14-21 エルフ、魂の座
「……えー、これより第六十三回食料技術研究発表会ならびにエルフ農業学会設立記念式典を執り行う」
おぉおおおおおめしめしめしめし……
廃都市アトランチスの会場で、ベルガが半ば呆れた表情で開会を宣言した。
エルフ農業研究発表会はもはや毎週の恒例行事。
エルフの食への執着は新たな発見と発明を次々ともたらし、里の長老達は新たな成果を導入する意欲マンマンだ。
「もう俺は付き合いきれん。これからはお前達が中心となってやれ」
「お任せくださいベルガ殿」「これからも美味しいご飯に邁進いたします」「ベルガ殿、成果をお腹を空かせてお待ちください」
これまで司会をしていたベルガも今回でその座を学会に譲る。
エルフの長たるベルガは食の事だけに関わってもいられない。
そろそろお前らだけでやりやがれと、システィから意見を聞いてエルフ農業学会を設立させたのだ。
「食の研究集団か」「俺らの食への執念も、ついにここまで来た」「祝福戻ったけど技術は大事」「戻った祝福はちょっと弱くなったし」「いずれは世界樹の祝福になるし、アテにし過ぎちゃダメだよな」「これからは技術と祝福との融合だ」「すごい!」
エルフ農業学会の本部は廃都市アトランチス。
草木も生えない邪魔な建物のある土地としてエルフから忌避されてきたアトランチスだが、研究者にとっては交通の便も良い好物件。
誰も住んでいない建物は研究施設と宿舎に、そして周囲の荒れ地は農実験場として耕され、日々新たな発見に彼らは喜び震えるのだ。
最近のホットなテーマは備蓄技術。
食料危機は技術と執着で乗り越えたが、今後もこのような事は起こるだろう。
しこたま作った作物をどのようにして長く、楽に、そして美味しく保存するか。
食への執着半端無いエルフの挑戦が、食の様々な分野で始まっているのだ。
「相変わらずだな。こいつら」
「えう」「む」「はい」
発表に沸き立つ会場を後ろで眺めるカイ一家も苦笑いだ。
エルフの誰かが言った通り、祝福は少し弱くなった。
ベルティアがイクドラの仕事を増やしたからだ。
今後イグドラは様々な仕事を与えられ、それをこなしていく事になる。
イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラは神。
エルフやカイの事だけに関わっていては今後が不安。
イグドラはベルティアの指導のもと、ベルティアのように世界を担う主神への成長を始めたのだ。
「それにしても、ずいぶん夜空も変わったわよね」「さすカイ!」
「というか夜が明る過ぎて他の星が見えません。夜道は安全になりましたが船乗りは大変でございます」「運賃も跳ね上がりましたね」
『あの程度で済んだのはむしろ僥倖』
「……いや、俺に言われてもな」
「だってカイ、あんた苦情係でしょ?」「さすカイ!」
「システィ様の言う通りでございます。神に文句を言えるのはカイ様だけなのですから」「そうですよ」
『おおーふ。違いない』
「俺だって文句を言えるだけだぞ」
「えう」「ぬぐ」「ふんぬっ」
カイ一家に並んで発表会を眺めるのはシスティ、アレク、アルハン、ダリオ、そしてバルナゥ。
今、カイはシスティに頼まれたエルフ農業研究者に天文と測量を叩き込まれ、星図と地図と海図を作成している最中だ。
星は船乗りの道しるべ。
それが超新星ぺっかーの夜空に変わってしまったのだから船乗り達は大変だ。
これでは船を出せないと文句タラタラなのだ。
と、いう訳でシスティが考えたのが新たな星図、海図、地図の作成だ。
カイに仕込んで全世界のカイズが分担作業。海はバルナゥに飛んでもらってカイズが計測、ついでに水深も測量し海図も作成する。
星の動きで季節を読み、測量により地形に応じた農法を行うエルフの天体知識や測量技術は今や人間の上をいく。
おかげで王国の地図と海図が正確になったとシスティもホクホクだ。
『我の家で世界地図でも星図でも願えば良いものを』
「それも考えたけど、カイに色々仕込んだ方が後々役立ちそうじゃない」
『なるほど』「さすがシスティ様」「ですね」「さすカイ!」
「このやろう!」
イグドラが言うには世界は調整中じゃから、しばらく我慢せいとの事。
そのうち静かでまともな夜空になる事だろう……
何年掛かるかは知らないが。
まあ、そんな事はカイにはどうにもできない事。
神にぶん投げるしかない。
「……ダメだ。俺にはこいつらの言ってる事がさっぱりわからん」
「ミリーナもえう」「む。同感」「私もですわ……ぺまー」
そしてエルフの農業理論はもはやにカイ達にはちんぷんかんぷん。
これまたエルフにぶん投げるしかない。
まあ、うまくやってくれ。
カイ達は歓声あふれる会場を後にして、アトランチスの市街へくり出した。
廃都市アトランチスのエルフ人口は増加中。
研究者が住み着いたアトランチスには周囲の里から人と食べ物が流れ込み、市場が開かれ廃墟から都市へと変わりつつある。
今、エルフをこの地に導くのは希望。
祝福に頼らない自らの力で、より良い食と生活を得る技術と探究心への希望。
かつてのエルフの都アトランチスは、希望の象徴なのだ。
「しかし……すごいものですな」「本当です」
初めて見るアルハンとダリオは尖塔の先を見上げて感心しきりだ。
「私も初めて見た時は驚いたわよ」「開いた口が塞がらなかったね」
「こんな建物が八百万年以上も保つものなのですなぁ……」
「材質はミスリルだ。アルハン、削り取るなよ?」
「ミスリルですか。金や銀ならいくらでもツブシが利いたのに」「ミスリルは希少過ぎて、すぐに役人が来るんですよね」
「そこまでなのかよ」
すげえミスリル。
湯水のように使っているので価値観が麻痺しているカイである。
そんな会話をしながら大通りを歩けば広場では市が開かれて、多くの屋台が巡礼のエルフでごった返している。
「芋煮あるよー芋煮あるよー」『両替するよー両替するよー』
食の技術に多大な成果をもたらすアトランチスは今や人気の聖地のひとつ。
カイズも両替樹シャルもてんてこまいだ。
「カイ、どこかで何か食べるえう」「む。今のアトランチスは食が豊か」「初めてここに来た時は何もなかったですものね……竜の血肉はぷるるっぱぷぴーっ」
「そうだな」
市ですれ違うエルフ達の手には精巧に作られた果実、野菜、料理の木工品。
彼らは自分の品を同行する者に自慢しながら広場の階段を上っていく。
「カイ様、彼らのあれは何でしょうか?」
「ああ、供え物だ」
アルハンの問いにカイが答え、妻達が言葉を引き継ぐ。
「聖地巡礼えう」「む。食べ物木工品は最先端のお供え物」「そうですわ。今の食をもたらした先人のエルフに感謝の食を捧げているのでございます。本物だと傷んでしまいますが木工品ならいつまでも残りますから」
「なるほど。御先祖供養という訳ですな」
「そういえば……エルフのお墓は見た事がありませんね」
「そりゃそうだ」
アルハンが深く頷き、ダリオが首を傾げる。
そんな二人にカイは笑う。
「これまでは世界樹に食われていたからな。まあ、これからは人間と変わらない形になっていくだろう」
はるかな昔、エルフは言葉を刻んで墓にした。
呪われていた頃は遺された世界樹の葉を箱に納め、それをエルフの墓とした。
その葉も灰となった今は、食べ物を模した木工品が墓である。
カイにゆかりのある里では飴の詰まった帽子に、そして他の里では様々な食材を模した木工品に葉の灰を納めた箱が抱かれている。
祝福されたエルフは長命。
食で頭をかち割られる事のなくなったエルフは千歳を超えても超元気。
寿命も百年は延びる事だろう。
この先風習がどうなるかは分からないが、食べ物から離れる事はない。
エルフは食への執着半端無いのだから。
「御先祖様、たんとお召し上がりくだされ」
エルフの魂は子孫に感謝を捧げられ、今日も食べ物の墓に抱かれている。
これで14章終わりです。
お読み下さりありがとうございました。
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