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13-17 イグドラ、怠け者に説教する

「我らに聖樹様の枝をお授け下さい!」

『はぁ?』

「……駄目か」


 グランボース聖教国、ガルダーノ領地下。

 聖なる円卓の者達が聖教都ラジュベルを出発してから、およそ一週間。

 彼らは何度目かの願いを祝福に聞き流され、大きくため息をついた。


「……我らの願いはまだ大き過ぎるという事か」


 彼らは無言で祝福から大きく離れ、こそこそと会話を始める。

 祝福に下手な事を聞かれて叶えられては大変だ。

 祝福は彼らの頼みの綱。

 無駄な願いで潰されてはたまらない。


「聖樹様の枝は神の一部。さすがに無理なのだろう」

「それにしてもあったかご飯の人も排除できぬとは……聖教国が長い歴史の中で獲得した大量のミスリルや魔道具すらも取り戻せぬとは情けない」

「そこまで大した祝福ではないのかもしれぬ」

「それでは、どこまで願いを下げようか」

「異界をねじ伏せられる武器、とかは?」

「それは願いが小さすぎる」

「その通り。願いは少しずつ下げて行くべきだろう」


 聖樹様の再降臨。聖樹教、聖教国の復権。世界の過去への巻き戻し。あったかご飯の人の排除とその所業の無効化。世界樹の枝を授ける……

 彼らの願いは祝福に全て聞き流された。


 しかし、祝福は今も健在。

 そして地下はしっかりと兵達に守られている。

 願いが邪魔される事はない。


 地上では地主のガルダーノは田畑を踏みにじる兵にご立腹だろうが、彼らの知った事ではない。

 この願いさえ届けば全てが変わる。

 過去の栄光を、その一部だけでも取り戻す事ができるのだ。


「よし、次の願いはこれでいこう」

「……そろそろか」「?」「いえ、こっちの事です」


 しかし彼らが願いを議論している間にも、彼らの願いを潰すアレは近付いている。

 彼らが次に言うべき願いをまとめて再び祝福と対峙したその時、壁をすり抜けて同じ顔の祝福が現れ祝福に頭を下げた。


『お引き取り下さい』『願いは叶えられました』


 ざばぁ……




「「「……」」」




「「「ああぁああああああ!」」」




 唖然。そして絶叫。

 彼らの目の前で祝福が崩れ、頭を下げた祝福が壁に消える。


 後に残るのは聖なる円卓の者達と、祝福だった水たまり。

 そして願いを消す祝福に合わせて彼らをここまで案内したカイズだ。


 もう少し控え目な願いを言っていれば、叶えられたかもしれないのに……

 いや、その場合はイグドラが止めていただろうな。


 絶望して叫ぶ彼らを見つめ、カイズは己の身を隠す。

 カイズの仕事はここで終わり。

 後は彼らが今もすがる『神』の仕事だ。


『いつまで、甘えておるのじゃ!』

「「「ぎゃっ……」」」


 雷鳴のような怒号に、彼らは飛び跳ね転がり伏せる。

 地下室を木霊する怒号が静かになった頃、伏せていた彼らの一人が恐る恐る顔を上げ呟いた。


「な、何者……?」

『余はイグドラシル・ドライアド・マンドラゴラ。汝らに聖樹様と呼ばれた者よ』

「おぉ」「願いは届いていたのだ……」「聖樹様!」「我らが神!」

『何の証も無く信じるなたわけ共!』

「「「ぎゃっ……」」」


 再び怒号が地下室を揺らす。

 カイはアトランチスからの腐れ縁だが、彼らは初めて会う神だ。

 イグドラがぶん投げた木っ端屑、世界樹の枝を介してしか繋がりのなかった彼らが声だけで神とわかる訳がない。


「ち、違うのでございますか?」

『……違わぬ』


 しかし、それをどうこう言うのも馬鹿らしい。

 イグドラは情けない、本当に情けないと呟きながら厳かに告げた。


『汝ら、皆と同じく鍬を手に地を耕すが良い』

「は?」


 イグドラの言葉に彼らは首を傾げる。


『地を耕し、種をまき、育て、実りで腹を満たすが良い。それが今の人のあり方。汝らが積み上げるべき人の世界じゃ』

「そんな!」「我らをもう一度祝福しては下さらぬのか!」「我らに祝福を!」「あの栄華を、再び我らに!」

『そんなものは、もはや無いのじゃバカ者共!』


 三度イグドラの怒号が地下室を揺らした。


『何をヘソで茶を沸かすような事を言うておるか。汝らの教祖に枝を授けてからの二千年は汝らと余の都合がたまたま合わさった幸運に過ぎぬ。互いに袂を分かつ時が来た故に余は去った。それだけの事』

「我らをお見捨てなさったのか!」

『十分な褒美は残しておったじゃろう? 余が去った事を知りながら生き方を改めず、無駄に食い潰したのは汝らじゃ』


 イグドラはにべもない。


『もう良い。あとは汝らの好きにせい。耕すのが嫌ならそこで朽ちて果てるか同胞と争い殺されるが良いわ』

「聖樹様!」「お待ちを!」「お待ち下されええぇえええっ!」


 四度目の怒号は響かない。


 イグドラは去った。


 残されたのは絶望に転がる聖教国の重鎮達。

 神にすがり続けた者達だ。

 そしてそれを隠れて見つめる者達。

 システィ、ソフィア、カイ、そして祝福ズだ。


「お前ら、よく見ておけ」


 地に伏した彼らを見つめ、カイが祝福ズに語る。


「あれが祝福にどっぷり浸かった者の末路。祝福の力を自らの力と勘違いした者の悲哀。努力せずに月日を無駄に過ごした者の絶望だ」


 聖樹教の始まりの者であった教祖は苦労しただろう。

 ソフィアのような異界と戦う回復魔法使い達も大小様々な苦労があったはずだ。


 しかし確固たる地盤が作られた後、恩恵だけを貪った者はこのザマだ。


 彼らは自らが努力せずとも恩恵を受け、それが当たり前だと思った者達。

 恩恵を受けるのが当たり前で、ない事をおかしいと思う者達だ。

 そして失って数年過ぎてもおかしいと思い続けるどうしようもない者達だ。

 鍬を手に地を耕し現実と戦い始めた者とは違い、神に見放された甘ったれだ。


「お前達がしようとしている祝福はこんな奴らを増やしていく事なんだよ。長い目で見れば問題ばかりを残す、祝福とは名ばかりの災厄なんだよ」

『『なるほど』』


 だから去れ。


 と、カイは言いたかったのだが……そこは祝福ズだ。

 そんな事を聞き入れる訳がない。


『つまり、尻をひっぱたいて頑張らせれば良いのですね?』

『なるほどスパルタですか』

『『カイさん、さすがです』』

「……お前ら、どうあってもこの世界に居残ろうとするんだな」


 ああもう、面倒臭い祝福だ。


 カイが頭を抱える中、祝福ズは伏せたままの彼らに近付いていく。


「神よ、我ら聖教国に再び栄華を、繁栄を……」

『『あなたの願いを叶えましょう』』

「は?」


 祝福ズは自信満々に頷き、彼らに語り始めた。


『まずは実現へのプランニングです』『繁栄にはまず献身。貴方が身を粉にして働く事です』『大丈夫、可能です。あなたが死ぬ気で五十年位頑張れば願いの一割位はたぶん可能』

「「「え?」」」


 彼らの疑念を聞き流し、祝福ズは語る。


『繁栄とは共栄』『無駄な争いは避け、互いに栄える道を探る事』『誰かに何かをして貰おうと思うなら、自分はそれ以上の何かをしてあげなければなりません』『まずは田畑を耕しましょう』『そして実りに笑いましょう』『そして実りに困っている者がいたら、分け与えてあげましょう』『与えて欲しくばまず自分から』『そうです。まず貴方達が鍬を手に地を耕す必要があるのです』

「「「ええっ?」」」


 彼らの驚嘆をこれまた聞き流し、祝福ズが彼らの肩をむんずと掴む。


『ひ弱な体ですが大丈夫』『辛いでしょうがすぐに慣れます』『自身の体を信じましょう』

『『願いは受理されました。拒否権はありません』』

「「「ええーっ……」」」

『『私達は全力で応援させて頂きます。がんばーれ、がんばーれ』』


 祝福ズが彼らを引きずり去っていく。


 兵達は抵抗するが、相手はバルナゥでも勝てない神の祝福。

 皆、何もできないまま地上へと連行だ。

 彼らは祝福ズの応援という名の強制のもと、鍬を振るう事だろう。


 まあ、エルフをこき使ってた分くらいは働けお前ら。


 カイは心で彼らに告げる。


「私も何か言いたかったけど、まぁアレはアレでいいか」

「そうですね。きっと祝福の指導のもと、聖教国を育て上げてくれる事でしょう」


 システィもソフィアも祝福ズの成長に苦笑い。 


「また、何とも面倒臭い祝福になったものだなぁ」

『『がぁん!』』

「ひっこめ」


 そしてカイは、成長した祝福ズに頭を抱えるのであった。

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世界樹エルフ
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