14-11 食が絡めば何でもアリ。エルフすごい超すごい
「えー、これより第三回食料技術研究発表会を行う」
「……は?」
「えう?」「む?」「はい?」
オルトランデル、教会。
木々に包まれたカイと妻達の結婚式の地で宣言するベルガに、カイ一家は首を傾げた。
食料危機から半年。
その間、カイはカイズとシャルに食料の運搬をまかせ、実家の集落に金を払って農業に打ち込んだ。
一刻も早く祝福頼りだった農業や保存の技術をエルフに伝えなければならない。
作物に向いた地形や地質、水やり、肥料、病気の対策、畝の作り方……
祝福ゴリ押しのエルフ農法ができなくなった以上、人の技術に頼るしかない。
カイ一家は鍬を振るい、畝を作り、作物を植え育てる。
そして時には集落の皆をエルフの里へと連れて行き、農業の指導をしてもらう。
様々な技術、道具、そしてちょっとしたコツ。
カイの両親と兄達、そして集落の皆はそれらを惜しみなく分け与え、新たな石碑が実家の集落に建立されて巡礼エルフが土下座崇拝する。
「新たな神の誕生だ!」
「あったかご飯の人の一家は、我らの豊穣の神であった!」
「あったかご飯の父!」「あったかご飯の母!」「あったかご飯一家!」「ハラヘリ神家!」「あったかご飯の集落!」
「……カイ、この呼び名は何とかならなかったのか?」「ごめん父さん」
そしてエルフ達も、農法を教えてもらっていただけではない。
エルフは食への執着半端無い。
畑を耕しながらシスティから借りた本を読みふけり、何か役立つものはないかと知識の海をひたすら潜る。
一粒でも多い実りを。
畑を耕し本を読み、考えること数ヶ月。
やがて、カイ達から教わった農法とシスティから借り受けた書物の知識を合わせ持つ者達が現れた。
皆を指導し収穫を増やす、エルフ農業研究者の誕生だ。
知識と実践の融合が今、始まったのだ。
「えー、小麦栽培の理想的土壌については……」
発表会会場。エルフ農業研究者は研究成果を披露する。
発表内容を見れば研究内容は農業や酪農、保存などなど食料に関する事ばかり。
そして聴衆もそれらを期待していたエルフ達ばかりだ。
「すげえ。第一回よりずっと細かい」
「あいつら、もう地質のプロだな」「エルフ農業地質学者か」
「「「すごい!」」」
「うちの地質は小麦向きじゃないのか……」「うちは向いてる。次は作付け面積を増やそう」「うちはナスが向いてるのか」
「次の発表は農地の地質改善だ。それ聞いてから色々決めようぜ」
参加したエルフ達が口々に呟きメモを取る。
食への執着半端無いエルフは収穫を増やす執念も半端無い。
「ご存じの通り地質は土地ごとに違い、その違いにより作物の生長は大きく変化する。元からの地質を加味して導き出した地質改善の肥料配分式はこのように……」
エルフ地質学者が数式をずらずら並べていく様に、首を傾げるカイ一家。
「……なんだこりゃ?」
「ちんぷんかんぷんえう」「む。さっぱりわからない」「ですわ」
いやまあ、数学が色々使えるのはわかるが農業に数学?
その式にある謎記号は、いったいどんな意味があるの?
と、足し引き掛け算割り算しかできないカイには、彼らの議論はさっぱりだ。
「なるほど!」「目から鱗の見事な数式だ!」
「族の特性、地質、作物の種類、気候、肥料……ここまで見事な式になるとは!」
「まさに食の統一理論!」「さすがエルフ農業数学者だ!」
しかし、周囲のエルフは皆理解。
「え?」
「えうっ?」「む?」「ふんぬっ?」
おまえらわかるの?
と、周囲の歓声に驚くカイ一家だ。
「うちの里も負けてられんな」「これからは専業か」「しかしそれでは食べられる作物の種類が減ってしまうぞ」
「他の里と交換すればいいんだよ」「交易か!」「次は輸送技術だな」「カイ殿に頼んでもっと立派な道を作ってもらおう」
皆の視線がカイを見る。
「……いや、道は作っただろ」
「橋とかありません」
「ここまでできるなら、後は自分で作れよ」
「「「ええーっ!」」」
そこまで世話してられん。
というか橋とか俺には作れん。
と、カイはエルフの悲鳴をさらっとスルーする。
「くそぉ、カイ殿厳しいぜ」「いや、これはカイ殿の期待!」「信頼の証か!」「ビバ・ポジティーブ!」「よぉし、俺にまかせろ!」「俺も!」「俺もだ!」
エルフ農業建築家の誕生である。
「えー、この仕組みを組み込んだ農具により収穫の効率化が……」「これらの病害虫を防ぐには周囲にこのような植物を……」「病気の拡散を防ぐ魔力刻印を刻んだ魔道具……」「ぴぴぷーぱ。ぱらっぷぽー」
そこからの発表もカイ一家にはまったく理解不能。
周囲から温かい励ましの言葉を受ける有様だ。
「カイ殿はこのような些末な事、分からなくても良いのです」「我らがあったかご飯の人はエルフの心を癒やす人」「そうです。カイ殿は我らを導くハラヘリ神。どーんと構えて芋煮を我らに振る舞って下されば満足でございます」「カイ様!」「カイさまーっ!」
こんな調子で発表会は盛況の内に終わり、エルフの皆は意気揚々と里に戻って地を耕すのだ。
「すごいなぁ」「相変わらずの半端無さねぇ」
「なるほど。これがエルフの食への執着。私どもも商売に役立てねば」「はい」
感心するアレクにシスティ。
ちゃっかり利用するアルハンにダリオ。
備蓄しきれない作物はアルハンやダリオら商人に流れ、彼らの懐を潤している。
そして作物を売ると同時に技術や農具も売り、王国全土を潤していく。
エルフの食への執着が、グリンローエン王国を富ますのだ。
「なんか、すごい話になってきたな」
「ミリーナにはついていけないえう」「ルーも無理」「私もピーもまったくダメですわ。エルフ農業研究者半端無いですわ」
そしてエルフの食への執着半端無さは、彼らが忌避した場所にも及ぶ。
植物の侵食すら許さないエルフ絶望の廃都市、アトランチスだ。
「やべえ。こいつら墓にすげえ情報書いてやがる」「これなんか最新の研究発表のはるか先を行ってるぜ」「へへっ、これがあればうちの里のご飯が一層美味しくなる」「おぉ我らが偉大な祖先よ。我らのご飯をありがとう」
「野郎共、めぼしい情報を記述しまくれぃ!」「「「おおーっ!」」」
おぉおおおおめしめしめしめし……ぱんっ!
「「「ありがとうございます。いただきまーすっ!」」」
墓に手を合わせ、エルフ達は情報収集を開始する。
エルフ農業探検家の誕生である。
彼らはご飯以外の文言を書いた墓に興味はない。
腹が膨れない情報は完全にスルーなのだ。
その姿勢に、先行して調査するカイズ達の呆れも半端無い。
「お前ら、そこまでするなら全部記録してくれよ」
「あ、俺ら食べ物情報以外に興味ないんで」
「集めた情報は後で提出しますんで、他の調査はお任せしまーすっ」
「よぅし野郎共、ズラかれいっ!」
「「「おじゃましましたーっ」」」
「「「うわぁ……」」」
まるで墓荒らし。
いや、荒らしてはいないから歴史研究者と言うべきか。
徹底した食への執着に、カイズ達もドン引きであった。
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