14-7 イグドラ、祝福不渡り宣言
『余裕ないのじゃ……』
カインが膝をすりむいた事で慌てたカイが天に叫び、スルーされたので祝福ズに願って引きずり出したイグドラがカイに放った第一声はこれだった。
「うちのカインが転んでケガしたぞおい。祝福どうなってるんだよ!」
『あぁ、すまぬのぉ……手が回らぬのじゃ』
カイの怒声に返事したイグドラの声にいつもの覇気はない。
理不尽な仕事をしまくった者が吐きだす恨み言。
そんな感じだ。
すごく疲れた声にカイが首を傾げる。
「手が回らない?」
『エルフの祝福どころではないのじゃ! あの仕事が、あの仕事も、その仕事もやってないのじゃーっ!』
「うぉっ、いきなり叫ぶな!」
『汝に言われたくないのじゃーっ! 寝てる担当を作る余力も無いのじゃーっ! 昨日も今日も徹夜なのじゃーっきっと明日も徹夜なのじゃーっ! やってられぬのじゃーっ!』
そんなカイにイグドラが叫ぶ。
カイ相手には余裕しゃくしゃくだったイグドラも世界相手では阿鼻叫喚。
祝福ズが言った通りの超絶人手不足状態なのだ。
カイが行商に手が回らなくなってカイズとシャル馬車にぶん投げたのと同じ。
桁はだいぶ違うが人員不足で仕事が回らない。
だからイグドラにまったく余裕がない。
イグドラはしばらく叫ぶとゼイゼイと荒々しく息を吐き、怨念のこもった声で静かに語り始めた。
『のうカイよ、わかるか? デキる前任者が突然いなくなった悲運を。どっさりと資料を渡されて後はお願いしますねとしれっと言われる悲劇を。資料を渡されただけで引き継ぎ終了の狂気を。あれよあれよという間に仕事が積み上がっていく悪夢を。クレームが爆発的に増えていく地獄を。のぉカイよ、わかるか?』
「い、いや……ルーキッド様あたりならわかるかも」
そんな大きな組織に属した事のないカイにはわからない苦労である。
イグドラはそうじゃろうと呟き、続けた。
『とにかく、優先度の高い場所と事柄に注力するだけで手一杯なのじゃ。手が足りな過ぎるのじゃよ……』
「誰か雇ったらどうだ?」
『この世界を扱える神なら皆、自らの世界を持ち動かしておるわぃ』
人手がないなら余所から調達するしかない。
それが出来なければ業務を縮小するしかない。
しかし、この場合の業務とは世界。
さすがに縮小して欲しくないカイである。
そして、イグドラは苦々しく呟いた。
『……それにベルティアは神としては出来る部類じゃからのぅ』
「あれで?」『がぁん!』
カイの驚嘆に祝福ベルティアが叫ぶ。
イグドラが言った。
『汝にはバカ神の面しか見せてはおらぬがあれでもあやつは出来る神。そしてこの世界もベルティアの技量基準で構築された職人芸の世界。長年の付き合いである余ですら手を出せぬ世界はそこら辺で集めた神で動かせるようなものではない。雇われ神は今以上の波乱を起こし、慣れる前にベルティアが復帰してくるじゃろうな』
「……つまり、人手不足は解消されない、と?」『のじゃ』
急募で何とかなるのは作業が簡単なものに限られる。
メリダの里のエルフが一万ハラヘリ欲しさに像を作って上手に作れなかったように、この世界も雇われ神がすぐに動かせるようなものではないのだ。
これではどうしようもない。
『故にエルフの祝福も縮小しておる。汝の子にケガさせたのはすまぬと思うが、こちらもそれどころではないのじゃ』
「なるほど……いや、俺も自分の子だから慌てていた。すまん」
思い返してみれば、カイが子供の頃はすり傷など日常茶飯事。
唾つけておけと親と兄から言われたものだ。
そんな人間の常識がエルフの世界にもやって来ただけの事。
エルフの祝福はいずれイグドラから世界樹へと変わり、その力は弱まる。
それがいつ変わるかは世界樹の成長次第だが、いずれ必ず弱まるのだ。
この際、エルフへの祝福不渡りは予行演習と割り切ろう……
カイはそう結論し、イグドラに声を掛けた。
「イグドラ」『何じゃ?』
「エルフの皆にしばらく祝福できないと告げてくれないか?」
『……そうじゃな』
エルフの生活は祝福ありき。
それが予告なく消失しては危うい者もいるだろう。
今の内に宣言し、すり傷程度で済ませておくべきだ。
『エルフの皆よ、聞くが良い』
イグドラはエルフの皆に語り始める。
『余は汝らを祝福する神、世界樹イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラ。今から余は祝福をしばらく止める。故に汝らが無茶をしても世界樹の守りは汝らを守らぬし、畑に豊穣を願っても実りは遅々として進まぬ。注意するが良い。子を持つ者は目を離すでない。余が祝福を止めた汝らは世界が定めた元々のエルフ。生を舐めるな。侮るな。汝らがそれを見誤った時、死がすぐに汝らを迎えるであろう。注意して生きるが良い』
イグドラは淡々とエルフの皆に語りかけ、祝福を止めていく。
『里にひとりふたり、祝福を残すかの?』
「……いや」
イグドラの言葉にカイは首を振る。
「この際だから皆に祝福のないエルフを体験させた方がいいだろう。エルフの里は食料をかなり蓄えているから飢える事はまずない……と、思う」
『そうか。もし飢える事があれば汝が皆と何とかせい。余の子も頼むぞ』
『はぁーい』
世界樹シャルロッテが枝葉を上げる。
しばらくエルフは苦労すると思うが、それでもエルフは人よりもずっと強い。
何とかなるだろう。
「そういえば、エリザの方はどうなっているんだ?」
『それがのぅ……』
カイはふと思い出し、イグドラに聞いてみる。
イグドラは心底疲れた口調で答えた。
『あやつは事もあろうにまったくわからぬと余に助けを求めて来おってな。これがまた鬱陶しくて鬱陶しくて仕方がないのじゃ。今日も何万回も泣きつきおって余の足を引っ張りおって困ったものじゃ』
「まず、それを何とかしろ」『がぁん!』
カイは即座にツッコミを入れた。
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