15-4 カイよ、犬のしつけと同じだ
「カイよ、尻に何かあったのか?」
「うっ……」
ランデル領館。
納税に来たカイは、いつものようにルーキッドと面会していた。
もうこいつ、目が離せん。
ルーキッドにとってこんな存在となってしまったカイに課された義務である。
カイは被害者と理解していても害となるなら制限し、場合によっては排除する。
それが為政者たるルーキッドの義務。
発展著しいランデル領にぺっかー輝いたり隕石を落とされてはたまらない。
故にルーキッドのカイを見る瞳は鋭く、無意識に尻をかばったカイの動きも見逃さなかった。
カイはため息をつき、ルーキッドに事の次第を話す。
「実は、最近祝福が厳しくて……」
「祝福? ああ、あの神のアホはっちゃけか」
『『がぁん!』』
ルーキッドもカイの不幸に慣れたもの。
祝福ズが出てきても表現は容赦無い。
「食べ物と食べ物そっくりの魔道具を見分けられないと尻を叩かれるんですよ」「……テーブルマナーとかの類いではないのだな」
「エルフ的には食べ物を大事にするのが基本中の基本なので」
「それは人間も同じだ」
「そうですね」
人間もエルフも食べ物が大事なのは同じ事。
そして税から自分と役人、兵の食い扶持を捻出しているルーキッドにとってはカイ以上に大事な事。
大事にしなければ領が荒れるのである。
「しかし大変だな。そんな調子では尻が保たんだろう」
「いやぁ、妻のメリッサに回復魔法をかけてもらうまで椅子で悶絶してますよ」
「……回復魔法の方が貴重なのではないか?」
「エルフは普通に使いますから」
このあたり、日常で回復魔法を使いまくるエルフ社会と聖樹教が回復魔法使いを独占していた人間社会の差だ。
マナに恵まれたエルフならではの魔法垂れ流し。
まったく贅沢な社会である。
とはいえ、カイも自らの尻が可愛い。
はじめはルーのペネレイしか食べられなかったカイも、努力を重ねて最近は芋やニンジンや肉をマナで見分ける事が出来るようになってきた。
「まあ、今は芋も肉も野菜もそれなりに当てられますから悶絶する程ではありません」
「そうなのか?」
『正解率八割』『まだまだですね』
「そのくらいでいいじゃんか」
『『カイさんともあろうお方がなんと情けない!』』
「いや、平手を振るな。振り上げるな!」
ぶぉん、ぶぉん……祝福ズの平手が空を切る。
祝福は完璧主義らしく、手をスィングしながらカイの言葉をばっさりだ。
そんな攻防にルーキッドは苦笑し、ランデル領への出入りを裁定した。
「まあ、お前しか被害を受けないなら出入りを制限する必要もないだろう。痔にならないように気をつけろよ?」
「ルーキッド様、俺の尻にぞんざいですね」
「当たり前だ。男の尻を気にする趣味はない。妻に何とかしてもらえ。退出していいぞ」
ルーキッドは用は終わりだとばかりに未処理の書類を読みはじめる。
カイはルーキッドに頭を下げて踵を返した。
「失礼します……まったく、なんでこんな風になったんだか……」
「カイよ、待て」
カイの呟きが聞こえたのだろう、退室するカイをルーキッドが呼び止めた。
ルーキッドが椅子から立ち上がり、カイの方へと歩み寄る。
「カイよ、物事には全て理由があるものだ」
「はい」
「当然、祝福や神もそれをする理由があるからしているのだ。お前の祝福は神がお前に与えた祝福。理由はお前か神かのどちらかだ」
「はぁ……」
「何か思い当たる節はないか?」
ルーキッドに問われてカイは考え、思い当たる節を見出した。
「エリザに宿題の答えを囁けと言った事かなぁ……」
「それだな」
エリザの成長を犠牲に世界を救ったカイの決断。
ルーキッドはカイの言葉に頷いた。
「えーっ……ですが、あの時はああしなければ世界が大変でしたよ」
「いや、お前は間違っていない。しかし祝福はお前が示し自ら選んだ祝福の道をお前自身が否定したと思っているのだ。宿題がどんなものかは知らぬが、神が考えるべき時にすべての答えを教えてしまったのだからな」
『さすがルーキッドさん』『伊達に人とエルフとでかい犬に揉まれてはおりません』 『『貴方の願いを叶えます』』
「いらん。私も尻が惜しい」
どうやら当たりらしい。
ルーキッドはまとわりつく祝福ズを適当にあしらい、カイに言った。
「一貫性のない教えは教わる者を混乱させる。犬のしつけと同じだ」
『『がぁん!』』
神の祝福、犬扱い。
そんざいな扱いに、ショックに叫ぶ祝福ズだ。
「カイよ。祝福達が納得しない限りお前への尻叩きは続くだろう。痔になりたくなければそれを教えてやらねばな」
「いえ、ちゃんと理由は言いましたが……」
「言葉で納得できるのは経験豊かな者だけだ。駆け出しの者は経験で理解するもの。お前が狼の群れと戦い自らの器を知ったように、祝福にも理解する場が必要。その場を用意するのが飼い主の責任だ」
『『がぁん!』』
神の祝福、飼い犬扱い。
「えーっ、俺が飼い主なんですか?」
「当たり前だ。他に誰がいるのだ?」
飼い主にされてしまって不満タラタラなカイだがルーキッドはにべもない。
ののっし、ののっし……
そんな中、大竜が領館の扉を潜ってくる。
領館の家主、バルナゥだ。
ルーキッドはその巨躯を一瞥し、カイに言い放つ。
「私だってでかい犬の飼い主責任を果たしているのだぞ? お前もやれ」
「えーっ……」
『え? でかい犬? 我でかい犬? おおーふルーキッド冷たいーっ』
ごろーんっ、ごろーんっ。
金貨を敷き詰めた寝床で駄々をこねるバルナゥだ。
「ええい地が揺れる。やめんか!」
『おおーふっ!』
「そしてカイよ、飼い犬を賢くするも馬鹿にするも飼い主しだい。その事を肝に銘じておくがいい」
飼い主って、大変だなぁ……
バルナゥのごろーんで揺れに揺れる領館でバランスを取りながら、カイはつくづく思うのであった。
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