13-14 それは一体、何年前の爪の垢だよ?
「おーいカイ、父さんがお前に用があるそうだ」
「は?」
エルネの里、カイ宅。
カイは久しぶりに、カイスリー経由で実家から連絡を受けた。
そういえばここ最近、慌ただしくて里帰りしてなかったなぁ……
と、カイは心で親兄弟に頭を下げる。
ミリーナ、ルー、メリッサは孫を見せに里や実家を巡っているが、カイは実家にあまり顔を出していない。
親からあまり求められていないからだ。
カイの実家はエルフ巡礼の聖地。
つまりカイズとシャルがいる。
カイズはカイの人格と姿をコピーする戦利品。
ぶっちゃけカイと変わらない。
カイズが色々報告してくれるから、カイが家に住んでるみたいだわぁ。
と、カイの母が言うくらいだ。
今のカイが独身時代より安全で、メチャクチャ大変なのは親も良く知っている。
そんな感じだから妻達に孫に会わせてと言ってもカイに戻って来いとはあまり言わない。
便利だが少し寂しい親子関係である。
しかし、今回はカイ本人に用があるらしい。
「何の用なんだ?」「バカ神共の爪の垢案件だ」「……あぁ、バカ神共か」
『『がぁん!』』
「ひっこめ」
『『願いは叶えられましたざばぁ……』』
言われたくなかったら、せめて勝手に出て来るのをやめやがれ。
カイは身支度をしてシャル馬車に飛び乗り、しゅぱたと実家へ駆ける。
それにしても爪の垢は以前処分を願ったはずなんだが……
アトランチスの地の底みたいな案件があるのか?
アトランチスに存在するなら故郷にあってもおかしくないが、何年前の爪の垢だよそれは?
『ついたーっ!』
カイの実家はエルフのどの里よりもエルネの里に近い。
シャルが駆ければあっという間だ。
いろいろ考えているうちに到着したカイは、シャル馬車の扉を開いた。
「父さん」「おお、カイか」
家の前でカイは父ロランと再会。
そして周りの巡礼エルフが歓喜に叫ぶ。
「あったかご飯の人!」「ハラヘリ神!」「本物だ!」「今日は伝説の煮込み過ぎご飯の日!」
「忙しいからカイズにやってもらえ」
「「「そんなーっ!」」」
あぁあああああしめしめしめしめ……
がっかりしているエルフ達には悪いが、悠長にご飯など作っている余裕はない。
カイは父とともに実家に入り、家族と再会した。
「カイ、元気してた?」「母さん、久しぶり」
「カイ、相変わらず忙しそうだな」「大変か?」「ブルック兄さん、グラン兄さん、まあ何とかやってるよ」
「カイ叔父さん、お久しぶりです」「ディーか。大きくなったな」「えへへ」
「カーイおひゃーん」「おー、ギーシェ。お前も大きくなったなぁ」
「もう三歳になります。我らがあったかご飯の人、そしてハラヘリ神よ」「……フィーレット義姉さん、その呼び方はやめてください」「あら、ごめんなさい」
「ハラヘリ神、ハラヘリ神ーっ!」「アン姉、勘弁してくれ」「あはははは」
長兄ブルックとその妻アンの息子ディーももう十一歳となり、農作業で日焼けの似合うわんぱく少年。
次兄グランとエルフの妻フィーレットの息子もすくすくと成長している。
皆は笑った後で席に着き、父ロランが説明を始めた。
「事の起こりは少し前。フィーレットが夢の告げを受けた事から始まった」
「……イグドラか」
カイの言葉にフィーレットが頷く。
「『畑に現れた者が願いを聞いて来るじゃろうがお引き取りくださいと返すのじゃ。下手に願った場合、汝らの命は保証出来ぬぞ』と、夢で告げられたのです」
「イグドラ、お前も苦労してるなぁ……すまん」『のじゃ』
イグドラを労うと共に爪の垢の恐ろしさに戦慄するカイである。
カイが農作業を手伝っていたのはランデルの商家で働く以前の事。
二十年以上昔の爪の垢が今でも爪の垢と認識されているのだ。
「イグドラ」『何じゃ?』「これ、当然聖教国でも発生してるよな?」『そのあたりはシスティと余が何とかしとる。あの女はさすがじゃのぅ』「そうか」
祝福ズ対ぺっかー土下座ミスリルとか、かいぶつだいせんそう並のはっちゃけだ。
そんなのをアトランチスやビルヒルトのような僻地以外で行うなど、ひどい未来しか見えてこない。
まあ、システィならうまくやるだろう。
そして困った時はしれっと俺にぶん投げてくるだろう……
カイは判断をシスティにぶん投げて、父に話の続きを促す。
「我らはフィーレットの告げに従いうちの畑に現れまくった女性にお引き取りを願い、事無きを得たのだが……あれは一体、何なのだ?」
「あぁ……この世界のバカ神共だよ」
『『がぁん!』』
「出て来たのってこいつらだよね父さん?」
「ああ、そいつらだ」
またまた知らぬ間に出て来た祝福ズが勝手にショックを受けている。
カイは知った事かとスルーして父ロランに一通りの説明を行うと、父は呆れて呟いた。
「カイズにも良く言っている事だが……お前の人生はメチャクチャだな」
「まったくだよ父さん。これから現れる事は無いかもしれないけど、どこかでこの顔を見たらお引き取り願ってくれればいい。下手に願うと告げの通り、本当にすごい事が起こるから」
『『えっへん』』「ほめてない」『『がぁん!』』
またまたショックを受ける祝福ズだが、カイはまだまだ言い足りない。
「つーかお前ら、爪の垢をちゃんと回収しろよ。そう願ったじゃんか」
『願った時にはもう爪の垢ではなかったので』『願いの範疇外ですよね』
「……くっそ使えない祝福だなぁ」
『『がぁん!』』
カイもアルハンにつくづく同感だ。
「いったいどこまで広がっているんだよ俺の爪の垢は。お前ら、どこにお前らが出ているかを調べてくれよ」
『『願いは叶えられました』』
ざばぁ……祝福ズが崩れ、魔道具に変化する。
「これは……地図?」
『祝福ズの位置を示す世界地図じゃの』
アトランチス、聖教国、そしてランデルにビルヒルトとおぼしき場所に光点がたくさん輝いている。
これが祝福ズなのだろう。
驚くのは光点が故郷を流れる川に沿って輝き、そのまま海に達している点である。
ここで農作業をした際の爪の垢が雨によって川に流れ、海にまで達しているのだ。
大洋のど真ん中で輝いているものまである。
これは漂流しているのか?
それとも鯨か何かの腹の中か?
そんなのでも爪の垢扱いなのかよ信じられん。
「イグドラ……俺の爪の垢はいつまで爪の垢なんだ?」『知らぬ!』「おい……」
爪の垢が……俺の爪の垢が世界を巡ってるぞおい。
カイは唖然として、そして手袋を外して水に浸ける。
面倒臭いから祝福ズに何とかしてもらおうと思ったのだ。
『『貴方の願いを叶えます』』
「お前ら、世界中の爪の垢祝福にお引き取りを願ってこい」
『『なるほど。お引き取り下さい』』
祝福ズは頷くと、互いに向かいお引き取りを願った。
『『む、お引き取り下さいと願いましたが?』』『『お引き取りしませんね』』『『これは実力行使?』』
「お前ら同士で願ってどうする!」
実力はあっても頭が固い。
逐一説明せんといかんとはバカだ。こいつらやっぱりバカだ。
「お前ら以外の祝福ズに願うんだよ!」『なるほど。では私は東周り』『私は西周りで』『『それでは行ってきます』』
カイの言葉に祝福ズは頷き、互いに別方向へと跳んでいく。
地図の光点が近隣から消えていく。
二、三日で全ての祝福ズにお引き取り願えるだろう。
「何も起こらなければいいんだが……」
というか、今まで良く被害がなかったな。
特に聖教国。
カイのぺっかーに閉ざされたあいつらは、まだ諦めていないはずだ。
知れば必ず、ろくでもない事を願うだろう。
『大丈夫じゃ』
しかしイグドラはのん気なもの。
「なんでだ?」
『余とシスティで何とかしておったからのう。システィはしたたかじゃ。そして余も協力しておる。汝にもこれから協力を願うつもりじゃった』
「……何やってるんだよ?」
カイは首を傾げ、イグドラは笑う。
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