すぐに慣れるだろう。
カイとカイツーは一部のエルフと共に食料の栽培と収穫を担当する。
かくしてカイ達は準備を整え、峠を越えて進軍を開始した。





