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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
4.飢えた、エルフが、やってくる
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4-7 ランデル領主、憤慨する

「沈んだ? ビルヒルトが森に沈んだ? 本当か?」

「は、はい。先ほどビルヒルトからの使者が救援の要請をと訪れまして……」


 ランデルの領館、執務室。

 現ランデル伯爵、ルーキッド・ランデルは報告を聞くと椅子から立ち上がり叫んだ。


 ビルヒルトはランデルの王都寄りの大都市だ。

 オルトランデルがまだランデルであった頃は今のランデルのように小さな町であったが、百余年前にオルトランデルが森に沈んだ時から代替都市としての機能を持ち始めて今に至る。


 ランデル領を受け継いだルーキッドからすればビルヒルトは不幸に付け入り富を奪った泥棒だ。

 ランデルから王都方面の利権はほとんどビルヒルトに奪われ、辺境方面の利権は全てルージェに奪われた。


 発展したビルヒルトとルージェに挟まれ繁栄の目が無くなったランデルはこの二つの領主を妬み、吐き出した恨み辛みが子へ、そして孫へと受け継がれている。


 現領主のルーキッドも親からさんざん聞かされている。

 だからこの報告に陰湿な喜びを禁じ得ない。他人の不幸は蜜の味なのである。


 ざまあみろ。


 ルーキッドは心の中であざ笑う。

 しかし他人の不幸をいくらあざ笑っても自分が幸福になる訳ではない。

 ルーキッドは頭を振り、ランデル領の未来に頭を切り替えた。


 これはオルトランデルと同じくエルフの仕業。

 ビルヒルトを森に沈めた元凶のエルフがランデルを襲わないとは限らない。

 エルフが今後どう動くかは不明だが防備を固めなければならない。

 ルーキッドは部下に聞く。


「エルフの動きは?」

「使者の話によるとビルヒルトの都市を襲ったエルフは追って来なかった、と」

「何日前の話だ、それは……偵察隊を出せ」

「はっ」


 ルーキッドは門番と偵察兵の増員、城壁と門の補修、強化を部下に伝え、細かい部分を詰めた計画命令書の作成を命じる。

 命令を受けた部下が執務室から駆けだしていく。

 ルーキッドは呟いた。


「……籠城、するしかないな」


 エルフは人間と比べて強者である。

 金級以上の上級冒険者でないと討伐できないエルフはランデルのような下級冒険者の町では太刀打ちできないのだ。

 そして凋落したランデルの領兵は少ない。戦いにすらならないだろう。


「あの、ビルヒルトの救援要請は?」

「そうだな……」


 ルーキッドが思案していると、残る部下が聞いてくる。

 問題はエルフだけではない。

 逃げて来たビルヒルトの領民もランデルにとっては大きな問題だ。

 ルーキッドは部下に命じた。


「難民には二日の滞在を認めるが、その後はルージェに向けて出発してもらう。護衛は冒険者ギルドに依頼しろ」


 ランデルは小さい。

 大都市であるビルヒルトの難民を受け入れている余裕はない。

 他領よりも自領の民を守らねばならないのだ。


「それと収穫の早期納税を条件に領民に避難援助金の支給を。すぐに案を作り全領地に告知しろ。急げ」

「は、はいっ」


 苛立たしく告げるルーキッドから逃げるように部下は退室した。


 これは避難を兼ねた口減らしだ。

 下級冒険者も難民も領民も対エルフ戦ではまったく役に立たない。

 蔵の食料は無限ではない。

 避難出来る者は避難してもらわなければ籠城すら難しいのだ。


「何とか、何とかやり過ごさねば……手の空いている者は誰でもいい、エルフが近付くまで収穫を手伝わせろ。それが終わり次第避難にかかれ」

「避難先は?」

「各集落の判断に任せる。ルージェ領には救援要請を出しておけ」

「はい」


 エルフがここに来るまでに収穫をランデルに納めてもらわなければならない。

 ルーキッドは部下に収穫の手伝いと収穫物の運搬を命じ、収穫後の避難を手配する。


 領民がランデルに残るかルージェに逃げるかは各自が判断すればよい。

 ランデルはエルフの脅威をよく知る地である。

 ここに残った領民はこの理不尽を理解するだろう。

 百余年前に経験した事だから。


 生き延びてさえくれればやり直せる……

 そして今は非常時だ。言い訳などいくらでも出来る。


 ルーキッドは無駄だと感じていた一つの行事を潰す事にした。


「収穫祭を中止する」

「……で、できません」


 当然だとばかりに命じたルーキッドの言葉を、部下の一人が震える声で拒絶した。


「なに?」

「避難してきたビルヒルトの聖樹教教会から、収穫祭は予定通り催すようにと」

「ばかな! このような事態を起こして聖樹教はまだ、そのような寝言を言っているのか?」

「これは聖樹様の御心。王も必ず了解されるであろう、と」

「世界樹の丁稚ごときにヘコヘコするのか王は! 国土をエルフに奪われたのだぞ!」


 ルーキッドは激昂した。

 領土を奪われている今、気が触れているとしか思えない。

 領土は支配者にとって全てなのだ。

 奪われれば力は失われ、敵は力を得る。

 決して譲ってはならない一線だからこそランデルは五十年もの間、足掻いたのだ。


「このままでは王国はオルトランデルの二の舞になるぞ! エルフめ、エルフめっ!」


 ランデルを奪ったエルフが憎い。再びランデルを奪いに来るエルフが憎い!


 ルーキッドは怒りのままに机を殴り、さらに装飾品の壷を殴り割る。

 激しい音と痛み、そして散乱する壷の破片はルーキッドの怒りを鎮め、彼は怒りの残滓を追い出すかのように深く息を吐いて平静を取り戻した。


「……収穫祭は明日行う。蔵からの持ち出しは最小限、形だけの祝いだ」


 聖樹教は全ての人間国家を統べる宗教。

 いかにランデルが聖樹教の影響が少ない地であっても無視できる訳がない。

 ランデルですらこれなのだ。

 影響が強い王都では王がヘコヘコするのも仕方が無い。


「終了後ただちに門を狭め、すぐに閉じられるようにしろ。ルージェへの避難選択者に一時金と、可能ならば食料の買い上げを……あぁ、そういえば勇者が滞在していたな」


 ルーキッドは思い出す。

 使える者を使わない手は無い。

 ルーキッドは部下に命じた。


「滞在中の勇者級冒険者にエルフ討伐を要請しろ」

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