4-9 冒険者、エルフに土下座する
その日の夜中。
ランデルの町に勇者の馬車が帰り着いた。
「あぁ」「勇者が……」
閉じた門の前で待ちぼうけを受けていた避難民の期待が落胆に変わり、皆が馬車を取り囲む。
王国の勇者の馬車だ。きっと門が開くだろう。
門が開いた際に騒ぎ、どさくさにまぎれて中に入ろういう魂胆だ。
しかし馬車は門のはるか手前で止まり、馬車の扉が開かれる。
姿を現したのは勇者級冒険者の四人だ。
夜の闇の中、マナが淡く輝く装備に身を包んだ四人を皆は見上げた。
愚痴の一つでも言いたいだろうが皆黙って視線だけを送っている。
圧倒的な戦闘力を持った人間最強の勇者達が何をするのか気になったのだ。
特に皆の興味を引いたのは二人。
一人はアレク・フォーレ。百以上のダンジョンを討伐した王国最強の勇者。
もう一人は王女システィ・グリンローエン。王位継承権を持つ王女殿下だ。
皆が四人の勇者を固唾をのんで見上げる中、代表者として前に出た王女システィが叫び、そして深く頭を下げた。
「皆、私達に力を貸して!」
同じ頃。
カイは三つの里のエルフを前に、地に頭をこすりつけて土下座していた。
「すまない。収穫祭は延期する!」
えぇええええええええしめしめしめしめ……
土下座して叫ぶカイにエルフ達はどよめき、呻き、悲鳴を上げる。
無理もない。
オルトランデルの悲劇から百余年、ようやく訪れた芋煮への期待に胸を膨らませて準備を行ってきたのだ。
薪となる木々を倒し、皆で味わう広場を作り、芋や人参、玉葱等の食材を蔵一杯に溜め込んだ。
大竜バルナゥに頼んでミスリル鍋を作り、カイに求められるまま魔力刻印を刻んで色々な道具を作ってきた。
竜牛をはじめとした獣の捕獲も万全。
ダークエルフの皆は当日キノコを生やす為に気合を溜めている真っ只中だ。
エルフ達は皆、夢にまで見た収穫祭の芋煮のために努力を続けてきたのだ。
だからカイの言う事に皆、驚かずにはいられない。
カイはそれらを皆、余所者のエルフにくれてやると言うのだ。
「なぜです! なぜ我らの実りを余所者にくれてやらねばならぬのです!」
「我らの飯、我らの物!」
「我らエルトラネにお命じください! 飯を断たれたハイエルフの強さをご覧に入れて見せましょう!」
エルネ、ボルク、エルトラネ。
三つの里の長老が口々に叫ぶ。
だが、カイは命じない。
「すまない……」
皆の言う事は正しいとカイは思う。
自分達の実りを自分達が食べるのは当然だ。
そして強化魔法を使用したハイエルフの力は他のエルフをはるかに上回る。接近しているアーの族のエルフを力で退けるのは簡単だろう。
しかし、それでは後が困るのだ。
カイは小心者である。
その時だけ良ければいいとは思わない。後が恐いと思うのだ。
無視して皆で芋煮を食べた時、カイはランデルを見捨てた事に苦しみ、見捨てた事を知った人からの復讐に怯える事になるだろう。小心者だからだ。
だから皆がエルフを力で退けた時、退けられたエルフの皆への復讐も怖い。
戦えばケガもするだろう、もしかすると命を失うかもしれない。
エルトラネがピーだから嫌われていたのとは訳が違うのだ
「やりましょう!」
「カイ殿!」
「カイ様! 我がエルトラネはカイ様と共に!」
「「「我らのあったかご飯の人!」」」
エルフの皆の悲痛な叫びをを聞いた後、カイはゆっくりと頭を上げる。
「……皆の」
カイが、口を開いた。
「皆の言う通りにすれば、今回は芋煮を味わうことが出来るだろう」
いつからだろうか……こんなふうに思えるようになったのは。
カイは話しながら考える。
「だが、今回だけだ」
最初は、ただ生き残る為だった。
ただの厄介払いだった。
「あのエルフ達を放置すればランデルは再び森に沈み、エルフの土地になるだろう。そうなればここで芋煮を作るのはもう無理だ。王国が黙っていないからな」
まずミリーナに付きまとわれ、エルネの里に拉致された。
次に焼き菓子が欲しいルーに誘惑され、ボルクの里に追い回された。
そしてエルトラネの里のメリッサが現れ、ピーの奇行にさんざん振り回された。
「確かに皆の力があれば近付くエルフ達を退ける事も出来るだろう。しかし恨みは残る。エルフが今も世界樹から呪いを受けているように恨みもずっと残る。そしていずれは皆に返る事になる。俺は一度の芋煮の為にそんな事を心配したくはないんだ」
しかし共に過ごしてみれば、色々な事が見えてくる。
エルネの里のエルフがオルトランデルを沈めたのは敵意ではなく、ただ芋煮が食べたいだけだった。
ボルクの里のダークエルフは焼き菓子の為なら人への配慮を忘れない、人に優しいエルフだった。
そしてエルネとボルクの里が嫌うエルトラネの里のハイエルフは、食べてさえいれば非常に礼儀正しくまともだった。
「エルフの皆にとって芋煮がどれだけ嬉しいかは良く知っている。それを突然延期した怒りも解っているつもりだ」
エルフは皆、食への執着半端無い。
しかし食のためなら何でもする訳ではない。
「俺は、皆との芋煮を一度だけで終わらせたくは無い。芋煮が悪いと言いたくもない」
エルフは自ら食べられないだけで、食べ物はいくらでも作る事が出来る。
その気になればカイを森に捕らえ、食べ物を要求し続ける事も簡単だ。
しかし、エルフはカイをそうしない。
食に感謝し、カイに感謝し、カイを守り、生き方を尊重してくれる。
「何回でも、何十回でも祭の楽しさと嬉しさを分かち合いたい」
ランデルでは犬にしか話せないこの縁は、とても尊いもの。
だから今、カイは心の底から思うのだ。
この縁をここで終わらせたくない。
と……
「だから今回は、芋煮をあいつらにくれてやってくれ。頼む!」
言い終えるとカイは再び頭を地にこすりつけた。
三つの里のエルフ達はカイの言葉を静かに聴き、土下座したカイを見下ろしている。
どれだけそうしていただろうか。
しばらくの沈黙の後、やがてエルネの長老が口を開いた。
「それでカイ殿、次の芋煮はいつになされるか?」
「ビルヒルトのエルフが帰り次第、すぐに準備する。期間は三日、いや一週間だ。お前らがお腹満足と思うまで食わせて食わせまくってやる!」
カイの言葉にエルネの長老が頷く。
そして振り返り、皆に叫んだ。
「だ、そうだ! 皆の者、少し待てば一週間芋煮尽くしだ!」
おおぉおおおめしめしめしめし!
地を揺るがすエルネの叫びがその場に響く。
ボルクとエルトラネの長老も頷いた。
「我らボルクも待とう」
「エルトラネはカイ様に従うと決めています。我らを狂気から解放してくださった恩、この程度ではとても返せはしません。もぐもぐ」
「……すまない!」
長老達がカイに手を差し伸べる。
「さあカイ殿! 立ち上がり我らに号令を! カイ殿を悩ませる不埒な田舎者共に我ら渾身の芋煮を食らわせてやりましょう!」
「カイ様、お立ち下さい!」
「我らはペネレイか、ペネレイだな!」
カイは長老達の手を握り、皆の歓声を受けて立ち上がる。
ゆっくりと、しっかりと。
笑うエルフの前にカイは立ち、あふれる涙を手でぬぐう。
始めは迷惑な災害としか思えなかったエルフは、人と同じ感覚を持つ友になれる隣人であった。
彼らは決して異界の怪物などではない。
人とは違う道を歩く、同じ世界に生きる仲間だ。
「よし」
カイは頷き、皆の前で高らかに宣言した。
「ランデルはエルフと共に『芋煮防衛線』を構築する!」