14-1 神様がはっちゃけない火曜日
『しばらく火曜日の祝福は、休みじゃ』
「……は?」
火曜日。
エルネの里、カイ宅。
異変は、イグドラのこの一言から始まった。
「なんだイグドラ、バカ神はどうした?」『がぁん!』
ええいうるさい。
もうすっかり出ずっぱりとなった祝福ベルティアに引っ込めと視線で語り、カイはイグドラに問いかける。
商店に特売日があるように、カイの毎週火曜日はカイ曜日。
ある時はアトランチスの手直しを行い、またある時はシャルに食わせたり世界樹の種に注いでいたりする祝福の日だ。
それが、なぜかしばらく休み。
カイも気になるってものである。
そんなカイに、イグドラは何とも言いにくそうに答えた。
『……マキナに遊びに連れていかれたのじゃ』「マキナ?」『ベルティアの師匠じゃよ』「あぁ、師匠にダメ出し食らったのか」『のじゃ。遊び慣れておらんからのぉ……』「なるほど」
そりゃ仕事で遊んでいたら説教くらいされるだろう。
世界を持つ神は、いわば地を耕す農家のようなもの。
農家が農地で遊んでいれば誰もが良い顔をしないだろう。
しかし独立したベルティアの所をわざわざ訪れダメ出しをしてくれるとは、面倒見の良い師匠だな。
この世界に助っ人も出してくれたし。
と、カイは思い、イグドラに呟くと……
「立派な師匠なんだな」
『のじゃ?』『『ええっ?』』
なぜか神の世界の皆から素っ頓狂な返事を受けてしまった。
『カイさん。マキナ先輩のような人間から昆虫まで鎖付きの首輪で振り回す神がお望みで?』「なにそのディストピア!」
『不機嫌になると世界を投げる神が立派な師匠というのは……ざんざん世界を投げられましたからねぇ。よく避けた私の本体!』「ホントに世界投げるんかい!」
『粘着半端無いのじゃ。今回も何かゴリ押してくるに違いないのじゃ』「ベルティアを助けたというより、手に負えなくなるまで放置してたと思ってるのね……」
三者三様のさんざんな評価にドン引きのカイである。
なにその師匠? ベルティアよりもよっぽど遊んでいるじゃないか。
というか、ベルティアが遊べなかったのはその師匠の常識外れっぷりが原因なんじゃないか……?
と、師匠は反面教師なのではないかとまで思ってしまうメチャクチャさにカイは呆れる。
「まあ、しかし遊びに慣れるというのは悪い事ではないな」
窓越しに広場で遊ぶ子らを見て、カイは呟く
子供の遊びはバカに出来ない。
ああ見えて、あれは大人になるための重要なステップだ。
遊びでもズルかったりひどかったりすれば仲間外れにされたり、ケンカになったりする。
子供にとって遊びは仕事と同じ。
遊びや学業を経て子供は他者や物事と接する経験を積み、分別をつけて大人になるのだ。
社会は人が作るもの。
そして人の関わりは人同士が繋ぐもの。
遊びでその距離感をつかみ、好かれる事や嫌われる事を肌で学ばなければ大人になって仕事でひどい目に遭う事になる。
そして大人の遊びは金と時間がかかるもの。
のめり込むと路頭に迷う。
遊ぶ事は、とても大事な事なのだ。
「で、もう一人のバカ神は?」『がぁん!』
『エリザはマキナから宿題を渡されてえうえう言いながら帰りおったわ』
ええい、お前もやかましい。
これまたすっかり出ずっぱりとなった祝福エリザに引っ込めと視線で語り、カイは少し考える。
ベルティアは遊び中、エリザは家で宿題中。
つまり……
「今、この世界の神はお前だけか?」『のじゃ』
「……大丈夫か?」『正直、余裕無いのじゃ』
「大丈夫かオイ!」『余裕無いのじゃ!』
いれば迷惑千万だが、いなければ不安。
それが世界主神ベルティア・オー・ニヴルヘイム。
心配で聞いてみたカイであったが予感的中。
余裕の無いイグドラだ。
『余も悠長に汝や子らやエルフにかまけておれなくなった。今はベルティアが諸々やってた直後じゃから何の不都合もないが、そのうち多少の不都合が起こるかも知れぬ。その時は汝にぶん投げる事もあるじゃろうが頼むのじゃ』
「えーっ……何が起こるんだよそれ?」『とんでもない事じゃ!』「多少の不都合じゃないのかよ」『知らぬ!』
何かはわからないが、ひどい事が起こるらしい。
ひどい事ってどんな事だとカイは考えるが、カイにわかる訳もない。
神の世界など知らないカイにそれを予測出来る訳がないのだ。
大丈夫か? こんな頼りない有様で。
しかし、すでにベルティアは遊び中。
今さらカイが言っても仕方がない。
カイはため息をつくと天井を見上げ、イグドラに告げた。
「まあいい。投げるのは俺に何とかできる事にしろよ?」
『のじゃ。忙しい故、今後はあまり相手できぬが寂しがるでないぞ?』
「お前がな」
『カトンボの子も余の子も頼んだのじゃーっ』
『仕方ありませんねぇ』『わぁい!』
イグドラには何だかんだと世話になっている。
それくらいの手助けはしても良いだろう。
できない事は、エルフやシスティやバルナゥやぶーさんにぶん投げよう……
と、カイがそんな事を考えながら会話を締めくくると、心配そうな顔の妻達だ。
「カイ、大丈夫えうか?」「む。カイはへなちょこ無理しない」「そうですわ。カイ様は普通の事を淡々とする事で輝くお方。神のような所業はカイ様には似合いません」
「まあ、できる事くらいはしてやるさ」
『大丈夫です』『私達に願えば一発』
「……はぁ?」
『『がぁん!』』
カイが祝福の言葉を聞き流すと、子らが家に駆け込んでくる。
「イリーナ、どうしたえう?」
「おそと、雨」
三人がプルプルと滴をはらい、イリーナがミリーナに言う。
どうやら天気が崩れたらしい。
「洗濯物が大変えう!」「むむそれは一大事」「みなさーん、雨ですよーっ」
『雨、いただきまーすっ』
ミリーナ、ルー、メリッサが洗濯物を干してある場所へと駆け、シャル家が枝葉を広げて雨水を食らう。
さて、俺は道具の手入れでもしておこうか……今日の予定はなくなったしな。
と、カイは立ち上がる。
イリーナ、ムー、カインが首を傾げた。
「ぱーぱ」「かようびなのに、おうち」「かようび、おやすみ?」
「そうだな、しばらく火曜はお休みだ」
「「「わぁい!」」」
カイの言葉にひゃっほいと踊る子らである。
思えば火曜日に行商。
最近はあまり家にいる事が多くないカイに、子らは寂しさを感じていたのだろう。
次は子らも行商に連れて行こうか……ぶーさんには悪いけど。
飛びつく子らを抱え上げ、子らの頭を撫でながら考える。
子らももう五歳。
色々なものを見せるのも良いだろう。
「あそんでー」「あそんでー」「あそぼ?」
「……そうだな。今日はみんなで遊ぼう」「「「わぁい!」」」
外は雨でも家はほっこり良い天気。
「じゃあ、何して遊ぶ?」
「すごろく!」「ぶーさんに、もらった」「やさしいぶーさん、だいすき」
「そうか。ぶーさんに貰ったのか。ちゃんとお礼言ったか?」
「「「うん!」」」
「ぱーぱ、さいころ」「ふる」「ふるーっ」
「よぅし、いくぞーっ」
あぁ、良い火曜日だなぁ。
と、子らと遊びながらカイは素直に火曜日の予定が空いたと喜んでいた……
厄介事が起こるまでは。
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