14-17 お前は本当に頑張り屋だな
「イグドラ」「……カイか」
カイは以前ベルティアに招かれた時のように、ベルティア宅にいた。
祝福ズに願ったのだ。
植木鉢でしょげたイグドラはカイよりも小さく、頼りない。
土に広がるヨレヨレの髪はしなびた野菜の葉のようだ。
自分の手入れが出来ない程に頑張っていたのだろう……
結果は見るも無惨だが。
「星の死の輝きは、綺麗じゃったか?」
「……ああ」
わずかな迷いの後、カイはイグドラの問いに頷いた。
あれが星の死と知らなければ即答していただろう。
イグドラはカイの顔を見る事もなく、続ける。
「あれは世界を富ませる神の耕しのひとつ。様々な物質を大量に生産する手段なのじゃ……汝が住む星も、汝の体も、よく使うお金もあれが元なのじゃぞ?」
「そうなのか?」
「そうじゃ。爆発と共に世界にばらまかれたそれらは遙か彼方で巡り会い、新たな可能性を生む……汝らの星もそのひとつ。そうやって星々は生まれ、周囲の星々に影響を与えながら世界を耕し、そして死に際に可能性の種をまき散らすのじゃ」
「そうか」
「それを起こす条件には幅があり、その幅のどこで起こすかは神の裁量。都合の良い時、場所、周囲への悪影響が最も少なくなるようにあらゆる調整を行ってそれを起こし……余は、しくじった」
「……そうか」
「あれだけ膨大な物事を瞬時に判断し処理せねばならぬとは……やはりベルティアはすごいのじゃ。余が神に戻るまで世界を守り抜いただけの事はあるのじゃ」
植木鉢の中でイグドラはもぞりと動き、疲労に濁った目がカイを虚ろに見上げた。
「カイよ……余は、どうすれば良かったのじゃ?」
そんなの、決まっている。
カイは答えた。
「マキナとベルティアに頼めば良かったんだよ。行ったら困ると頭を下げ、駄々をこねてでも引き留めれば良かったんだ」
「……そんな幼子のような事は、できぬのぅ」
「それは違う。できる事とできない事を見極め、できない事は頭を下げて他者を頼るのが大人だ。それができない者こそが子供なんだよ」
カイは手を伸ばし、指でイグドラの頭を撫でた。
「イグドラ、お前は昔も今も一人で頑張り過ぎだ」
三億年前の異界の大侵攻は、イグドラ自ら異界を潰す必要などなかった。
ベルティアが言ったように、月でも太陽でもぶつけて潰す事だってできたのだ。
しかしイグドラはそうしなかった。
自らを世界に堕とし、異界を潰して世界を守った。
もし星が滅びても他の星に命を渡せるように、世界樹という枠に己を無理矢理ねじ込んで異界を蹴散らし世界を守り……命の定めに囚われた。
無理をして頑張った結果、どうにもならなくなったのだ。
「無理するからこうなる。もっとベルティアを頼ればいいんだ。もっとワガママでいいんだよ」
「……吹けば弾けるもやしっ子が、言いおるわ」
イグドラの姿が大きくなっていく。
祝福ズの願いの終わりだ。
カイとイグドラの間の圧倒的なスケールの差が、再び二人を分かつのだ。
「もう少しだけ頑張れ!」
もはや大きすぎて見えなくなったイグドラにカイが叫ぶ。
「俺が助っ人を調達してやる! だからそれまで世界を守り抜け!」
『わかったのじゃ! 余は頑張るのじゃ!』
カイは戻り、両手を湯をわかした鍋に突っ込み祝福ズを呼び出した。
こいつらがカイの切り札。
世界を守る祝福の女神達だ。
『『貴方の願いを叶えます』』
「ベルティア」『はい』
カイは願う。
「お前、エリザの耳元で宿題の答えを囁いてこい」
『『ええーっ!』』
「そしてイグドラを手助けする時には適切な処理を囁きエリザを導け」
『『えええーっ!』』
カイの言葉に祝福ズが素っ頓狂な声を上げる。
そりゃそうだ。
カイの言っていることは思いっきり他力本願。
これまでのカイの言い分をカイ自身が全否定しているのだから。
『尻を叩いて努力させるのではないのですか?』『私達は努力させる祝福』『明日やろうと怠ける者を今すぐやらせる祝福なのです』『カイさんの願いはズルです』『一夜漬けよりタチが悪いです』『カンニングです。不正です』
祝福ズがカイに詰め寄りまくし立てる。
まあ、祝福ズの言い分ももっともだ。
が、しかし……カイは問う。
「ベルティア、お前が尻を叩いてエリザができるようになるまで、何年かかると思う?」
『一億年くらいでしょうか?』『がぁん!』
「そんなに待てるか!」
そう。
そんなに待ってはいられない。
夜空を見上げたわずかな時間であれだけの星が死んでいるのだ。そんなに待ったら世界が取り返しのつかない事になる。
宿題よりも世界の危機。
ズルをしてでも宿題を終わらせて、イグドラを助けて貰わねば困るのだ。
「いいか? これは優先順位の問題だ。勉強は後でもできるが世界の危機は待ったなし。俺らがこれからも努力する世界で生きるにはエリザの宿題が邪魔なんだ。努力できる世界に俺たちが生き残るために、囁いて囁いて囁きまくれ!」
『ううう……せっかく努力させる祝福になったと思ったのに……しかしカイさんの言い分はごもっともです。貴方の願いを叶えます』
祝福ベルティアが神の世界へ飛んでいく。
「エリザ」
そしてカイはあんぐりと口を開けた祝福エリザの肩を叩き、笑う。
「あとで、がんばれ!」
『がぁん!』
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