14-5 エルフ木工チャレンジ
「ちょっと頼みがあるんだが、これを里の皆で作ってみてくれないか?」
「これは……人間が作った像ですか?」
「そうだ」
アトランチス、メリダの里。
カイはいつものように商品を販売した後、木の像を皆の前に置いた。
見本市でカイが購入した女性像。
なぜアトランチスのメリダの里まで来てこんな事をしているかと言えば、像の価格が一万ハラヘリだからだ。
エルネ、ボルク、エルトラネではカイが一万ハラヘリで像を買った事を見本市にいたエルフが吹聴しまくって大騒ぎ。
一万ハラヘリ一万ハラヘリとのたうち回る者が多く、全く話が進まないのだ。
やっぱりエルフ。食への執着半端無かった。
「えうぅ、一万ハラヘリ」「ぬぐぅ、一万ハラヘリ」「ふんぬぅ、一万ハラヘリ」
ええいお前ら、そろそろ一万ハラヘリから離れてくれ。
カイはシャル店で歯ぎしりする妻達にため息をつき、メリダの里の皆を見た。
どうやら興味は持ってくれたらしい。
皆は見本市の時のカイと同じように、像をまじまじと見つめている。
「カイ殿、これが歯磨き粉と石鹸に続く商品なのですか? いくらで?」
「いや、これは売り物じゃない」
一万ハラヘリなんて売ろうとしたら、お前ら大騒ぎだからな。
と、カイは価格をさらっとスルーする。
まあここはハーの族の里。
心を読まれているかもしれないがその時はその時。
別の里で同じ事をするだけの事だ。
「エルフの里がこの手の装飾品に乏しいから持ってきた。エルフなら作るのが得意だろうと思ってな」
「確かに。我らエルフは樹木をはじめとした植物に強い種族ですからな」
「まあ、良いものができたら商品として売ってみようとは思ってる」
「なんと!」「ハラヘリ獲得チャンス!」「皆、木材を用意するんだ!」「一万ハラヘリひゃっほい!」
おぉおおおおめしめしめしめし……
里のエルフがひゃっほいと散っていく。
やっぱり心を読んでいたが、売る側ならこれ以上のうまい話もなかなかない。
里の皆は思い思いに丸太を手にカイの所に戻り、像を見ながらふんぬぅと念じ始めた。
「一万ハラヘリ」「この像のように一万ハラヘリ」「一万ハラヘリぃいいい」
皆の瞳にマナが輝き、木材が姿を変えていく。
メリダの族はハーの族。回復と強化魔法の使い手だ。
木材の回復だってお手のもの。
彼らは祝福と魔法を巧みに使い、像を形作っていく。
一万ハラヘリと呪文のように呟く事一時間。皆の像が出来上がった。
「「「できた!」」」
「……まあ、初めてにしてはよくできたな」
神は細部に宿るとはよく言ったものである。
どれもこれも像の姿はものすごくいい加減だ。
耳がエルフなのはまあよいとして、首が長かったり、腕が短かったり、足がねじれていたりと色々アンバランス。
趣味ならとにかく、売りに出せるようなものじゃない。
期待に満ちた皆の視線にカイは苦笑いしながら、これでは売れないと首を振る。
あぁああああああしめしめしめしめ……
メリダの里、総がっかりである。
「うまくいかないものだな」「さすが一万ハラヘリ」「うぉお一万ハラヘリ!」
「その一万ハラヘリが邪念なんだよ!」
呻く皆にカイが叫ぶ
一彫りに精魂込める商人の話とはえらい違い。
食への執着が歪みとなって像に現れているのだ。
エルフは食への執着半端無いから、この歪みは消えないだろうなぁ……
と、カイが思っていると、ひとりのエルフが像を手に現れる。
カイをえんがちょする珍しいエルフ、アリーゼ・ルージュだ。
「作ったわよ竜牛!」「……うまいな」
お題とは全く違うものが出て来たがそれはよし。
なかなか躍動的な竜牛にカイが感心していたがアリーゼはまだまだ納得できないのだろう、自らの作品のダメ出しを開始した。
「竜牛と言えばアリーゼ、アリーゼといえば竜牛! ……と、言いたい所だけど私もやっぱりまだまだね。ほら、このあたりの鱗がまだまだ甘いわ」
「そ、そうか」
「ああっ! この尻尾の先っちょなんて全く違うわ! 竜牛神よ申し訳ございません」
「でも、これなら売れるかもしれないぞ」
「こんなもの恥ずかしくて売れないわ! 竜牛様、リベンジよ!」
ぶもー。
アリーゼが竜牛と共に駆けていく。
すさまじい竜牛ずっぽりっ振りである。
「すげえなアリーゼ」「さすが数多の求婚をはね除けて私は竜牛と結婚すると豪語しただけの事はある」「見事な竜牛像だ」
お前、そこまで竜牛に……食い気半端無いな。
ここで色気に行かないのがカイのエルフ観だ。
「くっ……やはりカイ殿の言う通り、一万ハラヘリが邪念なのか」
「いや待て、アリーゼが竜牛を育ててるのだって食べたいからだぞ」「つまり食べ物なら俺たちでも作れるって事か?」「色気より食い気って事か」「なるほど」「次は食べ物を作ってみようぜ」「「「よぅし!」」」
そして里の皆は再び瞳を輝かせ、木材に念を込める。
彼らの頭の中にあるのは食への執着。
純粋な食欲が木材の姿を変えていく。
「「「できた!」」」「……すげえ」
先程の像とはまるで違う。
本物と見分けがつかない、恐ろしいまでに精緻な食べ物の像だ。
が、しかし……カイは期待の眼差しを向ける彼らに言う。
「食べ物じゃあ一ハラヘリになるかも怪しいなぁ」
「「「そぉおおんなぁあああ」」」
あぁああああああしめしめしめしめ……
メリダの里、再び総がっかり。
本物を買えばはるかに安いのに、食べられない像に大金払う者はいないなぁ。
と、そんな事をカイが考えていると、ひょっこり現れる者がいる。
心のエルフ店アトランチス店の店主、ノルン・ルージュだ。
「うわぁすごい。こんな感じでメニューを作ればわかりやすいね」
「「「それだ!」」」
いわゆるメニューサンプルである。
「じゃあ作ってくれた人にはそのメニューをサービスしちゃうね。ハンバーグを作りたいひとーっ」
「「「はーいっ!」」」
メリダの里の皆がはいはいと手を上げる。
ノルンはてきぱきと担当を決めると待ってるねーと笑って店へと戻っていく。
心のエルフ店が提供するほとんどの料理の原価は一ハラヘリの半分にも達しない。
その程度の対価で皆にメニューサンプルを作らせるノルン。
幼くしてやり手経営者であった。
「くっ……幼くして魔性の女だぜノルンちゃん」「里の胃袋わしづかみだぜ!」「俺、大きくなったらノルンちゃんと結婚するんだ」「お前になんざ渡すかよ!」「ノルンちゃんは俺と結婚するんだ!」「いや俺だ!」「俺も俺も!」「これはメニュー像の出来映えで勝負だな」「望むところだ」
「「「ぬぅうううおおおお!」」」
ご飯に燃える心が木を美味しそうな形へと変えていく。
本物と寸分違わぬメニューサンプルの誕生だ。
「完璧だ」「まさにできたてジューシーご飯!」「まるで食べられそうだぜ」「いや、本当に食べられるんじゃないか?」「俺たちの執着が木材に美味を付加したというのか……食ってみよう」
ガツリ……
「痛い!」「口の中ケガした……」「血が、血が出たぞ……」
「当たり前だろ! 食うなよ!」
竜牛風味火山灰の二の舞になるぞとカイは叫ぶ。
そして彼らの言葉に首を傾げるのだ。
世界樹の守りに守護されたエルフが、この程度の事で血が出たのか?
と……
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
書店でお求め頂けますと幸いです。
誤字報告、感想、評価、ブックマーク、レビューなど頂ければ幸いです。





