15-9 カイ、異界討伐に参加する
ビルヒルト領。
かつてはビルヒルト伯爵家が代々治めていた土地であり、エルフを利用し異界が顕現する程に搾取した上に異界からも搾取していた土地である。
しかし異界から逃げたエルフと異界の怪物に領都を蹂躙された事で王国に露見。
先代領主は罪を問われて死罪となり、エルフと竜との関係でカイ達が持ち上げまくった勇者アレク・フォーレがビルヒルト領主となった。
しかし領主がかわっても、異界に蹂躙された混乱は十五年程度では終わらない。
森に沈んでいた頃のオルトランデルよりはマシ。
廃墟の宿場町。
これがビルヒルト領の中心、領都ビルヒルトの評判だ。
百余年前に奪われた繁栄を奪い返したランデルとは対照的に凋落著しい領地。
それが人間にとってのビルヒルト領だ。
大部分の土地はエルフが占有する領地。
そして異界が頻繁に顕現する領地。
そんな場所に人や物が集まるわけがない。
人間も投資もビルヒルト領を素通りしてランデル領に向かう。
今も凋落し続ける土地。
それがビルヒルト領。
「異界か……」
「えう」「む」「はい」
そんなビルヒルト領で……
カイとミリーナ、ルー、メリッサは異界を前に立っていた。
『異界です』『痛いです』『似てますね』『はい』
『『あはははは……』』
「やかましい!」
カイ達の背後には尻をさする祝福ズが立っている。
有言実行。
バルナゥとソフィアにさんざん説教されたカイは、よそ様にまで迷惑かけるなと祝福ズの尻を叩きに叩きまくったのだ。
『さすが突き抜けたカイさん。おかげで痔になりそうです』『これはカイさんに責任を取ってもらわなければ』
「お前らは、ざばぁで解決だろ」
まったく、困った育ち方をしてくれたもんだ。
カイはため息をつき、異界に視線を戻した。
異界は黒く、禍々しく、空間にぱっくり口を開けている。
世界の薄い部分を異世界に貫かれた穴。
それが異界だ。
貫かれている間は、世界のマナが吸われ続ける事になる。
一刻も早く潰さねば土地は枯れ、怪物あふれる魔境へと変貌してしまうのだ。
「イグドラ、ミスったな」
『無数の神が虎視眈々と機会を狙っておるのじゃ。全てを防ぐ事などできはせぬ』
『うちのバカ神がしくじったせいで申し訳ありませぬ』『全くです』
『がぁん!』
カイの言葉にイグドラが答え、老オークとアーサーが深く頭を下げ、祝福エリザがショックに叫ぶ。
いつもはベルティアと協力関係にあるエリザの世界が穴を埋めているのだが、時にはこういう事もある。
そんな時は勇者の出番だ。
「いやぁ、もう異界顕現はビルヒルト名物だね」「こんな名物いらねえよ」「全くです」「ま、ちゃっちゃと片付けちゃいましょ」
カイの右に立つのは国宝級の武器と防具で身を固めたアレク、マオ、ソフィア、そしてシスティ。
「「「そしてあったかご飯の人の芋煮を!」」」
おぉおおおおめしめしめしめし……
さらにアレクらの後ろにはエルフ勇者の面々だ。
「いや、俺は今回芋煮は作らんぞ? アレクのお供だからな」
「「「ええーっ!」」」
あぁああああしめしめしめしめ……
相変わらずの歓喜と落胆にカイは苦笑し、今度は左に立つ者を見た。
「それにしても、アルハンがここにいるとは思わなかった」
「カイ様のそのお言葉、私がカイ様に言いたいくらいでございますよ」
「祝福の育て方を間違えたらしくてな……」
「本当に、くっそ使えない祝福ですなぁ」
『『がぁん!』』
カイの左に立つのはオルトランデルの商人、アルハン・ベルランジュ。
その後ろにはグリンローエン王国軍。
さらに後ろには商人達の馬車と物資の山。
異界の討伐がエルフ頼りではいずれ困ると、王国が討伐軍を派兵したのだ。
今回の討伐の主戦力は王国軍。
エルフ勇者はサポートに回る。
この異界討伐は王国軍の実戦訓練を兼ねているのだ。
「この度の討伐は王国軍が主力でございます。私どもトニーダーク商会は補給担当。ダリオ殿もオルトランデルにて輸送指揮をしておりますよ」
「大がかりだなぁ」
「人間はエルフとは違います。膨大な物資を投入せねば異界を討伐できないのですよ」
「エルフの食料は大半が現地調達だもんな」
エルフの異界討伐は人間よりもはるかに小規模。
人間を上回る実力が小規模での異界討伐を可能とし、神の祝福が補給線の短縮を可能とする。
しかしそんなエルフでも、多くの戦士を投入しなければ異界討伐は不可能だ。
異界とはそれだけ危険に満ちた場所。
人間もエルフも勇者という必殺の刃を異界の主に送り届ける為に、多くの者が戦うのだ。
「冒険者を始めた頃は勇者は単身乗り込んで異界を討伐する英雄だと思っていたもんだが、現実は厳しいな」
「私達はバケモノじゃないもの」「ランデルのエルフにこてんぱんだったもんな」「そうですね。私は竜の一族になってしまいましたが」
「あの時は勘違いして悪かったえう」「む。謝罪半端無い」「あれは不幸な出会いでしたわ。おかげで今があるのですが不幸な出会いでしたわぷるっぷるー」
カイの呟きにシスティ、マオ、ソフィアが答え、妻達が謝罪する。
勇者でも疲れるし、眠るし、飢えるし、マナも切れる。
その隙を突かれればひとたまりもない。
異界とは世界を貫いた異界の主の願いが形となった世界。
大勢の護衛が周囲を守らねば休息すらままならないのだ。
「そして、そんな討伐に自分が参加する事になるとは思ってもみなかった」
「さすカイ!」
カイはまた呟き、腰の鍋をポンと叩く。
バルナゥとの特訓で溶けてしまった聖剣の事をエルトラネで話したら、ぜひこれをお使い下さいと渡されたものだ。
聖剣『心の芋煮鍋マークスリーカスタム』。
長い名だ。
もう芋煮鍋から離れろよと思うカイだが、そこは譲れないらしい。
さすがはエルフ。食への執着半端無い。
カイは今回、これを鍋ではなく武器として使う。
アレク達と共に主の元に送り届けられる勇者のひとりとして戦うのだ。
『おぉおついにカイ様が、神の父が戦われる時なのですな』『素晴らしい。実に素晴らしい』
「お前ら、期待がでか過ぎだ」『『えーっ!』』
『カイさんなら大丈夫』『修行の成果をばっちり示す時です。そして私の世界を何とかして下さい』
「お前らは、後で折檻な」『『がぁん!』』
カイは老オークとアーサーにツッコミを入れ、平手をブンブン振る祝福ズに平手をブンブン振り返す。
緊張も不安もある。
が、先日突き抜けたカイにはわかるのだ。
ここで戦う者達は、自分に及ばないという事に。
そんな者達が、これまで命をかけて世界を守ってきた事に。
「まぁ、できる事はやらないとな」
ガラじゃないな……と、カイは笑う。
今回の異界討伐はカイにとって、突き抜けた自らの力を見極める試金石。
何ができて、何ができないのか。
それを知るために、ここに立っているのだ。
「さすカイ!」
「ま、今のカイなら大丈夫だろ」
「アレクの剣を避けて魔法も使えるんだから、そこらの勇者より強いわよ」
「うちのバルナゥもなかなかだと誉めていました」
アレク、マオ、システィ、ソフィアら顔なじみの勇者もいる。
そして当然ミリーナ、ルー、メリッサも一緒だ。
「妻はどこまでも付いていくえうよ」「む。水魔法ならおまかせ」「回復と強化は私と師匠で全力サポートです。蘇生もおまかせくださいませ」
「お前ら……俺の尻のためにすまん。これが終わったら尻の花を摘もうぜ」
「えうっ」「ぬぐぅ」「ふんぬっ」
カイが妻達と約束している間に号令が放たれ、王国軍が異界への突入を開始する。
突き抜けたカイの初めての異界討伐が今、始まった。
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