15-16 カイ一家、あの時のシスティとソフィアの気持ちを理解……しない
「放てーっ!」
『ガァアアァァア!』
最下層の戦いはこれまで通り、魔撃の応酬から始まった。
階層を渡る門を挟んで魔撃と飛び道具が飛び交い、兵達に守られた魔法使いが突入して一撃して撤退、目撃情報を元に再び魔撃と飛び道具の応酬を繰り返す。
「突入、いけます!」
「突撃ーっ!」
「「「おぉおおおおおおお!」」」
指揮官の号令に、強化魔法を受けた兵が門をくぐって最下層へとなだれ込む。
最初に突入する大きな盾を持つ兵達は移動する陣。
彼らがまず最下層で門を囲み、後続を怪物から守る砦となる。
次に突入するのは魔法使い。
門をくぐってすぐに魔撃を叩き込み、兵に群がる怪物を蹴散らす。
その後に突入した回復魔法使いは消耗した兵を回復し、切れかけた防御魔法を再構築。陣を強固なものとする。
「行くわよ」「うん」「おう」「はい」
そして最後に突入するのが勇者だ。
しかし突入して武器を構えても、アレクら勇者は戦わない。
異界の主を討つ為に存在する勇者がこんな所で戦うのは、負け戦が決まった時。
アレク、システィ、マオ、ソフィアは兵達の力を信じ、体力とマナを温存する。
悲鳴、爆発、咆哮……すぐそこに命をかけて戦う仲間がいながら見守るだけなのは、かなりの我慢を強いられる。
アレクやシスティならすぐに相手を圧倒出来るだろう。
しかし、ここで戦ってしまえば主との戦いが不利になる。
消耗すれば全力で戦えない。手札を晒せば対策される。
異界の主と勇者の戦いは、ダンジョンに突入した時から始まっているのだ。
「システィ、俺は手を出してもいいよな?」
「あんたは見せまくっちゃったもんねぇ……コップあるし魔撃だけならいいわよ」
「はいよ」
カイはシスティの許可を取り、怪物の目や耳にささやかな魔撃を叩き込む。
知られているため効果は薄いが、大勢に叩き込めば一体や二体は怯んでくれるものだ。
カイの魔法にわずかに怯んだ怪物が兵に押され、魔法使いの魔撃に倒される。
最下層の戦いにちょっとだけ貢献したカイである。
「お前、こういう時こそ山を砕く大技だろ!」
ダロスの言葉に、カイが首を横に振った。
「んー、もう無理だな」
「無理えうね」「ムリ」「ですわね」
「何でだよ!」
「ハッタリがバレたからな」
「ハッタリ? でまかせだったのか?」
「そう。でまかせだ」
怪物達の心を読んだカイが、ダロスの言葉に首を振る。
どうやら敵に心を読める者がいたらしい。
あの踊りには何の意味もないとネタバレをかまされたのだ。
もっとしっかり心を読んでくれれば、トンズラしただろうになぁ……
と、神々のアホはっちゃけを読まなかった相手に思うカイである。
「そもそも俺は行商人。そんな大技あるわけないだろ」
「じ、じゃあ強大な階層主を前に踊ってただけなのか?」
「そうだよ」「アホカイ!」「何がアホカイだ!」
カイとダロスがいがみ合う。
そんなダロスに戦況を見守るシスティが告げた。
「ダロス」「はっ」
「あんたら戦いたいなら戦ってもいいわよ?」「よろしいのですか?」
「ここが最下層だからね」「わかりました!」
喜ぶダロスにアホカイの仕返しだとばかりにからかうカイである。
「ほれダロス戦え。お前の戦いも主に対策されてるんだから、ここで力の限り戦って俺を守れ」
「お前も来い!」
「俺はシスティに怒られるから行かない」
「がんばってえう」「む。勇者がんば」「行ってらっしゃいませ」
「お前はともかく連れも戦わないのかよ!」
「だって俺の妻達可愛いもん」
「えう」「ぬぐ」「ふんぬっ」
「てめえら! 後で憶えてやがれ!」
戦いに参加する勇者を手を振って送り出し、カイ一家はマナで最下層を眺めた。
「あっちに大きなマナがあるえう」「む、あれは主の風格」「階層主より大きいですわ。おそらくここの主ですわ」
「よくそんな遠くのマナが見えるわね。さすがはエルフ」
エルフのマナ感知範囲はおよそ三百メートル。
その距離に舌を巻くシスティだ。
「怪物もどんどん増えてるえう」「むむむ、増えます増えます」「ダロスさん、しばらく頑張って下さい」
「このやろう!」
戦いながら悪態をつくダロス。
増援はこの場で戦う怪物達の十倍以上。このままではダロスら勇者も兵も大変だ。
「仕方ない。魔撃で蹴散らすぞ」
「えう」「む」「はい」
カイ一家の瞳にマナが輝く。
「風よ!」「水よ!」「強化魔法!」
えうぬぐふんぬっ。
ミリーナの風魔法が怪物を切り刻み、ルーの水魔法が怪物を貫き、メリッサの強化魔法が兵達の力を引き上げる。
そしてカイは複数の魔撃を操り怪物達を切り裂き、貫き、怯ませる。
カイ一家の参戦により、拮抗していた戦いが優勢に傾いていく。
『マナは半分で足ります』『尻? 尻?』
「後にしろ! ルー、水」「むふん、水よ!」
兵達がさすカイを叫ぶ中、カイはミスリルコップを水で満たしてくびりと一杯。 これでマナが回復してしまうのだからコップ水強い超強い。
「ああ欲しい。やっぱりそのコップちょうだい」
「バルナゥに頼めよ。それより水よこせ水」
手の空いた兵に水樽を運ばせ、その水でコップを満たす。
「完全復活えう!」「むふん!」「ふんぬっ!」
カイ一家は魔撃を叩き込み、コップ水を飲み、魔撃を叩き込む。
怪物は尽きず、兵はさすカイを叫びながら戦い、カイ一家はコップ水頼りで魔撃を叩き込む。
そんなこんなで二時間。
カイ一家に変化が訪れた。
「ぬおっ……」
「も、もれるえう!」「ぬぐぅ、水を飲みすぎた」「ふ、ふんぬっ……」
尿意に身をよじらせるカイ一家。
水を飲み続けていたのだから当然の結果。
それを見てにんまり笑うシスティ。そして桶を持ち出すソフィアだ。
「あはははは。あの時の私らの気持ちがわかった? ねえ? ねえ?」
「私達と同じように桶をどうぞ」
「……ソフィアさん、狙ってましたね?」
だが甘い。
甘すぎるぞシスティ。そしてソフィアさん。
カイは呻きながら不敵に笑う。
「ルー、頼む」「むふん。水よ」
こっちには水魔法のプロ、ダーの族のルーがいる。
尿の成分はほとんどが水。ルーなら思いのままだ。
ルーの水魔法で綺麗に抜かれたカイ一家の尿が桶に流れていく。
そして……チャポン。
カイ一家は服も濡らさず、音もロクに立てずに用を足した。
見事な水魔法に歯軋り半端無いシスティとソフィアだ。
「くっ! 水魔法、あの時の私が水魔法のプロだったら……!」
「さすがですカイさん。しかし大きい方はそうはいきませんよ!」
「いやぁ、そこまではかからないぞ?」
「あの時より敵は少ないえう」「む。あと二回くらい用を足せばだいじょぶ」「半日で楽勝ですわ」
「「くううっ!」」
カイは叫ぶ。
「可愛い妻達の恥ずかしい姿を見るのは俺だけでいいんじゃーっ!」
「えう!」「むふん!」「ふんぬっ!」
魔撃、コップ水、魔撃、コップ水、魔撃、水よ、えうぬぐむふん……
システィとソフィアが歯軋りする中、カイ一家は景気良く魔撃を叩き込み続けて半日。怪物は一掃された。
コップ水強い超強い。
「お前、ハッタリで妻達を踊らせるのは恥ずかしくないのか……恥ずかしい奴だな」
「うるせえよ!」
そして主の間を目前にした休息の時間。
ダロスにまっとうな事を言われ、カイは赤面するのであった。
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