13-18 祝福ズ、聖教国に君臨する
聖教国。
今からおよそ二千年前、聖樹教教祖がイグドラから世界樹の枝を授けられて始まった聖樹教の聖都ミズガルズを守護するために建国された七つの国家だ。
世界樹の枝による祝福を受け、エルフを支配し繁栄を続けた聖教国。
しかしイグドラが天に還り、世界樹の枝が失われた事で祝福を失った聖教国はエルフに祝福を求め、カイがエルフを逃がすと隣国に失った富と力の穴埋めを求めて戦を起こし、ぺっかーに土下座したミスリルの壁によって封じられた。
その中でおとなしく地を耕して暮らせ。
神に見捨てられ、エルフに逃げられ、あったかご飯の人に封じられた聖教国。
そこに今、新たな祝福が舞い降りた。
『耕せーっ!』『耕せーっ!』
祝福ベルティア、祝福エリザ。
祝福ズである。
ドドン、ドドン。ドドン、ドドン。
見渡す限りの畑に太鼓の音が鳴り響き、人々が音に合わせて鍬を振るう。
太鼓を叩く者は……いない。
祝福ズが力を使い、太鼓のばちを動かし叩いているのだ。
「あの力で地を耕してくれよ……」「全くだ」
『そこの人、無駄口叩かず耕せーっ!』『耕せーっ!』
「ちっ……」
人々がそう思っても、祝福ズは気にしない。
労働を強いる『祝福』
初めは抗った者も尻を叩かれ続けて屈し、今では悔しげに顔を歪ませ地を耕している。
女性の姿をしていても祝福は強烈。
人はただ従うしかないのだ。
「よ、ようやく終わった」「手の皮が剥けて痛い」「疲れた」「休ませてくれぃ」
そうして見渡す限りの畑を耕した人々に祝福が与えるのは、種だ。
『種を蒔けーっ!』『種を蒔けーっ!』
ドドン、ドドン。ドドン、ドドン。
太鼓の音が響き、人々は耕した畑を種を手に歩く。
作られた畝に指で穴を作り、種を一粒落とし、そして埋める。
指で穴を作り、種を一粒落とし、そして埋める……
腰を曲げ、延々とそれを行うのはなかなかの苦行だ。
『手を抜くなーっ!』『優しく扱えーっ!』
祝福ズの監視のもと、人々は腰の痛みに耐えながら丹念に種を植える。
そうして種を植え終えればすでに日はとっぷり沈み、あたりはすっかり暗闇だ。
『食って寝ろー!』『たらふく食えー!』
人々は列に並び、祝福によって煮込まれた食事をたらふく食べる。
そしてようやく畑仕事から解放された人々は畑脇に立てられた掘っ立て小屋に雑魚寝するのだ。
「なんだこれは」「まるで奴隷のようだ」「もう疲れた……」
人々は口々に祝福を呪い、たらふく食った腹をさすりながら眠りにつく。
かつての栄華は町に姿を残すのみ。
腹一杯食えるだけ幸せ。
それが今の聖教国だ。
人々は恨み辛みを吐きながら作物を育て、実りは祝福ズが全て奪って人々に食事を作る。
そんな事を続けて二十年。
祝福ズは人々に、もう実りを奪わないと宣言した。
『あなた方の作った作物はあなた方のもの』『これからのご飯は自ら好きにお作りなさい』『そのための実り』『そのための畑です』
祝福ズはそう言い残し、人々の前から姿を消した。
人々はあっけに取られながらも喜び、田畑を耕し実りに笑う。
しかし、社会は畑を耕すだけでは動かない。
道を作る者も必要なら家を建てる者も必要。
天候に恵まれなかったり、獣害、災害に見舞われた不幸な者もいる。
そんなこんなで二十年。
社会に不便や不幸が影を落とし始めた頃、また人々の前に祝福ズが現れた。
『世の中には様々な事が起こります』『不便や不幸に食や力を注ぎなさい』『不便や不幸は幸福を集めて埋めるのです』『レッツ幸福集め』
祝福ズは家々の実りを少しずつ奪って災害に遭った者に分け与え、人々の尻を叩いて災害で荒れた畑を直させ、堤防や街道、ため池などを作らせる。
より多く尻を叩かれた者が尻を叩かれまいと率先して動き、やがて長となる。
そんな事を続けて二十年。
祝福ズはまた人々に宣言した。
『今後はあなた方で行いなさい』『叩かれた尻の痛みを忘れないように』
祝福ズはまた言い残し、人々の前から姿を消す。
人々は戸惑いながらも集落をまとめ、畑を耕し、家を建て、道を作る。
そして近隣の集落と交易を始め、どちらかが不作に見舞われれば多少の融通をする関係ができあがる。
そんな調子で二十年、人々が祝福ズは去ったと思い始めた頃……
また祝福ズが現れた。
『この者は立場を利用しズルをした』『よって尻叩きの刑に処す』
バシーン! バシーンッ!
集落に尻叩きの音と罪人の悲鳴が響き渡り、人々は祝福ズの支配を思い出す。
『私達はいつでもあなた方を見ています』『解放されたなどと思わないように』
『『清く、正しく、美しく』』
そう言い残して祝福ズは消えていく。
常に、見ている。
人々は祝福ズに戦慄し、自らの甘えを正す。
こんな有様が国中の集落で行われていく中、夜に畑を見回る者が祝福ズを目撃した。
『ここの畑を耕す者は淡々と努力しておりました。ですから少しだけ祝福いたします』『ここの畑も』『ここの畑もそれなりに』……
夜更けに祝福ズが畑を回る。
その手からあふれるのは、人々が欲してやまない祝福だ。
「ベルティア様! エリザ様! もっと大きな祝福を!」
しかし祝福はあまりにか細い。
それを目撃した者はもっと大きな祝福をと祝福ズに懇願し、そして断られるのだ。
『ダメです』『ダメ』
「なぜです!」
『大きな祝福は人を甘えさせ、狂わせる』『だから私達が祝福するのは自ら考え、動き、足掻く者』『それもちょっとだけ』『だから大きな不幸は防げない』『不幸を防ぐのはあなた方の努力』『不幸から立ち直るのもあなた方の努力』『私達はいずれ去る』『それまでに自らの努力を祝福としなさい』
『『祝福は己の内にあるのです』』
祝福ズは見た者にただ笑い、消えていく。
「……どうして、祝福を与えてはくれぬのだ」
見た者は悪態をつきながらも鍬を振るい、家畜を育て、物作りに邁進する。
前に進む努力を続ければ、か細くとも祝福が得られる事を知ったからだ。
夜更けの祝福の話は人々の間に広がり、人々は努力を続ける。
姿は見えずとも、そこに祝福はある。
時に災害に見舞われても、助け合い前に進む限り我らは祝福される。
考え、足掻き、間違え、正し、前に進む。
そして、さらに三十年の時が過ぎ……壁の外に出られる日がやってきた。
壁に出来た門から現れた外の国の使節との交渉の結果、国交が樹立されたのだ。
「ついに……」「ついにこの日が来た」「我らは、自由だ!」
壁は今もそこにある。
しかし、もう彼らの往来を阻む事はない。
今や聖教国は異界にもエルフにも頼らない、自らの足で立つ国だ。
地を耕し、家畜を育て、物を作り、時には攻めて来る異界と戦う普通の国家だ。
そして門が人々に解放されたその日、三十年振りに人々の前に祝福ズが現れた。
祝福ベルティアに祝福エリザだ。
『皆、よく頑張りました』『立派な国となりました』
祝福ズの言葉を、人々はひれ伏し静かに聞いた。
抗う者も、呪う者も、アテにする者ももういない。
ただ、導きに感謝するのみだ。
『私達の役目はここまでです』『願いは叶えられました』
『『それでは』』
ざばぁ……
人々の目の前で、祝福ベルティアと祝福エリザが役目を終えて水となる。
そして雨となって人々に降り注ぐ。
人々は掌でそれを受け、集めて一つの小瓶に注ぐ。
それは彼らの新たな神。
ほんの少しの祝福しか与えてくれない、自らの力で歩む事を教えてくれた神だ。
『厳しくも優しい、建国の母』
そう記された小瓶は、今は神殿となった聖教都ラジュベルの聖なる円卓に静かに置かれている。
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