4-6 冒険者、王女と後悔する
「収穫祭?」
「ええ」
畑の実りを収穫しながら、カイはシスティから王都の役人の話を聞いた。
「一ヶ月以内に開催しろと、早馬で知らせてきたのよ」
「そりゃまた急な話だな」
「領主は大変でしょうね。蔵の食料を出して領民に振る舞えって言うんだから」
システィが自分の感想を交えながらカイに語る。
「来年からにすればいいのに、何を急いでいるのやら」
「まったく同感ね」
呆れるカイにシスティが同意する。
カイも役人から直接聞いたシスティも首を傾げるばかりだ。
祭というものは何ヶ月もの準備期間を必要とするものだ。
それをすぐにやれ、やり方は任せたでは領主が困るだろう。必要な金が国庫から出る訳でもないのに。
王国中の領主は皆、頭を抱えている事だろう。
「ソフィア」
「はい」
「この件、私は聖樹教が関わっていると思うんだけど」
システィが収穫を運ぶソフィアに聞く。
ソフィアはしばらく考え、システィに頷いた。
「私もそう思います。いくら何でも急過ぎますから……もしかして」
「なに?」
「あの時の御言葉を聞いた者が他にいるのかもしれませんね」
ソフィアには思い当たる節がある。
先日のオルトランデル教会での出来事だ。
彼女は世界樹の枝がマナに輝くのを見た。そして聞いたのだ。
ソフィアに視線を向けられたカイは、ゆっくりと答えた。
「『今こそ、実りを喜ぶ時ぞ!』でしたか」
「はい。あれを人の都合で考えると収穫祭になるのではないでしょうか」
ソフィアの言う通りだ。
だが……あれは人に対して言ったものではない。
「あれはあの場の植物に対する呼びかけだと思っていたんですが」
「私も人の枷を植物が打ち破るのに聖樹様が力を貸したと考えています。考えてみればこれまでのお告げも全て植物への言葉だったのかもしれませんね」
「え? オルトランデルで何かあったの?」
「実はな……」
システィはカイとソフィアから廃都市での出来事を聞き、腕を組んで唸る。
「……どう考えてもあなた方の言い分に分があるわね。完全に人のおごりだわ」
「で、王女システィとしてはどうするのですか?」
ソフィアの言葉にシスティはお手上げとばかりにバンザイした。
「どうにもできないわよ。聖樹教の主張なら王女一人の反対で中止にできる訳が無いもの」
国王すらひれ伏す絶対的権力。
それが聖樹教だ。
システィは手を下ろすと、カイに言った。
「だからカイにオルトランデルの二の舞を起こさせないようにお願いに来たのよ」
「俺に?」
「お金は私が出すから、収穫祭の日にエルフを集めて宴会を開いてちょうだい」
「宴会?」
「また暴走されたら困るからね」
「あー……つまり、エルフの収穫祭をやれ、と?」
「そうよ」
カイはしばらく考える。
人間の収穫祭からエルフの目をそらすためにエルフの収穫祭を行う。
もし収穫祭にエルフがまた暴走してランデルが森に飲まれたら、今度こそランデル領主は憤死してしまうだろう。
カイはシスティに頷いた。
「わかった。今後の飯差別をチラつかせれば暴走する事も無いだろう。とりあえず鍋をもっと用意しないとなぁ」
「えう! 鍋はエルネに任せるえう幼心に羨ましかった芋煮再びえう!」
「む! 迷惑じゃない収穫祭!」
「皆で食べて食べて食べまくるのですね! 素晴らしいですわ!」
少し離れた所でカイを護衛するミリーナ、ルー、メリッサが騒ぎ出す。
皆、気合い十分だ。
カイはエルネの里に頼むとミスリル鍋になるんだよなぁとげんなりしたが、エルフ限定イベントであれば問題は無い。
カイはエルネの里に頼む事にした。
「まあ、この際ミスリル鍋でもいいや。どうせエルフだし」
「えう!」
「あんた価値観が異常になってるわよ」
鍋、エルネ。
「じゃあ鍋はエルネの里がお願いね。後は食材……」
「木々の恵みはエルネえう。皆喜ぶえう」
「キノコはまかせて」
「芋、芋ですかカイ様? ここはわたくしハーの族のメリッサ・ビーンにおまかせ下さい。草系ならどんと来いですわ!」
食材、エルネ、ボルク、エルトラネ。
「じゃあ、薪を……」
「薪もエルネえう。広場も森での狩りもエルネにまかせる肉えう竜牛肉えう」
「ボルクもやる。超やる」
「エルトラネも参加いたしますわ。狩りですわ肉ですわ」
薪と肉、これまたエルネ、ボルク、エルトラネ。
「うわぉう! 言いだしっぺなのに何もする事なくなったーっ!」
言う事を片っ端からエルフに取られたシスティが叫んだ。
当然といえば当然である。
森の人エルフは森のプロフェッショナル。決して土下座だけのプロフェッショナルではない。
しかしエルフには出来ない事もある。
カイがシスティに言った。
「では焼き菓子の手配を。ボルクは焼き菓子に目が無いので」
「あ、やる事あった」
「むふん!」
さすがに焼き菓子はエルフでは調達できない。
火を使うからだ。
「あと料理と配膳をお願いします」
「その位ならいくらでもやるわよ」
「あぁ、水洗いと皮むき位ならいいけど手の込んだ事はしないでくれよ。後が困るから」
「あんないい加減な竜牛料理を作らなきゃならないなんて……くうっ!」
カイの言葉にシスティがギリギリと歯噛みして拳を握る。
グルメ王女は適当な飯がどうしても許せないのだろう。
だがカイはそんな事知ったことではない。我慢しろと目力で制し、ソフィアとマオの方を見た。
「マオとソフィアさんも料理と配膳担当ですね」
「わかりました」「おう」
「じゃあ僕も料理と配膳だねカイ!」
「アレク!」
「と、俺?」
いきなり会話に参加してきたアレクにまずシスティが素っ頓狂な声を上げ、次にカイがアレクの連れて来たカイに驚きの声を上げる。
アレクが笑う。
「あぁ、このカイは戦利品だよ。別の勇者級パーティーが攻略中のダンジョンの主を倒して願ってきたんだよ」
アレクに促されたもう一人のカイが頭を下げる。
「戦利品のカイ・ウェルスです。よろしく」
「ひ、一人で主を討伐したの?」
「うん。殆ど攻略してたから楽だったよ」
アレク、ゴリ押しでダンジョンを討伐する。
さすがは何でも食う聖剣だと唖然とするシスティだ。
「そしてまたカイを願ったのかよ」
「アレクさん、さすがですね……」
そしてアレク、またカイを願う。
宝物庫の掃除と整頓の人員が増える有様に呆れるマオとソフィアだ。
アレクが呆れる皆を前に笑う。
「で、戦利品カイがカイは森にいるって言うから来てみたんだ」
「なんで戦利品が今の俺を知ってるんだ?」
「当然だよ。戦利品カイは常にカイと繋がっているんだから!」
「……とんでもねー」
さすがはダンジョンの主の戦利品、とんでもない。
そしてとんでもない事でカイを作りまくるアレク、どうしようもない。
呆れるカイにアレクが笑う。
「いやーエルフいい人達だよね。カイを見た途端、笑顔で現れて案内してくれたよ」
「アレクさん……」
「ただの顔パスだ……」
「私達は殺されたのに、殺されたのにっ!」
お前らは登場の仕方が悪い。
と、システィ、マオ、ソフィアにカイは心の中でツッコミを入れて、カイは戦利品カイの前に立った。
アレクの中のカイは少し昔のカイだからだろう、外見的には少し若い。
しかしその程度しか違いは無い。カイは中身を確認するため戦利品カイに聞く。
「飯は」「煮込み過ぎ」「味は」「二の次」「安全」「第一」「老後は」「薬草人生」「地道」「堅実」「手柄は」「誰かに押し付けろ」……
「カイえう! カイが二人いるえう!」
「そっくり」
「み、見分けがつきませんわ! わたくしどちらのカイ様に尻の花を摘んで頂けば……」
「でもマナが違うえう」
「む。カイより強い」
「そうですわね。ですが見た目ではまったく違いがわかりませんわ」
どうやらマナで見れば違うらしいが、カイにはさっぱりわからない。
そして言動はまるっきりカイ。
すさまじいまでのシンクロっぷりにカイは舌を巻いた。
が、しかし……
「アレクは」「奴隷」「……違うぞ。そこは断じて違う」「違うのかよ。アレクの奴適当に俺を願いやがって。戦友とか相棒とかか?」「そんなところだ」「えー、奴隷がいいよ奴隷が」「「やかましい!」」
「あ、初めてアレクの願望が見えた」
「やっぱり願望が入ってたんですね。それにしてもアレクさん、奴隷願望が」
「がははは、やはり変わった奴だなアレク」
戦利品カイはアレクが願って得た戦利品。
だからアレクの願望が垣間見える。
頭をかくアレクを見て呆れる勇者級三人組。
そしてカイは安堵する。
戦利品カイの品質に多少の心配はあったがこの程度の違いなら全く問題は無い。コップ交換でロクでもないカイがやってきたらエルネに何を言われるかと不安だったのだ。
「システィ、このカイなら十分だからコップを渡しておくよ」
「私は何もしてないから受け取れないわ。こっちは別に動いているからその時にね」
「……ちっ」
システィ、コップ受け取り拒否。
思わず舌打ちするカイである。
「あんたその価値観何とかしなさいよ。いいじゃないこれでカイが四人増えて五人よ。三人の里に常駐させれば地道な薬草人生が助手付きで復活じゃない」
「いや、どうせこいつら付きまとうから」
「エルネの護衛えう」「キノコ担当」「ご恩をお返しするまでは!」
しかし今日からカイ二人体制だ。ドライフルーツ供給の一番の問題は解決である。
しかも戦利品カイは森に常駐でも問題ないと言う。
なんという働き者だよカイ……
と、カイは自画自賛に涙しながらアレク共々早速労働を開始してもらった。
とりあえず今日の予定をこなしながら収穫祭の事を考える。
人員はカイ二人にアレクら四人で六人だから里一つに二人で対応できる。
里あたり三つくらい会場を作って配膳、煮込み、仕込みと平行して行えばエルフが気移りする事も無いだろう。
何しろこちらの食材は全てエルフ産だ。
質、量、鮮度は没落領主の蔵など比較にならない。
大鍋一つ三十人前、里一つは二百人前後だから一回に七つの鍋が必要。
カイの料理は適当料理。
材料を適当に切って鍋で煮込むだけなので仕込みは鍋が無くても何とかなる。
すると里あたり十四、三つの里で四十二。
さすがに大量だな。
と、カイは手伝いに来ていたエルネのエルフを呼んで聞く。
「えーと、ミスリル大鍋が現在三十ほどありますから、大竜バルナゥに頼めば一週間ほどで出来ますよ」
「なんでそんなにあるんだよ」
「やだなぁ、鍋があればあるほどあったかご飯が食べられるではありませんかアハハ」
「……」
すでに準備済みらしい。
こいつらどこまで俺を酷使するつもりだ。
と、カイは思いながらもいやいやと首を振る。
今となっては好都合。
カイはあと十五ほど鍋の製作を頼むと同時に野菜の収穫、洗浄、皮剥き、切断と薪の乾燥、血抜きのための魔力刻印付き機材も検討してもらう。
収穫と皮むきは難しいですね、とエルネのエルフの返事に悩んでいたところ、メリッサがエルトラネの者に魔力刻印に精通した者がいると作成を申し出てきたので頼む事にする。
紙一重の奴がいるんだ……
と、カイが思ってしまったのは秘密だ。
「カイ様、エルトラネの者は心が読めますので……」
「……むやみやたらと心を読んじゃいけません」
「ええっ!」
カイは今日のドライフルーツ生産を適度なところで切り上げて、薪作りと食料保存のための蔵を作る事にする。
燃料と食料をあらかじめ溜め込まなければならないからだ。
カイはエルネのエルフとメリッサに頼み事を早々に持ち帰ってもらい、地下蔵の増築と薪集めを始めた。
エルフの皆は広場予定地で倒木に潰されながら樹木を確保し、マオの斧とシスティの魔法が樹木を薪に変えていく。
アレクとカイ二人は薪を黙々と蔵に運び、ソフィアは皆に回復と祝福を与えながらご飯の煮込みを続け、システィがぐぬぬと唸る声を聞きながら皆でご飯を食べ、寝る。
こんな生活を三日ほど続けて会場、薪、芋、人参、玉葱などを溜め込み、さらにネギや葉物野菜を畑として確保した。
肉となる獲物もエルフが捕獲済みだ。
三つの里が四食食べられる量を確保した時点でカイは薪の生産に注力する事に決め、そこからは広場の拡張を兼ねて皆で薪を生産する。
足りなくてもエルフに頼めば作り放題だからあまり頑張る事も無い。
と、皆でのんびり薪を作り、だらだらと森で数日過ごしたカイ二人とアレクら四人がその事を後悔したのはランデルに戻ってからである。
「ビルヒルトが森に沈んだ!」
「エルフの仕業だ!」
カイとアレクら四人が戻ったランデルは隣の都市、ビルヒルトが収穫祭の日に森に飲まれた話題でもちきりになっていた。
なんでも一日にして森の中に沈んだらしい。
百余年前のオルトランデルと同じ事が今、起こったのだ。
カイはのんびり過ごした事を、システィは王都に進言しなかった事をそれぞれ後悔した。
皆がのんびりしている間に戦いは始まっていたのである。