13-8 祝福、エルネを散歩する
『『お散歩の時間です』』
エルネの里、カイ宅。
まだ日も出ていない薄明かりの中、カイは祝福ベルティアと祝福エリザの祝福ズに起こされた。
散歩のためである。
神と差別化するために、祝福ベルティアに祝福エリザ。
ふたりあわせて祝福ズ。
はっちゃけすぎて災厄の領域だが祝福だ。
「……はいよ」
カイは元々早起きだったが、祝福ズによる起床時間は以前より三十分以上早い。
一家のなかで一番早起きだったルーより早い。
爪の垢に宿る祝福はカイが寝ている間に現れ、散歩を待ちわびて待機するようになったのだ。
とうとう要求するようになりやがった……
寝起きの頭をかきながら、カイは心で呟く。
『お手です』『おかわりです』
「……はいよ」
そして、お手やおかわりをするようになりやがった。
犬だ。まったくもって犬だ。
どうやら駄犬に味を占めたらしい。
なにせ相手は神の祝福である。
カイがミリーナ、ルー、メリッサをかつて駄犬と評しながら食事を世話していた
事を良く知っているのだ。
エヴァ、ミリーナ、ルー、メリッサ。ついでにアレク。
カイの駄犬評価は親密な関係への登竜門。
だから喜ぶ祝福ズ。
……だからって駄犬みたいに振る舞わなくてもいいです。
普通でお願いします。
はっちゃけ祝福で世界がピンチにならなければいいんですホント……
と、嘆かずにはいられないカイである。
「行くぞ」『『わぁい!』』
祝福のご機嫌を取らなければならない立場も大変だ。
エヴァ姉の言う通り、これは祝福ズの飼い主責任。
カイは簡単に身支度を整え、祝福ベルティアと祝福エリザと家を出た。
朝はまだ早く、エルネの里のエルフも夢の中。
そんな中をカイはのんびり歩く。
正直、誰もいない方がありがたい。
カイの後ろを付いてくる祝福ベルティアと祝福エリザは超強力な祝福だ。
むやみやたらと願いを叶えるなとカイは何度も願ったが、正直全くアテにならない。
しかし誰もいなければ願う者は存在しない。
今の時間がちょうど良いのだ……
『なるほど。餌が欲しいのですね?』
「祝福ベルティア、虫とかの願いなんて聞くなよ?」
『虫だから』『無視ですね』
『『あはははは……』』
「……笑い事じゃねーよこんちくしょう」
本当に笑い事ではない。
目を離したら虫どころか目に見えない微生物の願いまで叶えそうで怖い。
なにしろ神は世界の全ての生命を世界に送り出した世界の主。
今のように虫や微生物の声を聞き、願いを叶えてもおかしくないのだ。
祝福が世界慣れしてきてやがる……
どういう祝福だよ、まったく。
初めは願いを叶える一辺倒だったのがカイの隙を伺い現れるようになり、芋煮を食べるようになり、散歩を要求するに至った。
祝福が世界に触れる事で学び、順応してきているのだ。
カイが妙な願いを叶えないかとビクビクしながら散歩をしていると、道の向こうから歩いてくる者がいる。
エルネの長老だ。
「おおカイ殿、今日もお散歩ご苦労様です」
「長老も早いな」
「今から準備せねば店が大変ですからな」
長老はカイに笑って挨拶すると、祝福ズに挨拶した。
「そして祝福のお二方、今日も我が店の料理が美味でありますよう願います」
『『……はぁ?』』
祝福ズ、長老の願いを聞き流す。
長老が笑った。
「ほっほっほ。聞き流しも上手になりましたなぁ」
『『師匠のお陰でございます』』
「ほう」
『『これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします』』
「はぁ?」
『『さすが師匠!』』
「ほっほっほ。では私は開店準備がありますのでこれで失礼いたします」
『『ありがとうございます!』』
……本当に、よく学ぶ祝福である。
カイが呆れて見つめる先、店に戻る長老の後ろ姿を見つめて拳を握る祝福ズ。
『さすが師匠』『あの聞き流し、私達も学ばねば』
いや、おまえらもう十分スルーしてるよ。
長老から学ぶ必要ないよ。
というか、もう全ての願いをスルーしてくれよ。
俺が楽だから。
カイはそんな事を思いながら、念のために祝福ズに聞いた。
「お前ら、長老のさっきの願いとか叶えてないだろうな?」
『店の料理を美味にする願いですか?』『それは長老に断られました』
どうやら長老に祝福の提案をしたらしい。
祝福プランの提案までするのかよと、呆れるカイである。
『我の料理に美味という祝福を与えるのは料理人たる我の仕事。良くわからない美味な祝福など迷惑千万。と』『さすが師匠。伊達に聞き流しのプロではない』
「いや、それと聞き流しは関係ないぞ」『『えーっ!』』
祝福ズの言葉にカイは安堵して、再び歩き出す。
「長老のその言葉、肝に銘じておけよ」『『?』』
祝福に肝があるかは知らないが、カイは歩きながら祝福ズに言った。
「自分の努力で成果が得られれば、それが一番いいんだよ。お前らの祝福は過程をすっ飛ばして結果だけをもたらす強烈な代物だから長老は断った。自ら道を選び進める者にとって歩んだ道はとても大事なものだからだ」
何かを得るために進んだ道は力だ。
人は何かを得るために進み、時には立ち止まり、時には戻り別の道を模索する。
自ら歩んだ道だからできる事だ。
道を切り開き進んだ経験が、先に進む事と別の道を模索する事を可能にする。
しかし祝福で一足飛びに得た成果にはその道筋がない。
後ろには道がないのだから、戻る事も別の道を模索する事もできない。
そして祝福に頼らなければそこから動く事すらできやしない。
自らの中に道がないからだ。
『なるほど』『肝に銘じましょう』
「頼むぞ」
『ではエリザ、さっそく』『わかりました先輩』
カイの言葉に祝福ズは互いに頷き、首を傾げた。
『『はぁ?』』「それじゃねえよ!」
長老直伝の聞き流しを披露する祝福ズに叫ぶカイである。
「聞き流しじゃねえ! 良くわからない祝福など迷惑千万の方だよ!」
『『ええっ?』』
『師匠と言えば聞き流し』『聞き流しと言えば師匠ではありませんか』
「そんなもん捨てちまえ!」『『はぁ?』』
「聞き流すなこの駄犬共!」
ダメだこいつら、俺がしつけないと世界が危ない!
首を傾げて聞き流す祝福ズに、カイは頭を抱えるのであった。
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子らの短編書いてみました。
「私、前世は芋煮だったの」と、二人の姉がおかしな事を言い出した……え? 僕もイモニガー?
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