14-9 エルフ、やっぱり食に困る
「カイ殿! 食料が底を突きました! だそうだ」
「えーっ……」
エルネの里、カイ宅。
カイは日課の風呂掃除の後、カイスリーからエルフ食料危機の報を受けていた。
いやぁ、ちょっと早すぎないか……?
いつか来るだろうとは思っていたカイだが、思っていたよりずっと早い。
ランデル界隈のエルネ、ボルク、エルトラネは備蓄も十分。
オルトランデルには人間との商取引用の大きな食料庫があり、それぞれの里にも食料庫があり、自宅にも食料の備蓄があり、森を開拓した広大な畑もある。
ビルヒルトもシスティとベルガの指導により備蓄と開発が進んでいる。
その備蓄量は数年分。
畑の収穫量も里の一年分をゆうに超える。
ビルヒルトとアトランチスを異界で結ぶ前のエルフの里は、不安から作物をしこたま作って移住していたからかなりの備蓄を持っている。
問題は、安心してアトランチスに渡っていったエルフの里。
取引もしない、自給自足だけの里はたいした備蓄をしていない。
エルフは祝福の力で食を願えばすぐに育ち、食べていける種族。
だから備蓄は必要ない。
その日の気分で願えば良い。
今回のベルティア不在は、そんな土地さえあれば食べていけると思っていたエルフ達の不意を突いた痛恨の一撃なのだ。
しかし、それにしても早い。
カイはカイスリーに聞いた。
「アトランチスか? どこの里だ?」
「メリダの里だ」
「……あぁ、心のエルフ店か」
里の名を聞いてカイはなるほどと納得する。
メリダの里はエルフがアトランチスに不安を持っていた頃に渡ったエルフの里。
だから、備蓄がそこまで少なくはない。
しかし、メリダの里には心のエルフ店アトランチス店がある。
マオの二番弟子であるノルンが店を開くエルフ憧れの里に、ご飯を食べに行くエルフは多い。
その分だけ食料を多く消費し、備蓄を食い尽くしたのだろう。
ノルンは幼い。
だから長老やマオのように先の事を考えて行動するのは難しい。
今頃ノルンは食べられないハラヘリを山ほど抱えて涙目のはずだ。
それにしてもあいつら、今は我慢の時なのに食いまくりだな。
やっぱり理解してなかったか……
カイは頭を抱えたが、これまでのエルフ生活を考えれば仕方ない。
数百万年にも及ぶ食わねば腐るその日暮らしはそう簡単には脱却出来るものではない。
食料は食べればなくなる。
いわば早いもの勝ち。
だから皆、我先にと食べたのだろう。
しかし早い者勝ちで食べ続ければ恨みがたまり、やがては争いに発展する。
今のうちに事態を収拾しなければ、エルフの間で血を見る事になる。
「まずはオルトランデルの食料庫から出そう。それで足りるはずだ」
「メリダの里だけならな」
「……そうだな。ボルクとエルトラネの長老に話を通してくれ。あとベルガにアトランチスの長老達にたらふく食うなと通達を出してもらってくれ」
「わかった」
カイスリーの指摘にカイは苦々しく頷き、長老達への打診を頼む。
今はまだ、メリダの里だけ。
しかし、すぐにアトランチス全土から悲鳴が上がることだろう。
そうなればオルトランデルの食料庫だけでは全く足りない。
ランデルの長老達は今は認めてくれるだろうが、里の蔵から持ち出すと言えば血相を変えて拒否するだろう。
エルフが祝福なしの農法を確立するまでは大なり小なり持ち出しは続く。
里の備蓄を他の里に分け与える余裕はない。
次の収穫までは……もたないな。
ならば、先立つものが必要か……
カイはため息をつき、シャル馬車に乗って家を出た。
オルトランデルの食料庫でシャル馬車を分割させて大量の食料を積み、オルトランデルから異界に抜ける。
「……なんか、雰囲気が悪くなったな」
『そうだね……あ、アーサーとビルヌュとルドワゥがいるよー』
「異界の侵攻か」
カイが見る先で、えう勇者のアーサーが叫ぶ。
『皆の者、突撃えうーっ!』
『『『えうぅううううううーっ!』』』
いつもおどろおどろしい異界だが、いつもより怒号や悲鳴が増えている。
異界の侵攻が増加しているのだ。
ベルティアは遊びに連れ回され、エリザは宿題にひーこら言っている。
神が世界を蔑ろにすると、こんな風になるのか……
「エリザ」『はい』
「お前の世界なんだから、手助けしてやれ」『貴方の願いを叶えます』
カイは戦いの喧騒に身震いしつつも左手から祝福エリザを出し、手助けしてやれと願って送り出す。
祝福エリザはこの世界の神の力だ。この世界のために使うのが良いだろう。
そしてシャル馬車列がアトランチスに入り、空を駆けて数分。
カイ達はメリダの里に到着した。
「食べ物を持って来たぞ!」
「おぉ、カイ殿!」「我らがあったかご飯の人!」「こんなにたくさん!」「よぉし、食料庫に運べーっ」「勝手に食った者は飯抜きの刑だ」
「うわぁん、食べ物だよぅ。ハラヘリは食べられないから困ってたんだよぅ」
馬車に群がるメリダの里のエルフ達と、予想通り涙目のノルンだ。
「あれ? アリーゼは?」
「お姉ちゃんは竜牛を連れて山奥に逃げたよ」
「あぁ、竜牛を食べられそうになったのか」
「うん。今はまだ増やす時だから食べさせないって」
さすがはアリーゼ。竜牛への執着半端無い。
カイは長老から食料の代金をもらい、農作物を収穫するまで食べすぎない事を約束させた後、ノルンに向かい頭を下げた。
「ノルン。すまないが俺にハラヘリを貸してくれないか?」
「えーっ? ハラヘリ神がハラヘリ借りるのーっ?」
「俺はハラヘリを自分では作れないんだよ。今後の食料調達のためにたくさんハラヘリが必要なんだ。頼む」
「うーん……いいよ。師匠なら貸すと思うから」
「ありがとう。祝福が戻ったら借りた以上のハラヘリを返すよ」
「わ、わぁい? 借りた以上のハラヘリが返せるなら借りる必要ないんじゃ……」
「植物だって種一粒から育てて実れば何百粒も種ができるだろ? ハラヘリを増やすにも元手が必要なんだよ」
「じゃあ何百倍のハラヘリになって戻ってくるの?」「いや、増えるのはちょっとだけだ。ハラヘリはそこまで増えないからな」「そっかー」
ノルンは首を傾げながらも、たくさん貸してくれた。
カイは深く頭を下げて借用書をノルンに渡し、くれぐれも大食いするなよと里の皆に釘を刺してメリダの里を後にする。
「シャル、エルトラネに向かってくれ」『はぁーい』
そしてエルトラネでも頭を下げ、ハラヘリを貸してもらう。
「カイ様のピンチだ!」「我らのハラヘリを根こそぎ注げーっ!」
「「「すぺっきゃほーっ!」」」
「すまない!」
魔道具の売り上げでハラヘリ潤うエルトラネの皆は快く頷き、シャル馬車にハラヘリを注ぎ込む。
「カイ殿。しこたま持っていけ」
「このままでは焼き菓子もピンチ」「酒もピンチ」
「ありがとう!」
ボルクの皆も焼き菓子の売り上げを快く貸してくれた。
荷台にぎっしりハラヘリの山にカイは頷き、さらにエルネで長老に頭を下げて食料庫に保管していた聖銀貨を袋ごと借りる。
「ほっほっほ。パチモンが輝く時がやってきましたなカイ殿」
「……そうだな」
これだけあれば何とかなる……たぶん。
皆が貸してくれたハラヘリの山にカイは頷き、シャルに最後の目的地を告げた。
「オルトランデルに向かってくれ」『はぁーい』
いつまで続くかわからない、エルフの食料危機。
これだけ大規模な食糧調達をするなら、調達相手は祝福のないエルフではない。
人間の、商人だ。
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