14-12 エルネ農業革命
「ぱーぱ」「おさんぽー」「おそと、いこーっ」
「いいぞー。今日は火曜日だからなーっ」
「「「わぁい!」」」
エルネの里、カイ宅。
火曜日の朝、朝食を終えたカイは子らにせがまれ、エルネの里を歩いていた。
「今日は狩りするえう」「森に焼き菓子はないから肉カモーン」「そうですわね。今日は森に行きましょう」
『あらあら、肉は良いですね』『骨もいいよーっ』
『今日のお散歩は拡大版です』『行きましょう』
子らと一緒に歩くカイの後ろに一家が続く。
相変わらずの竜と家と祝福同伴だ。
「カイさん、おはよーっ」
「おはよう」
「シャルもおさんぽー?」「遊ぼうと思ってたのにーっ」
『留守番してる僕と遊べばいいよーっ』
「「「わぁい!」」」
道ですれ違うのは遊ぶエルフの子供達だけ。
大人は皆、働きに出ているのだ。
「里もずいぶん変わったなぁ……」
「えう」「む」「はい」
祝福を失って、これまでのように簡単に食が得られなくなった。
だから、エルネの生活は変化した。
そして農業研究の成果を受けて、エルネの農業も変化した。
カイ一家が里を抜けると、エルフ達が畑仕事に精を出している。
カイは散歩がてら、近くの一人に声を掛けた。
「おはよう。何を測っているんだ?」
「カイ殿おはようございます。この作物を植える間隔は二十八センチ五ミリが最適なのですよ」
「そうか」
「五ミリを一センチにすると植える数が減って収穫が減ります」
「そ、そうか……」
目印のついたヒモを畝に張り、丹念に種を植えていく。
今の農業はミリ単位。
何とも細かいものである。
品種もこれまでと比較して、かなり限定された。
エルネの里はマナあふれる竜峰ヴィラージュのふもと。
流れるマナが地を潤すため他の土地よりも制約は少ないが、それでも向き不向きはある。
今のエルフは効率優先。
一粒でも多い収穫の為に全知全能をかけているのだ。
以前は自分が食べたいものを好きに作っていたエルネの畑も、今は土地に適した作物ばかり。
そして丹精込めて作った作物をオルトランデルで売り、他の作物を購入するのだ。
「今日は俺が売りに行くぞ」「じゃあ俺のもついでに頼む」「俺も」
「この食べ物が欲しいから買ってきて」「俺はこれが欲しい」……
今日もオルトランデルに行くエルフに、里の皆が売買を頼んでいる。
今は持ち回りでやっているが、そのうちに売買専門のエルフが生まれるだろう。
互助をすれば役割が生まれる。
エルフ商人の始まりだ。
何事も専門の者に任せた方が効率が良いのである。
「発展したもんだな」
「でも、好きな時に好きなものを食べられなくなったえう」「む。自分で育ててないから仕方ない」「ですわね。今やエルフの農業は効率重視で作物を限定しています。交易ありきですわ」
大きな便利のために小さな不便ができる。
しかし仕方のない事だ。
祝福のないエルフは一人では生きていけない。
一日に何度も実りを得ていた頃とは違い、互いに支え合わねば飢えるのだ。
しかし、ちょっと効率化し過ぎだぞ。お前ら……
そう思いながら森に入ったカイは子らと一緒に森の幸を集め、ミリーナとメリッサが猪を狩り、ルーがそれを料理する。
「うまいえう!」「む。この荒々しい味、初めての肉を思い出す」「美味しいですわ。森の幸はやっぱり最高ですわ……ぷるっぷるーっ」
「「「おいしいーっ!」」」
『食べない部位は私とシャルで美味しく頂きます』
『とりあえず骨、いただきまーすっ』
「いや、ちゃんとした所も食べろよ?」
『あらあら』『わぁい』
『私たちも食べましょう』『そうですね』『『いただきます』』
「「「おかわりーっ」」」
「む。よく食べて大きくなる」
皆で鍋を囲み、森の幸にほっこり。
森は変わらず豊かで食に満ちている。カイが冒険者をしていた頃と変わらない。
「森はあの頃と変わらないな」
「カイと毎日駆け回ったえう」「あの時より洗練されたハイドロプレーニング土下座なら、栗にサクッと刺される事も余裕」「懐かしいですわ。そういえばカイ様、今のランデル冒険者ギルドはどのようになっているのですか?」
「今は商隊護衛と、エルフ関連の仕事が主になっているらしいぞ」
話によれば良い仲になっている冒険者もチラホラいるらしい。
まあ、頑張れ。
俺よりはずっと楽なはずだ。
と、大先達として心でエールを送るカイである。
カイは一家で森を楽しみ、木の実や山菜を土産に里に戻る。
里に戻れば長老の心のエルフ店が大盛況だ。
「いやー、今日も頑張った」「長老、ボルクの酒下さい」「今日のオススメは?」
「「「かんぱーい!」」」
ガチャン……
露天テーブルのエルフ達がグラスを合わせ、酒をぐーっとあおる。
そして始まる愚痴大会だ。
「あぁ、柿が食いたいなぁ」「季節じゃないらしいぞ?」
「祝福ないから食べたい時に食べられないもんな」「それもあるけど、そもそも俺たち作るのやめたじゃんか」
「それは仕方ない。今は好きな物ばかり作っていたら困るからな」「それだよ」
「熟れた柿、甘くていいよなぁ……」
酔いが回ったのだろう、エルフ達が寝息を立てはじめる。
小さな不便がエルフの中で溜まり始めているのだ。
そんな彼らを見た次の日。
カイは広場の一角を耕しはじめた。
カイ宅の庭はエルネの広場。
耕す許可を長老から貰っている。
あまり広くない場所を耕し、今はエルネで作っていない作物を植えていく。
そんなカイにエルネのエルフが寄ってきた。
「エルネの地質はその作物向きではありませんよ?」
「俺は商売で生活しているからな。自分で食べるなら出来が悪くてもいいんだよ」
「なるほど。ちょっとした畑で好きな作物を育てるのですな」
「そうだ。森で山菜とか山の幸を探すのもいいぞ。趣味って奴だな」
その会話に昨夜くだを巻いていたエルフが叫ぶ。
「そうか、交易とは別に作ればいいんだ!」
「それでご飯にトッピング!」「それが趣味なのですね!」「さすがカイ殿!」
「……お前ら、ひとつの事に全力過ぎだぞ」
というか、すぐに気付け。
と、心でツッコミを入れるカイである。
「時代は趣味!」「うおお家庭菜園!」「趣味の園芸だ!」「そしてご飯!」
ひゃっほいと畑に駆けていくエルフ達。
職業農家。趣味家庭菜園。
まあ、エルフだからいいかと思うカイであった。
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