14-14 我らの神が健やかに育つ為に、世界の神をこき使え!
『皆、覚悟は良いか!』
エリザ世界。
えう勇者のアーサーがオークの戦士達を前に、檄を飛ばす。
彼の背後には禍々しく揺れる異界がぽっかりと口を開けている。
エリザ世界の反撃が始まるのだ。
『この戦いに負ければ戦火は我らの神が住まう世界に及び、我らの神の健やかな日々が危うくなる』
『『『えう!』』』
『世界の神ごときの不手際で我らの神を悲しませる事断じて許さぬ。死しても奴らを殺し切れ! えうの戦士よ、突撃えうーっ!』
『『『えうーっ!』』』
アーサーのえう号令にオーク達がえうえう叫んで突撃していく。
エリザ世界のオークにとって『えう』は神の授けた聖なる言葉。
自分は神と共にあると自らを鼓舞する言霊だ。
「相変わらずえうだな」
「えうえう」「む。えう」「えうですわ」
『あらあら』『わぁい』
『エリザはえうですね』『えうです』
しかしカイ一家にとってはただのミリーナの口癖。
彼らの崇拝を知っていても、何とも気が抜けてしまうものである。
顕現した異界に突入するのはオーク戦士だけではない。
いくつかの異界にはエルフ勇者が突入し、芋煮勇者が入り口で大きな鍋をかまどに据える。
『俺らも行くか。ビルヌュ』『虫が出ないといいなぁ……』
『まずそうですねぇ』『連絡は僕にまかせてーっ』
火力担当のルドワゥ、ビルヌュ、マリーナ、そして分割シャルもエルフと共に突入する。
「ちょっと敵の動きが怪しいね。たぶん罠だ」
「え? 強い? 増援回すから守りながら退いてちょうだい」
「三班、部隊の動きが鈍いぞ」
『己のえう力を信じろ!』
アレク、システィ、ベルガ、そしてアーサーは異界に突入した勇者達の指揮を担当する。
状況はオーク戦士に同行する分割シャルが逐次外に送っている。
口頭のみのカイズとは違い、画像や音声まで伝達してくれる優れものだ。
「オークもエルフも竜もシャルも死なすなよ?」
『『願いは叶えられました』』
そしてカイは祝福担当。
戦う彼らをサポートし、皆を世界に戻す事を祝福をもって成し遂げる。
それがカイの役目だ。
なおこの戦い、バルナゥとソフィアは参加していない。
主をしているヴィラージュのダンジョン攻勢が強まっているからである。
大規模に攻め込まない限り、マキナは世界を投げないという事だろう。
この機にダンジョンを討伐してマナの吸い上げ口を塞ぐつもりなのだ。
まあ、バルナゥならば何とでもなるだろう。
もしダメでもバルナゥが逃げてダンジョンが消えるだけ。
妻と子と共にいそいそとランデルに引っ越して、ルーキッドのでかい犬となるに違いない。
「え? 腹が減った? 肉食いたい? あんたらねぇ……」
「食料供給は私どもトニーダーク商会におまかせを。異界の道はエルフと当商会を繋ぐ大切な交易の道。私どもにできる事なら何なりとお申し付け下さいませ」
アルハンが騒ぐシスティに深く頭を下げる。
この遠征にはトニーダーク商会が一枚噛んでいる。
オルトランデルの神殿ではエルフ勇者が食べる食材が次々運び込まれ、ダリオの指揮のもと集めた料理人が下ごしらえをして鍋に入れる。
それをシャル馬車がエリザ世界に運ぶ。
『鍋、おまたせーっ!』
「今日のご飯は豪勢だぜ」
「アルハンの野郎、真面目にやればできるじゃんか」
そして、届いた鍋を芋煮勇者が煮こむ。
現地で栽培できない肉多めの豪華仕様に、エルフ勇者は大ハッスルだ。
「トニーダーク商会の汚い部分はカイズであらかた握ったから、やらかした分は王国の繁栄に貢献することで償いなさい」
「さすがシスティ様。裏の王と呼ばれるだけの事はありますな……」
そしてシスティ、アルハンよりもえげつない。
カイがアルハンと色々やっている間にトニーダーク商会の首根っこをがっちり掴み、すでに丁稚扱いだ。
「よし。主に辿りついた」
「昼食を運ぶから各自食べてちょうだい」
「階層主を討伐」
『第四層に突入』
異界への反撃は順調に進んでいく。
それぞれの勇者達は階層を攻略し、拠点を構えて休息を取り、物資を運び、ご飯を食べ、そして戦う。
『気を抜くな!』
主と戦うオーク戦士達にアーサーの檄が飛ぶ。
『主はこれまでの相手とは別格。生半可なえう力では蹴散らされるぞ!』
オーク戦士は主との戦いに苦戦しているらしい。
彼らは食われ続けるエリザ世界で休む間もなく戦い続け、この討伐が終わってもすぐに別の異界との戦いが待っている。
回復魔法で体は癒やせても、終わりの見えない戦いに心が疲れてしまっているのだ。
「主が討伐されたら何が起こるかわからないわ。彼らが戦っている間にエルフ勇者は撤退してちょうだい」
主との対決に達した異界のエルフ勇者に、システィが命じる。
エルフにとってエリザ世界は異界。
エルフ勇者が突入しているのは異界に顕現した異界。
主が討伐されたとき、どうなるかはわからないからだ。
自らの世界は、自らで守るしかない。
これは、長引くかもしれないな……
と、カイは彼らに助け船を出してみる。
「エリザとベルティアで戦おうか?」
『……いえ』『それは後々のためにならないでしょう』
しかしカイの申し出に、アーサーも老オークも首を横に振った。
『我らが強くならねばならぬのです』
『神ではなく我らが世界を守らねば、いずれ世界は食われて消える。神などアテにならぬもの。そうでございましょう?』
「……そうだな」
神なんてものは足掻いて足掻いて足掻いた先にもいないもの。
都合良く手を差し伸べてはくれないのが神というものだ。
『死なずに守る今の祝福で我らは十分』
『死力を尽くした戦いを糧に出来る事こそが祝福でございます。ほら、我らの戦士もそれを理解してきましたぞ』
主に苦戦していたオーク戦士達の動きが機敏になり、攻撃が鋭くなっていく。
攻撃は次第に主に迫り、やがて届く。
主が悲鳴を上げて怯む瞬間を戦士達は逃さず突撃、剣を主に突き立てた。
ギィイアアアアアアアッ!
異界の主、討伐。
崩れる主を前にオークの戦士が叫ぶ。
『神の祝福なく戦い抜いた、我らの偉大な神に祝福を!』
『えう!』『えうーっ!』
ここは異界。
彼らの願いが子らに届くかどうかはわからない。
しかしその思いは、必ず子らに届くだろう。
彼らはやさしいぶーさんなのだから。
そんな姿にカイは深く頭を下げ、そして思うのだ。
俺の子は、本当にすごいな……
と。
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