14-4 カイ、商品見本市に招待される
「カイ様、ようこそ我がトニーダーク商会の商品見本市へ。このアルハン・ベルランジュ、カイ様にいらして頂き感謝の言葉もございません」
「……お招きありがとうございます」
「えう」「む」「ありがとうございます」
「「「ありがーとうございまーす」」」
「おお、奥様方にお子様方もようこそいらっしゃいました」
オルトランデル、広場。
商品見本市が開かれている広場の会場で、カイは深々と頭を下げるアルハンに何とも微妙な顔で頭を下げた。
アルハンの腰が低いのが、非常に気持ち悪い。
エルフになにか頼みがあるのか?
エルトラネの魔道具の融通か?
祝福ズのダメ出しか?
それともシャルか? ルーキッド様? バルナゥ? システィ? アトランチスかもしれないぞ? まさかイグドラとかベルティアとか言わんよな?
思い当たる節があり過ぎてカイが唸っていると察したのだろう、アルハンが手を振り答える。
「純粋に商売でございますよ。この催しはエルフと人間の交易が目的でこざいますので、エルフ商売の第一人者であるカイ様をお招きした訳でございます」
「ああ、そういう事か」
「ついでにカイ様と商会や商人との顔を繋いで恩を売る目論みもございます」
「ぶっちゃけたな」
「心を読めるカイ様に隠し事をしても良い事などありませんからな」
アルハンは飄々としたものだ。
心が読める相手でも、信用できれば付き合える。
アルハンのカイに対する信用は相当高いらしい。
まあ、カイとしてもアルハンが悪事を企んでいない限りは構わない。
カイはアルハンに案内され、商品見本市の場に足を踏み入れた。
「うわぁ」
カイは思わず立ち止まる。
商人達の熱気が、取引に賭ける思念が会場全体を包んでいる。
ものすごい熱気だ。
「すごいえう」「む。ハラヘリ執念すさまじい」「ルー、ここでは銀貨ですわ」
心が読めるとこれは何ともすさまじい。
そして例えは何とも情けない。
「まるでおあずけを食らったエルフ達のようだ」
「全くえう」「む。執念半端無い」「本当ですわ」
カイがそんなアホな事を言いながら目の前の人だかりに目をやれば、見知った顔が歩いてくる。
「カイ様、ようこそいらっしゃいました」
エルトラネの魔道具を卸す、フィーフォールド商会のダリオ・ルペーシュだ。
「魔道具を出品してるのか?」「はい。カイ様にはいつも良い魔道具を卸して頂き感謝の言葉もございません」
「へー、トニーダーク商会の見本市なのに出品してるのか」
と、カイが言うと何ともバツが悪そうなダリオだ。
「いやぁ、実は……我がフィーフォールド商会はトニーダーク商会に買収されてしまいまして」
「そうなの?」
「はい。今は我がトニーダーク商会の傘下でございます」
カイの問いにアルハンがにこやかに頷き、ダリオはあははと情けなく笑う。
「資本の桁が違いますからねぇ。そりゃもうあっさりと」
「うわぁ……」
恐ろしい金の世界だ。
「アルハン、お前良からぬ事を考えるなよ? 俺が面倒臭いからな」
「実をいいますと、それが買収の理由でございます」
「へ?」
カイが首を傾げる。
「フィーフォールド商会はまだまだ若く、血気盛ん。今は良くてもこれからどのような考えの者が現れるとも知れません。あんな事が二度と起こらないよう、今のうちに傘下におさめてしまおうと商会上層部が動いたのでございます」
「……いや、アレの原因はお前ら古参の商会なんだがな」
「ですから骨身に染みているのでございますよ。今後フィーフォールド商会が『我らは天罰を受けなかった』と、私どもと同じ事をしないとは限りません」
「まあな」
「我がトニーダーク商会は歴史も長く、さまざまな奇怪な出来事への対応蓄積もございます。転ばぬ先の杖でございますよ」
「なるほど」
さすが長い歴史を持つ商会。
商売をしながら様々な出来事に遭遇し、記録に残しているのだ。
それなら、アレの時ももっと慎重に行動してくれよ……
と、カイは思ったが神が天に還るという世界の激変などなかなかない。
いくら商会の歴史が長くとも、そんな記録はないだろう。
食への執着半端無いエルフと、どこにでもいるありふれた顔の駆け出し行商人カイを見たまんま評価した結果の悲劇であった。
「アルハン、魔道具はこれまで通りダリオに扱ってもらうからな」
未来の不安を理由に商売を取り上げるのは、さすがに理不尽だろう。
カイがそう言うと、アルハンはにこやかに頷く。
「もちろんでございます。魔道具はこれまで通りダリオ殿に任せよと上からも厳命されておりますし、私も関わってアレを見るのは二度とごめんですからな……そうだ。アレといえばカイ様、この祝福達の所業が今、各国で話題になっておりますぞ」
「……なんて?」
「あのくっそムカつく聖教国の連中が天罰を受けているらしい、と」
さすが聖教国。
周辺国からの嫌われっぷり半端無い。
「壁に隔てられた向こうから太鼓の音と共に『耕せー』という掛け声が響き、時折悲鳴が聞こえると。ざまぁみやがれあいつらと皆様絶賛で、王侯貴族の方々がこぞって見物にいらしているそうでございます」
「趣味悪いなぁ」
「それだけやられていたという事でございますよ。我がトニーダーク商会も何度煮え湯を飲まされた事か……聖樹様の枝を振り回しわめくガキ共め、ざまぁ」
さすが大商会。しっかり被害に遭っている。
アルハンの口調からすると被害額も相当だろう。
隠居したら壁の近くでざまぁと叫びそうな勢いだ。
そんなアルハンに胸を張る祝福ズ。
『我々も成長しましたえっへん』
『今や相手の尻を叩いて努力させる祝福なのです』
「努力して得られるなら祝福など必要ないではありませんか。またくっそ使えない成長をしましたなぁ」
『『がぁん!』』
努力で成り上がったアルハンはそんな祝福ズを一蹴するとカイに恭しく頭を下げ、一枚の紙を差し出した。
「これが会場マップでございます。商売の参考にいたしますので、気になる事がございましたらなんでもおっしゃってくださいませ。特に奥様方の忌憚なきご意見を承りたく存じます」
「肉えう」「焼き菓子」「ご飯ですわ」
「「「ごはんー」」」
「……食べ物以外でお願いいたします」
「えうっ!」「ぬぐぅ!」「ふんぬっ!」
「「「えーっ」」」
まあエルフだから仕方ない。
カイはアホなやりとりに苦笑してマップを見る。
「……食品コーナー、多いな」
「それはエルフ相手でございますから」
会場の八割が食品。
エルフ相手なら食品は鉄板だ。
これはアルハンもわかっている事だろう。
カイは残り二割のコーナーの場所を確認し、そっちに歩こうとして……
子らに服をつかまれた。
「ぱーぱ」「ごはんー」「いっていいー?」
「うーん、大人が一緒じゃないとなぁ」
「ミリーナが行くえう!」「む、ここはルーの出番」「私が行きますわ!」「えう!」「むふんっ!」「ふんぬっ!」
「……いや、お前らが行ってどうする」
さっきアルハンから「忌憚なきご意見を」と求められたばかりなのにご飯に夢中な妻達にカイがツッコミを入れると、人ごみから見知った男が現れる。
「俺が行こう」
「……お前、本当にどこにでもいるよな?」
「それはシスティに言え」
カイズである。
「ぱーぱずだ」「ぱーぱずー」「ぱーぱずわぁい」
「そうだぞーぱーぱずだぞー。さあご飯食べに行こうー」
「食べ放題の免状でございます。お楽しみ下さい」
「「「わぁい!」」」「わぁい!」
カイズはアルハンから食べ放題の免状を貰い、満面の笑みを浮かべながらひゃっほいと去っていく。
何か仕事があったんじゃないのか?
と、カイが現れた方向を見れば、どうやら二人で来ていたらしい。
もう一人のカイズが羨ましそうに子連れカイズを眺めている。
あとで交代してもらえ。
カイはカイズに念を飛ばし、ダリオに別れを告げて未練タラタラの妻達に後で食べに行くからと慰めて残り二割のコーナーへと引きずっていく。
カイの予想通り、残り二割は閑散としていた。
「……エルフが、一人もいねぇ」
というより、エルフは誰もいなかった。
「さすがエルフえう」「む。食べ物大ピンチ」「そうですわカイ様。私達もはやく食品コーナーで食べ物を確保しないと後悔する事になりますわ」
「アルハン、すまないが確保しておいてくれないか?」
「すでに別枠で用意してございます」
「アルハンいい人えう!」「なかなかのエルフたらし」「できるお方ですわ!」
「ありがとうございます。ささ、貴重なご意見をお願いいたします」
さすがアルハン、抜け目ない。
とにかく、これでのんびり見る事ができる……
「飽きたえう」「む。これにハラヘリはもったいない」
と、カイがじっくり歩いてみれば、すぐに飽きるミリーナにルーである。
「これは髪留めでしょうか……高っ! これは櫛……高っ!」
興味を持ったのはオシャレの人のメリッサくらいだが、あまりのハラヘリ値に悲鳴を上げている。
食事と比べて高すぎるのだ。
「お前ら、せめて食器くらいは興味を持ってくれ。食べ物繋がりだろ?」
「椀も匙も木を削ればいいえう」「む。木を育てるのも加工もおまかせ万歳」「そ、そうですわ。いくら美しくても千ハラヘリでは、千食分ではさすがに……」
「なるほど。エルフは現状、安価なものしか買わない、と」
「安くても作れれば買わないえうよ?」「む。自分で何とかする基本」「そうですわね。木で作られたものなら壊れても祝福で修理できますから」
「むむむむ……なかなか厳しいですな」
ぼやく妻達の脇でアルハンはしきりにメモを取り、唸っている。
カイはエルフな妻達に苦笑し、何か売れそうなものがないかと探して回る。
エルフはまだまだ食に夢中。
だからハラヘリを食べ物以外にはなかなか使いたがらない。
今は売れに売れまくっている歯磨き歯ブラシ石鹸も最初はお情けで買ってもらった代物であり、マナ節約に役立たなければ買い続けてはもらえなかっただろう。
食の他にハラヘリを使いそうなものは……
そんな事を考えながらカイが会場を回ると、ある品の前で目が止まる。
木彫りの女性像だ。
「うわぁ、えらく細かいなぁ」
カイは展示された女性像をまじまじと見た。
髪飾り、ネックレス、そしてイヤリングなどの装飾品はもちろん、髪の一本まで彫られたかのような細やかさだ。
木目がドレスの裾に流れる様が何とも美しく、女性の神々しさと艶やかさをより一層引き立たせている。
展示した商人がカイににこやかに頭を下げた。
「聖樹様でございます」
……姿形は全く違うが、そこは言わないでおこう。
『『イグドラは「やめれ」げふんげふん』』
ええいお前ら夢を壊すな。
この姿は作り手の信仰であり理想だ。
と、カイは祝福ズを止める。
本当の姿は植木鉢でのじゃーと騒ぐ幼女とか言っても仕方ないのである。
「木目とかも考えて彫られているのですか?」
「はい」
カイの問いに商人が頷く。
「まあ、人間には中の木目まではわかりませんから、経験からこのようになるだろうと姿を思い浮かべて彫り進めていきます」
「思い通りの姿になるものなのですか?」
「まさか」
商人が笑う。
「私共が精魂込めて彫り続ければ、木は私共が想像したよりもはるかに素晴らしい姿を現してくれます」
「そうなんですね。すごいなぁ……」
こういうの、エルフ達にはないよなぁ……
と、カイはエルフの里の今の姿を思い出す。
これまでの苦労もあって、エルフの皆は食に全振り。
服装も適当。家は心のエルフ店。
婚礼の儀式の時に多少の飾りがあったくらいだ。
「次はこういうものがいいかもしれないな」
「えう?」「む?」「ふんぬぅ?」
カイの呟きに妻達がまじまじと像を見る。
「木ならエルフも出来るえう」「む。ガッと作って祝福調整」「そうですわ。エルフならば自由自在でございますのに」
「ははは、さすがは森の人と名高いエルフの方々でございますな」
「いやいや、お前らのは適当に作った後でサイズ調整してるだけだろ。やり直しがいくらでも出来るじゃんか。それにこんな像、どの里でも見た事ないぞ」
「えう!」「ぬぐぅ!」「ふんぬっ!」
あぁ、エルネの里の家屋の適当な事よ。
祝福で隙間を埋めたり頑丈にしたりできるエルフだから適当な知識でも家が建てられるのだ。人間が同じ事をやったら隙間風半端無い上にすぐ倒壊だろう。
強力な祝福を持つエルフはまず祝福ありき。
便利だが適当さ半端無い。
商人はカイと妻達との会話に柔らかく微笑んだ。
「私共人間はそのような力を持つ者はほんのわずか。ですから彫る度に願い、喜び、そして嘆きます。わずかな彫りひとつで像が死ぬ事もあります。その時削り取った木の中に神が宿っていたのだと私共は考えております。神は細部に宿ると思っておりますよ」
「な、なるほど……」
「えう」「む」「ふんぬぅ」
商人の語った「神」という言葉に微妙な反応をしてしまう皆である。
カイは商人といろいろ話し、その像の購入を決めた。
木といえばエルフ。
食以外にも色々やって欲しいと思ったからだ。
「一万ハラヘリえう!」「むむむ一万ハラヘリ!」「一万、一万ハラヘリでごさいますか?」
「いや、普通に馬車とか家とか馬とか買ったらそのくらいするからな?」
「えうっ」「ぬぐぅ」「ふんぬっ」
シャル馬車、シャル家、譲り受けた馬。
マオに頼んで建ててもらった前の家。
全部タダもしくは物々交換。
いい加減ご飯換算から脱却しようぜと思うカイであった。
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
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