14-10 ですからこれも商売でございます
「食料を調達してもらいたい」
オルトランデル、トニーダーク商会。
案内された商談の席で、カイはアルハンに頭を下げた。
「それはかまいませんが、いかほど?」
「一万人が一年食べていける量が欲しい」
「ええっ?」「……理由を伺いましょう」
同席していたダリオが驚き、アルハンの瞳が鋭くカイを見据える。
アルハンはカイが心を読める事を知っている。
しかしアルハンもカイ相手なら似たようなもの。カイ程度の駆け出し商人の言葉の真偽が見抜けないようでは大商会でのし上がる事などできはしない。
試されているな……
アルハンの瞳に潜むカイを値踏みするマナの動きに、カイは静かに息を吐く。
そしてゆっくり息を吸い、アルハンを静かに見返し口を開いた。
これは商談。
今、何よりも重要なのはエルフを食わせる事。
他の事は小さな事。
後で考えれば良い事だ。
「神からエルフへの祝福が今、止まっている」「……ほぉ」
驚いたのだろう、アルハンが目を見開いた。
「だから今、エルフはこれまでのように食料を自由に作る事ができない。祝福頼みで生きてきたエルフの食料を調達する必要があるんだ」
商売で大事なのは相手の信用を失わないこと。
自分が不利になる事柄を隠し通せないなら、最初からぶっちゃけた方が良い。
鋭い視線に誤魔化す事ができないと感じたカイは商品見本市の時のアルハン同様、ぶっちゃける事にしたのだ。
聞き続けるアルハンの前で、カイは話し続ける。
「オルトランデルの食料庫で今は何とかなっているが、それが尽きればエルフ同士の不満がたまり、やがて争いになるだろう。その前に食料を調達したいんだ。だから頼む。食料を調達してくれないか?」
カイは再び頭を下げる。
アルハンがカイに聞いた。
「……それは、どこのエルフの話なのですかな?」
「アトランチス。人間がまだ発見していない海の向こう、遠く離れた大陸だ。百以上のエルフの里をぶーさん……オーク達の世界を通して移住させた」
「なるほど、道理で世界のエルフが減った訳です。あったかご飯の人が笛でも吹いて連れ去ったのだろうと王侯貴族の間で噂されておりましたが、事実だったのですなぁ」
「そんな事を言われていたのかよ」
「ハハハ。世の中などそんなものです……」
アルハンは深く頷き、しばらく考え、にこやかにカイに告げた。
「わかりました。我がトニーダーク商会が仕入れ値と経費のみで調達しましょう」
「え?」
カイが素っ頓狂な声を上げる。
仕入れ値と経費ではトニーダーク商会は一エンも儲からない。
それどころか時間を消費した分、損になる。
アルハン……何を企んでいる?
と、カイがアルハンを見据えるとアルハンは静かに笑い、カイに問いかけてきた。
「カイ様は、商人にとって最も大事な商品は何だと思っておりますか?」
「……商人である自分自身か?」
「その通りでございます」
カイの答えにアルハンは深く頷く。
カイはそれを良く知っている。
今、商人でいられるのはエルフの皆がカイを信頼しているからだ。
カイ殿が持ってこなければ我らは買わない使わない。
置いていっても捨てていた。
ボルクの里でカイが言われた、忘れられない言葉だ。
商品をエルフに使わせたのは、エルフにとってのカイの価値。
商品の価値ではない。
「ですからこれも商売でございます」
「商売?」
アルハンがカイに笑う。
「はい。カイ様とエルフに恩を売るのも商売。神に恩を売るのもまた商売。信じられる者を持ち上げ大きな商いをさせるのもこれまた商売でございます。商いとは人と人との繋がりに始まり終わる人心の妙。物を通して心を扱うのが商売の真髄でございます。私は今、カイ様に私をものすごい高値で売りつけているのでございますよ」
「アルハン、ぶっちゃけ過ぎだぞ」
「カイ様に嘘は無意味でございましょう?」
「そうだな」
カイはアルハンと笑い、そして深く頭を下げた。
「アルハン、よろしく頼む」
「かしこまりました。すぐに手配いたしましょう」
「払えるのは今、これだけだ。足りなかったら何とか工面するから言ってくれ」
カイは荷物からハラヘリを両替した聖銀貨の入った袋を取り出した。
袋はミリーナの母が食料庫に保管していたものだ。
「……パチモン?」
「いや、本物だから。そのパチモンはハラヘリではないという意味だから」
「なるほど」
アルハンは袋を開き、積み上げ数えてカイに頷く。
「聖銀貨四百枚。四十億エンをお預かりいたします。カイ様、よくここまで集められましたな」
「エルフの皆から借りまくった」
「それにしてもです。エルフのカイ様への信頼は天井知らずでございますな」
「まったく。ありがたい限りだ」
本当に頭が下がる……どこの誰に対しても。
カイはアルハンに頭を下げ、アルハンもカイに頭を下げる。
商談成立だ。
「食料の手配はお任せ下さい。それとこれだけの食料を一気に集めると王国の役人達が何かと探りを入れて来るでしょう。カイ様の方から手を回して頂けると有り難く存じます」
「システィとバルナゥに頼んでおく」
「よろしくお願いいたします。ところでカイ様、この後お食事でもどうですか?」
「すまん。実家で妻達と一緒に農業を学ばなければならないんだ」
「忙しい事ですな」
「全くだ。アルハン、恩に着る」
カイが深く頭を下げて部屋を出る。
部屋に残されたのはダリオにアルハン。
二人きりの部屋で、ダリオがアルハンに問いかける。
「アルハン様はこの恩、どのようにカイ様に求めるつもりなのですか?」
「恩は求めないものです」
ダリオの問いにアルハンは笑う。
「求めればそこで価値が決まり、恩が使われ失われてしまいます」
どんなものも使えばなくなる。
それは形がないものでも変わらない。
信用や恩や尊敬といったものも、使えばその分だけ減っていくものだ。
「しかし、求めなければカイ様は我がトニーダーク商会に恩を感じて優遇してくださるでしょう。そして互いが欲をかかぬ限り、良い関係が続くでしょう」
だから、求めない。
相手が恩を感じて優遇してくれた分、自分も相手を優遇する。
そうやって信用を大きく育てていくのだ。
「ダリオ殿、カイ様がここでおっしゃった事は誰にも言ってはいけません」
「はい」
「そしてよく憶えておきなさい。価値が曖昧なものこそ、もっとも価値を持つものなのです」
「はぁ……」
「ダリオ殿……今、隕石を落とされた者の言葉ではないと思いましたね?」
「す、すみません!」
「ハハハ。そういう時はシラを切るものです。ダリオ殿はまだまだですなぁ」
アルハンはダリオに笑い、食料を手配する。
トニーダーク商会は王国の大商会。
カイが求めた以上の食料がすぐに集まり、カイはエルフの食料危機をギリギリで乗り切った。
互いの信用がうまく噛み合ったからこその成果であった。
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