15-12 信じてまかせなさい
「第二拠点、確保完了しました!」
「第一拠点よりも迅速に確保出来たわね。そこは素直に賞賛しておくわ」
「ありがとうごさいます!」
異界ダンジョン、第一階層。
報告する指揮官に、システィがにこやかに頷いた。
王国の異界討伐は国家事業。
兵、役人、物資運搬者、そして勇者など。
それらを異界内部で指揮するのがシスティに報告している指揮官だ。
彼の命令で兵は動き、役人は計画を立て、物資運搬者が様々なものを運び、勇者は戦いに備える。
勇者級冒険者も彼の指揮下だ。
そして指揮官の彼も異界の外で指揮する総指揮官の命令に従い動く。
異界討伐に失敗すれば国土と国富が失われる。
扱いは内乱や戦争とまったく同じだ。
「でも、迅速に確保出来た理由がダメね。貴方はこの討伐の指揮官なのだから戦闘の指揮をしっかり行わなければならないわ。いくら強くて楽だからって勇者に好き勝手させたらダメ。勇者は主を討つ切り札。ここぞという時にだけ使いなさい」
「はっ!」
システィは彼らを指導する教官だ。
システィ達は参加したエルフ、人間全ての中で異界討伐数が最も多い。
名目上勇者として参加しているが立場は教官。
王国軍を指導する立場だ。
勇者も指揮官も総指揮官も兼任するシスティは、全ての都合を熟知している。
そして自分やアレクが勇者の中でも特別な装備や人員で編成され、特殊な運用をされていた事も知っている。
自分達の破天荒な活躍が巷の勇者観となっている事も知っている。
そんな憧れを壊すのもシスティの務めだ。
「あと、そこのさすカイ教信者! カイをアテにしすぎよ!」
「「「申し訳ありません!」」」
叱咤に休息中の兵が直立して謝罪する。
システィは細かい指摘をしばらく指揮官や隊長にした後、カイとアレクの元に戻ってきた。
「なんだよさすカイ教信者って……」
「さすカイさすカイってうるさいからよ。鍋を振ってさすカイ、魔法を撃ってさすカイ、尻を叩かれてさすカイ、走ってさすカイ歩いてさすカイ喋ってさすカイ……まるでエルフを見ているようだわ」
「えうっ!」「ぬぐぅ!」「ふんぬっ!」
「さすカイ!」「アレクもそろそろやめなさい。兵の為にならないから」
叫ぶアレクにシスティが注意し、カイを睨んで口を開く。
「というかカイ」「なんだ?」「あんたは手を出し過ぎ」「そうなのか?」
カイは異界討伐ビギナー。
経験はさすカイ教信者の兵よりも浅い。
ただひとり異界の主を経験しているが、討伐で戦うのははじめて。
だからカイの勇者観は、異界の怪物を片っ端からなぎ倒して進んで行くという巷の勇者観に近い。
しかし実際の異界討伐はそんな甘いものではない。
勇者は切り札。
手の内を見せれば対策される。可能な限り秘匿するのが望ましい。
システィやアレクの破天荒な活躍は、ソフィアの作り出す世界樹の葉と世界樹の枝を使った聖なる武器の破格の力によるものだ。
イグドラが天に還った今、世界樹の葉も同等の力を持つ武器も存在しない。
対策されても突き破るような戦いは、システィやアレクにももうできないのだ。
「異界の主は今も私達を見ているのよ。あんたの活躍もばっちり観察しているに決まってるわ」
「あぁ、そういえば主やってた時はそんな事もできたな。対策防止か」
「理解が早くて助かるわ」
ふたりの会話を盗み聞きしていた兵が騒ぎ出す。
「主?」「まさかダンジョン主?」「そんな事まで……さすカイ!」「さすカイ!」
「やかましい!」
システィは信者を怒鳴って黙らせ、彼らを指差しカイに言う。
「あんた彼らを吹けば弾けるもやしっ子にしたいの?」
「それは……ないな」
「でしょ。できる人が何でもやってたらできる事もできなくなるのよ。私達が手助けできる間に独り立ちさせてあげなきゃ、私達も彼らも国民も困るのよ」
「……そうだな」
システィもアレクも、そしてカイもいつかは老いる。
変わらないのはバルナゥら竜とソフィアのような竜の祝福を受けた者、世界樹シャルや祝福ズくらいだ。
いずれ誰かが代わりに異界を討伐しなければならない。
その技術と力を受け継ぐ必要があるのだ。
「そして勇者だって力を使えば消耗する。ヘロヘロの状態で勝てるような主はおたまで戦うあんたくらいよ」
「俺の武器は芋煮だったんだから仕方ないだろ」
『『芋煮最高!』』
「それなのに芋煮に護衛させてなかったあんたは、本当にマヌケな主よね」
「ぐっ……」
確かにカイのようなマヌケな主はなかなかいない。
ダンジョンの主は顕現した世界の力を奪い続ける為に様々な策を講じるものだ。
主は貪欲。
神のはっちゃけで主にされちゃったから収支がトントンになるまで防衛して、トントンになったらとんずらしようなんて主はカイくらい。
そして顕現した異界に土下座で残留を求められるのもカイくらいだろう。
主と勇者は、命をかけて戦うものなのだ。
「大体、あんたらも連戦で疲れてるでしょ?」
「いや、俺達にはコップ水があるから」
コップ水強い超強い。
「それ王国にちょうだい」
「嫌だよ」
「バルナゥがカイにあげたものえう」「む。バルナゥは建国竜アーテルベ」「お父様が拒否なさるのでは?」
「ぐぬぬ……」
国王グラハムは建国竜アーテルベであるバルナゥから、お前の名などどうでも良いといわれた事が心の傷となっている。
絶対に受け取らないだろう。
「敵襲ーっ!」
そんな中、見張りの兵の叫びが響く。
「カイ、あんたは戦わない」
「ぐっ……」
戦いの音が響く中、立ち上がり駆け出そうとしたカイをシスティが止めた。
「信じてまかせなさい。でも、どうしようもないと思ったら手を貸してあげなさい。そしてここぞという時に全力で戦いなさい。それが勇者の役目」
「……そうだな」
カイは鍋から手を離した。
何でもかんでもやってしまっては誰の為にもならない。
まかせること、信じる事も勇者の戦いなのだ。
『カイさん、敵襲です』『頑張りましょう』
「いや、兵達にまかせるよ」
剣のきらめきと金属音、咆哮と怒号と悲鳴が響く先を睨みカイは言う。
そんなカイに祝福ズは容赦無い。
『『つまり尻叩き?』』「俺だけの為に討伐してる訳じゃない」
『『つまり他の兵を尻叩き?』』「やめれ」
『『ではシスティを』』「……やめれ」
「あんた、今『ちょっといいかも』って思ったわね?」「バレた!」
周囲を敵に囲まれて、何とものんびりとした勇者達。
しかしこれが本来の勇者のあるべき姿なのだ。
勇者の戦う場は、ここではないのだから。
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