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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
15.カイ・ウェルスと尻を叩く祝福
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15-8 カイ、自らの格を自覚する

 体長二十メートル超。

 大空を駆ける大きな翼、陽光に輝く銀の鱗。

 マナに輝く瞳、そして口からあふれるマナの吐息。

 世界最強の存在、大竜バルナゥ。


『飼い主責任!』「いきなりそれかい!」


 そんなバルナゥのいきなりの言葉に、鍋を構えたカイは全力ツッコミだ。

 バルナゥは首をぐるんぐるん回しながら、カイに向かいわめいた。


『ええい! 汝のために尻を叩かれまくる我の身にもなれ! お前と違ってこやつら我には容赦無いのだ! おかげで痔になったのだぞ! 飼い主責任くらい果たせアイタタタ……尻が、怒鳴ったら尻が!』

「お前でも避けられないのかよ!」

『神の祝福だぞ! 避けられる訳がなかろう!』

「そ、それは……すまん」


 眼前でのたうち回るバルナゥにホロリ涙のカイである。

 ぶっちぎり世界最強が、痔。


 ソフィアさんの嘆きが目に見えるようだ……


 と、カイが見れば木陰でバルナゥの尻を回復しているソフィアがいる。

 回復魔法でマナの輝く瞳が怖い。超怖い。


「……カイさん、後でお話があります」

「すみません! うちの祝福が本当にすみません!」


 まずはソフィアに土下座。

 カイはしばらく土下座した後、立ち上がって祝福ズを睨んだ。


「お前ら、近所迷惑だから俺以外の奴の尻を叩くのはやめてやれ」


 さすがに尻を叩いて痔はあんまりだ。

 しかし祝福ズは睨むカイに首を横に振った。


『陰湿者とか言われた恨みではありませんよ?』『これは試練なのです』

「いや、バルナゥは話せばわかってくれるだろ。これじゃ駄犬どころか狂犬だ」

『アレクさんでは突き抜けませんでしたので』『そしてバルナゥさんは対話では了承してくれませんでしたので』『『文句を覚悟で尻叩きを断行しました』』

「突き抜ける?」

『『ばちーん。ばちーんっ』』

『おおーふっ……』


 カイが首を傾げ、祝福ズがブンブンと平手を振り、バルナゥが震える。

 祝福ズが再び口を開いた。


『そう、カイさんにとっての世界の認識を変える気付きです』

『アレクさんもあの時気付き、突き抜けたのです』

「……それとバルナゥと何の関係が?」

『必要なのは全力ではなく必死。自らが全力と思う以上に力を発揮しなければ突き抜けた世界にたどり着けません。だからバルナゥなのです』

『これは言葉で説明しても理解できません。突き抜け初めてわかるもの』

「うーん……よくわからん」


 何とも雲をつかむような話にカイがまだ首を傾げていると、目をマナに輝かせてソフィアが笑う。


「カイさん。うちのバルナゥのお尻のために突き抜けてください」

「ソ、ソフィアさん……?」


 いつも温厚なソフィアが冷たい。超冷たい。

 バルナゥの瞳がマナにギラリと輝いた。


『ゆくぞカイよ!』

「のぉうあああっ!」


 クワッ!

 バルナゥが口を開き、カイに向かってマナブレスを吹いてくる。

 カイは死の奔流を地を転がって避け、余波を鍋で受け流す。

 マナブレスの強烈なパワーに鍋が赤熱し、形状が歪んでいく。


 こんなの食らったら死ぬ!

 かすっても死ぬ!


 カイはなんとかマナブレスの範囲から逃れ、鍋を冷ましながら心で叫ぶ。

 祝福ズが頷いた。


『さすがカイさん』『死を体験した事がないからこその必死さ素晴らしい。蘇生慣れした人ではこうはいきません』『『さあ、レッツ必死』』

「やかましい!」


 後でお前ら、折檻だ。


「そして本当に殺す気かバルナゥ!」

『汝を殺す気でやらんと我の尻が危ないのだ!』

『『その通り』』

「大丈夫です。灰や蒸気になっても私がばっちり蘇生しますから」

「そういう問題ではないですソフィアさん!」

『我の尻のために、死ね!』

「いやだあああっ!」


 ブォオオオッ! 

 再び吹かれたマナブレスをカイが鍋で受ける。

 今度は直撃だ。


 やべえ、聖剣が溶ける……!


 さすがのミスリルもエルトラネの魔法技術もバルナゥのマナブレスの前には飴細工だ。瞬く間に赤熱し、歪み、融解した穴からブレスがカイを襲う。


「ぬぅあああっ!」


 視界を真っ白に染める閃光にカイは叫び、聖剣を手放しがむしゃらに避ける。


 ……生きてる。


 聖剣がブレスで溶けても、カイはまだ生きていた。

 自分でもどう動いたかわからないが、まだ生きている。


『そうです』『がむしゃらに行ったそれを自覚し、意思で操るのです』

「そんな余裕ねえよ!」


 聖剣『心の芋煮鍋カスタム』はマナブレスで溶け、もはやただのミスリルだ。

 次にマナブレスを放たれたら今度こそ終わり。

 マナに輝く大竜の瞳を絶望の表情で見上げるカイに、バルナゥが叫ぶ。


『突き抜けるのだカイ。そして望む未来を掴み取れ!』


 バルナゥの口が輝き、閃光がカイを襲う。


 盾となるものはすでにない。

 バルナゥのブレスに耐えられるはずもない。


 もうダメだ……


 と、カイが死を意識した瞬間。




 カイの中の世界が、分割した。




 あるカイは右に移動する。

 別のカイは左に、また別のカイは上へと跳躍する。

 別のカイは土下座、別のカイは水魔法で防壁を張り、また別のカイは風魔法でバルナゥに反撃を試みる。


 なんだ、これは……?


 いくつもの動きがカイの中で現れ、消え、重なり、ひとつの道となっていく。


「うああああっ! ……え? ええっ?」


 カイは風魔法でブレスをわずかに弾き、水魔法でブレスをわずかに防ぎ、強化魔法でブレスの影響をわずかに軽減しながら回復魔法で焼かれていく肌を回復し、なおかつブレスの射線から右に跳び、水魔法と風魔法を噴射して移動速度を上げ、鍋であったミスリルをブレスと体の間に挟んでブレスを遮り、バルナゥのマナブレスから逃げ切る事に成功した。


 それらを高速に行ったのではない。

 平行して行ったのだ。


「なんだ? 今のは?」

『『それが格が上がるという事です』』


 呆然としたカイに、祝福ズが頷く。


『自らの意識が広がり、複数の物事を同時に思考、実行できるようになる』

『やがてはカイズやシャルのように分割し、それぞれが別行動を行う事が出来るようになる。集中させれば強者に、分散させれば集団となる個にして全なる存在』

『『そしてやがては神に通じる』』


 そういえば誰かが言ってたな。

 神は何億兆にも分割して様々な事を行うと。


 カイが実行したのはその始まりの一歩。

 思考と行動の複数同時実行。限界を超えた「ながら作業」だ。


『カイよ、ついに突き抜けたか!』

「のぉうあっ!」


 バルナゥがマナブレスを吹き、カイが絶叫しながらそれを避ける。

 ブレスはカイを捉えるが、カイは何とか逃げのびる。

 髪が焼け、肌が焼け、服が焼けてもカイは持てる力の全てを多重行使し、絶大なブレスの影響から逃れ続けた。


「なるほど。これが『突き抜ける』という事か」


 カイが呟く。


 アレクが死と紙一重の道を平然と進める理由のひとつが、おそらくこれだ。

 避けられる道がわかっていれば、焦る訳がない。


 突き抜けたばかりのカイがこれなら、アレクにはもっと多くの世界が見えているはずだ。無数の死線から活路を見出し、それを確実に掴む事ができるからアレクは王国最強の勇者なのだ。


『そういう事だ。しかし、カイよ……』


 バルナゥは頷き、そしてマナブレスを吐き出した。

 これまでよりも力強い、そして範囲の広いマナブレスだ。

 カイの見る全ての世界がマナブレスにかき消され、やがて何も見えなくなる。

 全ての可能性が潰されたのだ。


「……っ!」


 絶望に硬直するカイの頬を、マナブレスが優しく撫でる。

 竜の吐くマナブレスは対象に様々な事象を引き起こす竜の切り札。

 だから、何も起こさない事も可能だ。


『活路を見出せぬ時は、その絶望も計り知れぬと心得よ』

「……肝に銘じるよ。バルナゥ」


 地に崩れ落ちながら、カイはやっとの事でバルナゥに言葉を返した。

一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。

書店でお求め頂けますと幸いです。


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よろしくお願いします。
世界樹エルフ
― 新着の感想 ―
[良い点] すごい久しぶりに、バルナゥが世界最強の生命体やってるとこ見た気がする。
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