15-13 勇者見習いはカイより格上冒険者
ダンジョンの一階層には、最低でも三つの拠点が必要になる。
上階層への戻り口を守る拠点。
下階層への入り口を守る拠点。
中間で補給線を守る拠点。
この三つだ。
階層に到達した討伐部隊はまず戻り口を守る第一拠点を構築し、その後ダンジョンの中を探索して第二拠点を構築し、次の階層に続くルートを探す。
見つからなければ構築した第二拠点を放棄して第一拠点に戻り、別のルートを探索して再び第二拠点を構築し、次の階層に続くルートを探す。
この繰り返しだ。
どこから敵が現れるかわからない異界のダンジョンでは補給線が命綱。
補給線を確保するために兵が頻繁に行き来して怪物を掃討し、大量の人員と物資が移動する。
顕現したばかりの異界の階層はおよそ一週間に一階層増える。
故に階層の攻略は一週間以内に行わなければ主にたどり着く事は難しい。
だから異界討伐は物量で一気に攻める国家事業なのだ。
民間の冒険者の力を頼る事もあるが、討伐は期待しない。
儲けを求めて集まった彼らは軍のような物量や統率力を持つ事はまれだ。
彼らにとって異界のダンジョンとはマナに願い戦利品の魔道具を得るための場であり生活の手段。
そんな者達に国土や国富を期待するのは間違いというものだろう。
物量を投入して道を作り、ここぞという場面で勇者を投入する。
異界討伐は、地道なものなのだ。
「あんた、異界の主をやった事があるんだってな」
「まあな。ええと……」
「勇者見習いのダロス・ウィッシュだ」
第一階層、第三拠点。
第二階層への道を塞ぐ階層主の間を前に、カイは勇者見習いの問いに答えた。
この討伐は訓練を兼ねている。
だから勇者もエルフ勇者やシスティ達だけではない。
上級冒険者からスカウトされた勇者見習いも参加している。
カイの前に立つダロスもそのひとり。
元々は最上級の聖銀級冒険者なのだから青銅級のカイよりはるかに格上だ。
そんなダロスは暇らしい。座るカイを見下ろし聞いてきた。
「ここの主が次にどんな事をするか、わかるか?」
「すまない。わからない」「はぁ?」
「俺は一度しか異界の主をした事はないし、まとも戦ってもいないからな」
カイは主の格ではない。
神々のはっちゃけで主になっただけだ。
しかしこんな答えではダロスも困るだろう。
カイは自分の考えだと前置きして、ダロスに自分の見解を語った。
「異界は主の世界だ。その主の性格や他者との関係が色濃く出る……と、思う」
カイのダンジョンはひたすら芋煮だった。
イグドラのダンジョンはでかいヘルシー鍋だった。
バルナゥのダンジョンは骨の竜が守っている。
カイの言う通り異界は主の作る世界。主の性格と取り巻く者達で大きく形を変えるのだ。
「自信なさそうだなぁ」
「異界と戦う縁は今はないんでな」『『ぶーさん仲良し!』』「うわっ……」
いきなり叫ぶ老オークとアーサーにダロスが後ずさり、剣を抜こうと柄を掴む。
仲良しでも異界の怪物。ダロスの対応は当然だ。
ダロスはしばらく柄を掴んで二人を睨んでいたが敵意がないと認識したらしい、剣の柄から手を離した。
「で、あんたはどんな戦い方をしてたんだ?」
「煮込んだ芋煮で爆発」
ああ、懐かしき芋煮達よ。
そしてうちの子達は元気かなぁ……
と、エルネに留守番の子らをカイは思う。
まあミリーナの母とマリーナとシャルがいるから大丈夫だろう。
ついでにぱーぱずのカイスリーも。
『そして我らが神に加えてアレク殿をはじめとした勇者達』『さらにバルナゥ様と幼竜様達、そしてエルフの皆様方』
あとミルト婆さんにエヴァンジェリン、ついでに王様。
あまりに重厚な陣容に、ダロスは呆れて呟いた。
「なんだそりゃ、至れり尽くせりじゃんか」「全くだ」
主になったタイミングが本当に良かった。
カイ達を祝う結婚式の会場だから主だった面々が集まり、皆が力を貸してくれた。
カイ一家だけだったらアーサーらオーク勇者に討伐されていただろう。
「まぁ、主はなろうと思ってなれるもんじゃない。ここの主も討伐経験はあるかもしれんが主はたぶん初めてだろう。気にしても仕方ないぞ?」
「そんなもんかな」「そんなもんだよ。俺よりも兵達に聞くんだな」
勇者が戦う情報を収集するのは兵達の仕事。
それを分析するのは役人の仕事、戦術を決定するのは指揮官の仕事。
そして主や強敵を討つのが勇者の仕事。
異界討伐は様々な者が己の役割をこなす分業なのだ。
が、しかし……ダロスはまだまだ若い。
剣の柄を叩いて呟くのだ。
「あぁ、戦いてぇ」
勇者として参加している彼は指揮官の命令に従い、ここまで戦ってはいない。
アレク曰く勇者はまず服従を求められ、従うまで戦場に立つ事は許されない。
いくら強くてもカイのように勝手に戦っては困るのだ。
ちなみにアレクはすんなりと勇者見習いを卒業したらしい。
ああ、お前忠犬だもんなぁ……
と、思ったカイである。
「俺、まだ勇者として戦場に立った事ないんだよ。冒険者の頃は何度も異界に潜って戦ったのに王国はお前はまだ甘いの一点張り。今回の討伐だってごねまくって同行を許可されたんだ」
「お前、いくつだ?」「十九」「その歳で勇者はすごいな」「アレク様はその歳で王国最強の勇者だったんだぞ? 俺は遅いくらいだ」「青銅級でウロウロしていた俺にはさっぱりわからん世界だ」「あぁ……手柄あげてぇなぁ」
ダロスの息から漏れる覇気、瞳に輝く野心。
カイが通り過ぎてしまった若さの輝きだ。
しかし、若さは眩しい程に危ういもの。
尖る程に脆く、突き抜けるより折れるもの。
途中で挫折したカイは良く知っている。
「ダロス。ここの階層主の討伐は俺たちの部隊になった」
「ほんとか!」
若いなぁ。本当に……
仲間の言葉に喜び勇むダロスを見てカイは立ち上がり、指揮官に告げた。
「俺も参加しよう。もう主には筒抜けだから、いいだろ?」
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