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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
4.飢えた、エルフが、やってくる
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4-8 飢えた、エルフが、やってくる

 ビルヒルトからランデルに続く街道は、避難民でごった返していた。


 よほど急いで逃げたのだろう。

 皆の荷物は少なく、表情は暗い。


「エルフが!」「エルフが追ってくる!」

「どうしてこんな事に……」


 呟く者、叫ぶ者が街道を歩く。


 そんな街道を、ランデルからビルヒルトへと走る馬車があった。

 馬車に示されたのは王国の紋章。

 風にたなびく旗は勇者級冒険者の証。


「勇者……」「勇者だ」

「王国の勇者がビルヒルトを奪還してくれるぞ!」


 逃げてきた人々はその紋章を見て安堵し、その旗を見て期待に瞳を輝かせる。

 ダンジョンを討伐し王国を守る勇者級の英雄譚は王国全土に響き渡っている。人々は国土の守護者に期待を込めて道を譲り、歓声を上げて見送った。

 彼らの帰る町、ビルヒルトが開放される事を信じて……


「……はぁ、こっちはエルフ無効装備だってのに、期待が重いわ」

「仕方ありませんよ。私達は勇者級冒険者なのですから。ふぅ……」

「あれをもう一度体験するのかよ……おいカイ、お前の剣貸してくれ」

「いいのか?」

「裏切る武器より安物の方がマシだ。ホラ、早くよこせ」


 カイは馬車の中で、勇者達のため息と愚痴を聞いていた。

 王女システィに聖女ソフィア、そして戦士マオ。

 狭い馬車の中、勇者級の三人が暗い顔で悪態と愚痴のオンパレードだ。


 エルフに一度殺された三人は集団としてのエルフの力と自らの武器の無意味さを死をもって体験している。

 愚痴を言いたくもなるだろう。


 しかしアレクは別だ。

 カイを信用しているからだろう、アレクだけは妙に明るかった。


「まあまあ、カイが何とかしてくれるから」

「はぁ……アレク、お前の無根拠な自信も困ったもんだな」


 相変わらずのアレクに、カイもため息をついた。

 アレクとの冒険で死ななかったのは死なない為に十分以上の準備をしていたからだ。

 用意も無く無謀な事をしていた訳ではない。


「大丈夫だよ、カイなら絶対何とかしてくれる」

「「うるせえ黙れ」」「えーっ」


 カイと戦利品のカイ……紛らわしいのでカイツーという呼称になったが……が同時にアレクの頭を小突く。

 はるかな高みに行ってしまった戦友は相変わらずのぶん投げっぷりだ。


 まあ、エルフなら何とかなるだろう……


 カイは馬車に揺られながら考える。

 相手がエルフならかなり確実なプランは思い付く。

 強くてもエルフ。幸いな事に物資も備蓄済みだ。


 しかし、出来れば使いたくはないな……


 これを提案した時の皆の反応がカイは恐い。

 ここまで期待させた分、反動はかなりのものだろう。


 カイは使わずに済みますようにと願いながら街道を進み、馬車は峠にさしかかる。

 峠の近くにはもう避難する人々の姿は無い。

 逃げ遅れた人々の苦難を思いカイは静かに黙祷した。


 峠を越えると街道は盆地へと下り、さらに峠を二つほど越えた先に森に沈んだ都市ビルヒルトがある。

 状況が不明な今、とりあえず峠から先を見ようとカイ達はここまで来たのだ。


 エルフがこちらに向かっているのか、向かっているならどこまで来ているのか。

 それによって手段は変わる。


 来ていなければベスト。

 峠から見えなければベター。

 ワーストはこの峠を越えたら見える事……


 ヒヒーンッ、ガクン。


 馬のいななきと共に急に馬車が止まる。

 カイは嫌な予感がした。


「どうしたの?」

「も、森が……森が、動いてます」

「何ですって?」


 システィの問いに御者がとんでもない答えを返す。

 慌てて出て行くシスティ達を見送りながらカイは深くため息をつき、最後に馬車を降りた。


「うわぁ!」

「なんだありゃ!?」


 アレクとマオが叫ぶ。

 御者の言う通り、彼方で森が動いていた。


 いや、違う……


 カイは目をこらす。

 動いているのではなく、生長しているのだ。

 植物の異常生長。エルフの呪いだ。


「森が、こっちに向かって来るわ!」

「エルフが向かって来ています!」


 システィとソフィアも叫ぶ。

 生長した樹木を手前の樹木が生長して隠していく。

 ソフィアの言う通り、エルフがこちらに向かって来ているのだ。


「アーの族だな」


 カイが呟く。

 樹木の生長が草より上な事からハーの族のハイエルフでは無い事がわかる。

 風の魔法が時折見える事からダーの族のダークエルフでもないだろう。

 おそらくミリーナと同じアーの族のエルフだ。


 数はわからないが生長範囲の広さから相当数が移動している事はわかる。

 廃都市オルトランデルがエルネ一つで森の底なのを考えると同じくらいの数だろう。


 ……これは、駄目だ。


 カイはため息をつく。想定した中のワーストだ。


 今はまだ盆地の反対側だが明日には峠にたどり着く。

 街道に分かれ道は無い。

 エルフはランデルに行き着くまで止まらないだろう。


 システィとソフィアは詳しい情報を集めるために遠見と探査の魔法を発動し、アレクは邪魔な草木を聖剣に食わせた後、馬車を反転させる手伝いに向かう。


「カイツー」

「……仕方ないな」


 カイとカイツーは頷き合って動き出す。

 さすがはダンジョンの主の戦利品。以心伝心だ。


 カイは馬車の荷物を取り出し、カイツーはマオに頼んで樹木を切り倒してもらう。

 荷物と適当な樹木を手にしたカイとカイツーは樹木を輪切りにして台を作り、椀を置き、その上に菓子を盛る。


「アレク」

「鍋だね!」


 それが終わるとかまどを作り、アレクの宝物の大鍋を置き、携帯食料をありったけぶっこむ。

 燃料は贅沢に手持ちの木炭全部。

 足りなければ枯れ木でも調達する事にする。

 そして追って来ているだろう、三人の一人をカイは呼んだ。


「ルー、水」

「む。そしてキノコどうぞ」


 木々の間から呼ばれたルーが現れ、鍋に水を満たしてからポコポコとペネレイを生やす。

 カイは丹念にそれを抜いて鍋にぶっこみ、さらに塩を適量。

 煮込みの準備を終えたカイは魔炎石を全部カイツーに渡し、言った。


「まかせた。俺だから大丈夫だとは思うがヤバイと思ったら逃げろよ」

「わかった」


 次に三人を呼ぶ。


「ミリーナ、ルー、メリッサ」

「えう」「む」「はい、カイ様」

「里の皆に頼みたい事がある。祭りの予定地に集めてくれ」


 状況は最悪。

 この手は使いたくなかったが仕方無い。


「それが終わったらここでカイツーと一緒に足止めを頼む。一杯くらいなら食べていいからな」

「いつもの取ってこいえうね?」「むむ、新たなパターン」「カイ様のためならいくらでも、いくらでも食べますわ」

「いや、あまり食うなよ? あとはカイツーの指示に従ってくれ」


 カイツーはカイと繋がっている。

 だからカイツーの考え方は常にカイと同じであり、カイの現状も常に理解している。

 願ったアレクの願望が混ざっているのが玉にキズだがとんでもない性能の魔道具であった。


「あったかご飯えう!」「むむ、ダッシュ超ダッシュ」「ではカイ様、行ってまいります」


 ミリーナ、ルー、メリッサはすぐに自らの里に向かい走り出す。

 少しの時間の後、カイツーが魔炎石にマナを注ぎ込んでかまどに火を点けた。


「カイツー、ここはまかせた」

「カイ、頼むぞ」


 かまどに揺れる火を確認して、カイは勇者の四人に遅れて馬車に乗り込んだ。

 馬車がランデルに向けて動き出す。


 馬車の中では調査を終えたアレクら四人が固唾を飲んでカイの一挙一動を見つめ、その言葉を聞き逃すまいとしている。


 アレクは無条件の信頼。

 役人に頼んだ対エルフの装備が届かなかった三人はもはや為す術が無い。


 非常に不本意ではあるが、全ての決断はカイに委ねられたのだ。


 カイは頭を垂れ、深くため息をついた。


 カイはわが身が大事な小心者である。

 そして誰かが不幸になるのを黙って見ている事の出来ない小心者である。

 不幸になった姿を見て知らん振りできない小心者であり、さらに恨まれるのも嫌な小心者であった。


 深く、深く息を吐き出して……ようやくカイは顔を上げる。

 死なない範囲で自らを犠牲にする覚悟を決めたのだ。


 ランデルに向かう馬車の中、カイは皆に言った。


「もうなりふり構っていられない。力を貸してくれ」

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