15-14 カイ、階層主を踊り討つ
「攻撃、開始!」
指揮官の号令一閃、魔法使いが階層主の間に魔法攻撃を開始した。
使う魔撃は主に火魔法。
それが階層主の間に兵が投げ込む魔石や油に引火し爆発する。
入り口と出口は防衛側にとっても攻撃側にとっても重要な要衝だ。
階層と階層を繋げる通路は狭く、防衛側はここに戦力を集中させる事で効率的に侵攻を食い止める事ができる。
攻撃側はここを確保すれば次の階層に戦力や物資を投入できる。
人間同士の戦で地形が大きく影響するように、ダンジョンでの戦いも要衝をいかに確保するかが戦いに大きく影響するのだ。
食う側にとってはマナの通り道。
食われる側にとっては主を討伐する試練の道。
階層と階層を繋ぐ階層主の間は、そんな要衝だ。
「オルトランデル防衛戦を思い出すえう」「む。芋煮爆発半端無い」「エリザ世界の水攻めも凄かったですわ」
「まあ、最後はバルナゥ頼みだったけどな」
階層主の間で爆ぜる魔撃にカイ一家は昔を思い出す。
扉の前では兵が魔撃の射線を確保せんと扉に群がり、扉を閉じようとする怪物達と戦っている。
勇者の戦いの前哨戦だ。
カイが主をしていた時の防衛戦と同じく、物量での潰し合い。
カイは時折魔法を操り、怪物達の耳を惑わせ目をくらませる。
しかしそれは敵も承知。
効果は最初の頃ほど劇的ではなく、怪物達はカイの妨害にすぐ対応して戦い方を切り替えていく。
傷を負ったり魔撃を受けた怪物は後ろの者と交代してそれを癒やし、再び戦線に参加し兵を押し戻す。
攻防は一進一退だ。
「あー、対策されてるな」
「えう」「む」「はい」
「だから言ったじゃない。ばっちり監視されてるって」
カイが呟き、システィが呆れる。
こちらが組織戦なら敵も組織戦。
どちらも生きるために必死だ。
相手が引いてくれれば、楽なんだがなぁ……
と、カイは思うが無理な事もわかっている。
願うだけで様々なものを得られる場所を簡単に捨てられる者は珍しい。
酷い目に遭ってから考え直すのが命ある者の常。
それは世界が違えど同じだ。
『芋煮三神との戦いを思い出すなぁ、アーサーよ』『はい』
そんな潰し合いの末に共に歩む事となったエリザ世界の二人を見れば、カイ一家と同じ戦いを思い出している。
『芋使いのくせに竜かよと、あの時は思ったものだな』
『あの爆発では仲間の勇者も何人かやられましたからなぁ』
「それは……すまんな」
頭を下げるカイに二人は首を振る。
『いえいえ、あの時、我らは互いに命をかけておりました。我らの力がはるかに及ばなかっただけでございます』『そしてカイ様にはより多くの命を救って頂きました。あの時我らがカイ様を討伐してしまっていたら、我らの世界は見るも無惨な有様だったでありましょう』
「そうか。うちの子はすごいか」
『『超すごい!』』
「えう」「むふん」「はい」
そんな会話をしている間に扉での攻防は終わりつつある。
兵達は怪物をほぼ掃討し、扉の場所を確保する。
しかし階層主は強者。並の兵の剣や魔法使いの魔撃では討伐できないだろう。
ここからは勇者の出番だ。
「よし、行くぞ」「ええ」「俺たちの初陣だ」「支援はおまかせください」
ダロスら勇者見習いが剣を構え、階層主の間に突撃する。
「俺らも行くか」
「えう」「む」「はい」
若いなぁ……
カイも鍋を抜き、ミリーナ、ルー、メリッサと共に彼らの後に続いた。
この戦いはダロスら勇者見習いが主役。
カイ達はあくまで補助役。
そして彼らを導く役だ。
『この、雑魚どもがぁ!』
階層主の間にカイが入れば戦いはすでに始まっている。
勇者四人に対して階層主は一体。
しかしこれまで出会った怪物オーガよりもさらに大きく、力強い。
身長八メートル位だろうか。
まさに巨人だ。
「くそっ!」「つ、潰されるっ!」「ちゃんと足止めしてよ! 狙いが定まらないじゃないの!」「回復が追い付きません! もっと回避を!」
巨人の打撃に勇者見習いの悲鳴が響き、突風が勇者達を吹き飛ばす。
あの巨体の前に人は余りに軽く脆弱。
しかしこれが異界の戦い。そして勇者の戦いだ。
「魔撃!」「まず足止めしてよ!」「マナが追い付きません!」「ぐあっ!」
早すぎる。遅すぎる。力み過ぎ。コースが悪い。
まともに受け過ぎ。動きに幅がない……
お前ら、気負いすぎだ。
カイは彼らの戦いを見て、ため息をついた。
目の前の敵に集中するあまり、力の制御が出来ていない。
弱者が強者に挑む戦いに必要なのは連携。
ここぞというタイミングに全員の力を集中させて強者を崩し力を削ぐ。そこに至る流れの緩急が必要なのだ。
カイにはいくつもその道が見えるのに、彼らにはその道が見えていない。
実力的には届くのに、無駄に実力を浪費している。
当事者にはわからない事も離れて見ればわかるものだ。
「カイ、たぶんダメえうよ?」「む。仲間に責任ぶん投げ過ぎ」「それなのに信じておりませんわ」
「……少し手助けしておくか」
以前の俺なら身動きすらできない相手なのに……
我ながら、良くわからない成長をしたもんだ。
カイは苦笑し、鍋を構えた。
『ぬ……』
「怖いか?」
巨人がカイの動きにピクリと反応する。
カイはその反応を見逃さない。
巨人はカイのこれまでの戦いを見ていたのだろう。動きを無視できないのだ。
カイは巨人と対峙するダロスに叫ぶ。
「ダロス、勝てる相手なんだから少しは落ち着け」
「はぁ? なんでそんな事がわかるんだよ?」
わかるんだから仕方がない。
「お前はもっと相手の動きを見ろ。敵は訓練通りになんて動いてくれないぞ」
「んな事言ったって……うわっ!」
強烈な攻撃にダロスは飛び退き、巨人から距離を取る。
ああもう、自分の攻撃が届かない位置まで引いたら一方的にやられるぞ。
カイがそう思うと同時に、巨人が腕を振り回す。
人間の四倍以上の体躯から繰り出す打撃は竜巻の如く。
巻き起こる突風が勇者達の華奢な身体を吹き飛ばす。
『ハハッ……雑魚は良く飛びおるわ』
扉まで飛ばされ転がされた勇者達が荒く息を吐く前で、巨人が悠然と笑った。
ふりだしに戻る。だな。
「ミリーナ、ルー、メリッサ、やるぞ」
「えう」「む」「はい」
カイの言葉に妻達がカイを囲む。
『ぐ……』
その動きに巨人が怯んだ。
……いける。
カイは巨人のマナを見て、不敵に笑う。
あれは不安、そして焦り。
あの巨人はカイ達の心が読めないのだ。
「ダロス、俺は今から大技を使う」
すみません。ハッタリです。
「この大技を放つには儀式の時間が必要だ。お前ら、その間の囮になれ」
「はぁ?」「囮?」「勇者の私達が、囮?」「……」
すみません。本当は俺らが囮です。
「討伐できないんならそのくらいは役に立て。ひよっ子共め」
「「「ぐっ……」」」
すみません。百戦錬磨のあなた方に薬草専門の青銅級冒険者がナマ言っちゃってすみません。
ダロスら勇者三人がカイを睨み押し黙る。
しかし、残りの一人はカイの言葉に賛同した。
「みなさん、カイさんを守りましょう!」
回復を担当する勇者だ。
「カイさんがこれから繰り出す技は山をも砕く大技です。どの道このままではじり貧なのです。カイさんに賭けてみましょう!」
おお、盛ってる盛ってる。
ありがとう。俺のハッタリに乗ってくれてありがとう。
さすが回復魔法使い。カイの心が筒抜けだ。
カイは巨人を睨みながら回復勇者に心で頭を下げ、鍋を剣に変えた。
「行くぞ!」
「えう!」「ぬぐぅ!」「ふんぬっ!」
カイが奇妙に手足をくねらせ、ミリーナ達がカイを中心に踊り回る。
場違いに超絶奇妙。しかし巨人は後ずさる。
『何を、している……!』
カイの実力を知っているから、意識をこちらに向けざるを得ない。
意識とは力。
集中させる事で目的を効率良く行い、分散させる事で雑多な事柄に浅く対応する。
そして意識は有限。
カイ達に向けた分だけ勇者への注意が疎かになるのだ。
「な、なんだその踊り?」「みんな、カイさんを守りましょう!」
「チッ、わかったよ。行くぞ!」
回復勇者の言葉にダロスは舌打ちをして、巨人に向かい駆け出した。
勇者は人の枠を超えた超人。
その動きは王国兵の動きとは別格だ。
瞬く間に巨人の足下に踏み込んだダロスは隙だらけの巨人の足に剣を振るった。
『ヌゥグァアアアア!』
ギイィイイイイイ……
金属のような悲鳴を上げながら、巨人の皮膚が切り裂かれていく。
「入った……!」
先程までは俊敏に剣を避けていた巨人の動きが遅い。
「俺達だけで行けるぞ!」「はい!」「魔撃、行くわよ!」「ぬぅおおっ!」
ダロスが叫び、勇者達が自分の戦いを取り戻す。
勇者達は機敏に動き、剣を振るい、魔撃を打ち込み、攻撃を避け、巨人を穿つ。
『ナめるなあぁああ!』
「えうーっ!」「ぬぐぅーっ!」「ふんぬぅーっ!」
『ぐっ……』
えうぬぐふんぬえうぬぐふんぬえうぬぐふんぬ……
ミリーナ、ルー、メリッサの叫びに巨人がビクリと震え、カイの剣の切っ先の動きに身構える。
オーガ達を蹴散らしたカイの未知の大技が巨人を縛り、そんな巨人を勇者達が追い詰める。
「強化!」「はいっ!」
ダロスの叫びに回復勇者が杖を振り、ダロスの体が巨人に跳ぶ。
強化されたダロスは放たれた矢。突き出した剣を巨人の胸にねじ込んで、身体ごと巨人を貫いた。
巨人の胸に大きな穴があく。
『グゥウウアアアアア……ァァアァァ……ァ……』
巨人の姿が、マナとなって崩れていく。
ダロスら勇者が巨人を、階層主を討伐したのだ。
「お前の出番を奪ってやったぞ! どうだ!」
「いやぁ、まいったな」
「いい所を取られたえう」「残念無念」「見習いでもさすが勇者ですわ」
カイは鍋を腰に戻し、ダロスの言葉にバツが悪そうに頭をかく。
妻達もカイのアホハッタリにノリノリだ。
「当然だ。俺たちは王国に選ばれた勇者なんだからな」
そんなカイ達と対象的にダロスら勇者三人は得意満面。
今回の討伐の立役者、事情を知る回復勇者はその後ろで恥ずかしげに頭を下げる。
すみません。アホハッタリの片棒を担がせちゃってすみません。
カイは回復勇者にもう一度、心の中で頭を下げた。
「ところで、一体どんな大技だったんだよ?」
「それは秘密だ」
すみません。ただ踊ってただけです。
「秘密えう」「シークレットむふん」「主がどこで聞いているか分かりませんので解説はご容赦願いますわホホホ」
ここで言ってしまえば主に筒抜け。
転んでもただでは起きない男カイ・ウェルス。
対策されて役に立たなかったぶん、アホな事でしっかり取り戻すのであった。
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