15-17 勇者の戦い
「行くわよ」「うん」「おう」「はい」
主の間を前に、勇者達が武器を構えた。
アレク、システィ、マオ、そしてソフィア。
王国最強の勇者達はカイがミリーナと出会う前から最強の座を譲らない。
世界樹の枝を用いた聖なる装備を失っても最強。
過酷な異界討伐に心身を削り続けても最強。
年月が過ぎても最強。
そしてエルフ勇者が台頭しても最強だ。
王国の異界を討伐し続けた経験と、それに基づく鍛錬。
人間やエルフや竜、神まで網羅する人脈と権力。
何よりも戦いに臨む覚悟が他の勇者を圧倒する。
他の人間勇者のように権力や金にブレる事はなく、エルフ勇者のように食べ物にブレる事もない。
何者であろうと討ち、何事であろうが揺るがない。
カイやエルフが王国を滅ぼす敵となっても、彼らはためらう事なく討つだろう。
その覚悟ゆえに、アレク達は最強の勇者なのだ。
「何とも場違いだなぁ、俺……」
そんな王国の最強勇者達と共に、カイは主の間の前に立っている。
いつも会えばバカ話に花を咲かす友人でも、こんな場では何とも場違い。
カイはこれからアレクと並び、異界の主を討つため戦うのだ。
「久しぶりだなぁ。久しぶり過ぎて涙が出るよカイ」「いや、泣くなよ?」
そんな事でやられたら俺が超困る。
『カイ様、ご武運を』『我らカイ様の勝利を信じております』
「お前らは早く外に出ろ。異界消滅に巻き込まれるぞ?」
俺達は外に出るだけだが、エリザ世界のお前達はどうなるかわからんぞ。
『『今宵の平手は尻に飢えている……』』「やめれ」
これ以上叩かれて痔になっても超困る。
あぁ、やっぱり妙な育ち方しちゃったなぁ……
と、ブンブンと平手を振る祝福ズに何度目かも忘れたため息を吐くカイである。
扉の先には強大なマナを持つ主が、今や遅しとカイ達を待っている。
根こそぎ討伐したからだろう、主の周りにマナはない。
向こうの怪物もこちらと同じく損得勘定。
やられるとわかっている場所に来る者はいない。
もはやこのダンジョンは怪物すら寄りつかない場所と化したのだ。
「これでとんずらしてくれれば、楽なんだが……」
「その気はまるでありませんね」「ソフィアさんにもそう見えますか」
扉を通して見えるマナにあるのは怒り。そして復讐の意思。
逃げて再起をはかれば良いのにその気は微塵もマナにない。
カイは小さく息をつき、腰の鍋を抜いた。
「行こう」「ああ」
カイとアレクは共に歩き出す。
兵達が扉を開き、隙間から異界の主の怒りのマナがあふれ出す。
以前なら卒倒しただろう濃密なマナの中を、カイは平然と歩いた。
「カイ、危ないと思ったらとんずらえうよ?」「む。ビギナーでしゃばらない」「そうですわ。いざとなったら百戦錬磨の皆様に戦いをまるっとぶん投げてとんずらです。尻は私が必ず元通りに治療いたしますわ」
「ああ。とんずらならまかせとけ」
「えう」「む」「はい」
ミリーナ、ルー、メリッサに手を振るカイに、アレクが囁く。
「大丈夫。カイはもう、僕より強い」
「……そうなのか?」
「うん。たぶんソフィアさんと同じくらいだよ。敗れる時は僕はカイより先に死ぬ。カイとソフィアさんは最後まで残るだろうね」
「そうなのか……」
バルナゥの祝福を目一杯受けたソフィアと同格。
それはカイの実力は人よりも竜に近いという事だ。
神々のはっちゃけがカイの格を理不尽に跳ね上げたのだ。
「……ん? するとそのうちドリルなのか俺は?」「さすカイ!」
「嫌だよ面倒臭い! おい祝福ズ何とかしろ!」『『はぁ?』』
「このやろう!」
そんなカイとアレク、祝福ズの後ろではシスティが勇者見習い達に叫ぶ。
「私達の戦いをしっかりと心に焼き付けなさい。そして届かないと感じたならば勇者の座を降りなさい。王国勇者は王国のために命を捨てて異界を討つのが務め。生半可な覚悟の者は邪魔なだけよ!」
「おぉ姫さん、言うねぇ」「あんただって仲間が勝手にとんずらは嫌でしょ?」「そりゃそうだ」「ですね」
マオ、ソフィア、システィがそれぞれの武器を構え、アレクとカイの後に続く。
勇者の武器は手にした剣や杖ではない。
異界を討伐するという強い意思。
そのために命を捨てる覚悟。共に戦う仲間を信じる心。
『貴様ら……許さぬ』
つまり、勇気。
強大な敵を前に、揺るがない勇気を持つ者こそが勇者なのだ。
主はバルナゥにも劣らぬ体躯の竜。
しかし勇者は揺るがない。
そしてカイも揺るがない。バルナゥ程ではないからだ。
「とんずらしてくれると有り難いんだが」
『ぬかせ!』
カイの言葉に主の顎がくわっ……と開き、マナブレスが放たれる。
カイの脳裏に幾多ものカイが動き、マナブレスに飲まれて消えていく。
しかし……カイは笑う。
やはりバルナゥ程のものではない。
いくつかのカイはブレスを逃げ切り、カイの身体と命を繋ぐ。
アレクも難なく避けている。
ほかの皆も防ぐだろう。
カイは仲間を見る事なく主へと駆けた。
「聖盾!」「鍋!」
流れたマナブレスはソフィアとマオがしっかり防ぎ、魔撃を仕込むシスティと扉の先の兵を守る。
システィが杖を構え、叫んだ。
「天撃!」
『ヌゥグアアアアッ!』
システィの繰り出す極大魔法。マナで再現された隕石が主の背に炸裂した。
超高速、超高温の魔撃が主の背を焦がし、巨体を地に縫い止める。
「じゃ、僕も……天撃!」
這いつくばった主の横っ腹に天撃を叩き込んだのはアレクだ。
願い得た魔道具の効果。
三十半ばになってもアレクはやはり王国最強勇者だ。
『貴様ら、如きに……!』
「ぼっちのお前が、貴様ら如きか?」
仲間に見捨てられた者が、笑わせる。
もう一度マナブレスを放とうとした主の頭をカイは鍋の中に入れ、力の限り振り抜いた。
聖剣『心の芋煮鍋マークスリーカスタム』は、一度鍋の中に入れたものを決して外には逃さない。
鍋に頭を振られた主の巨体がよろめく。
カイは叫んだ。
「アレク!」「さすカイ!」
シュパッ!
がら空きとなった長い首にアレクの刃が一閃。
それで、終わりだ。
首と胴を切り離された主のマナから意思がかすれて消えていく。
ズズン、ズン……
主の胴が地に倒れ、やや遅れて頭が地に転がった。
異界の主、討伐完了。
「すげえ!」「さすカイ!」「さすカイーッ!」
兵達のさすカイ歓声の中、カイは鍋を腰に戻す。
数は可能性。そして多様性。
幾多の行動を同時にこなせるようになってもそれは変わらない。
カイがどれだけいてもカイはカイ。
システィやアレクやマオやソフィアにはなれない。
皆の力を信じ、重ね合わせればこそひとりでは届かない高みにも手が届くのだ。
カイはマナに変わろうとしている主を見た。
どれだけ強大であろうと、ひとり。
多数に勝るものではない。
カイは呟く。
「皆が逃げた時に、お前も逃げておくべきだったな」
そして……
「カイ!」「わかった!」「うわっ……」
そして、カイズはこれ以上いらん。
カイはシスティの叫びに応え、マナに変わろうとする主の近くからアレクを掴んでとんずらした。
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