59.門出の時
芋煮宴を開いて、ランデルで商品を仕入れ、芋煮宴を開いて、行商に行き、芋煮宴を開く。
「「「ぶぎょーっ」」」
『『『『えうーっ!』』』』
カイ一家は主の間に泊まり込み、通行止めの続くダンジョン通路はあふれた芋煮と歓喜のエルフでまさしく芋を洗うような混雑だ。
イリーナ、ムー、カイン。
かつては芋煮だったカイの子らは日に日に成長する。
カイの子らはオーク達の煮込む芋煮に浸かって喜び、オーク達は「ぶぎょー」の言葉にむせび泣きながら芋煮を食すること数日……
ついに、その日が訪れた。
「「「ぱーぱ」」」
「おはよう」
オルトランデルからアトランチスへと続くエリザ世界のダンジョン、主の間。
オーク達に用意された仕切られた一室、カイは甘える子らを抱き上げた。
「おー、ずいぶん重たくなったな」
「「「わぁい」」」
抱き上げられた子らはバンザイと両手をあげて、カイの体をぺちぺち叩く。
大きくなった。重くなった。力もずいぶん強くなった。
そして……転がらなくなった。
ミリーナ、ルー、メリッサを見れば嬉しさと悲しさが入り交じった不思議な表情を浮かべている。
そうなのか……
カイははしゃぐ子らをあやし、そっと床に降ろす。
子らは自らの足で立ち、カイの服の裾を手でつかむ。
「おなかすいたー」「ごはんー」「いもにー?」
「そうだな。今日も芋煮だな」
「「「わーいっ」」」
子らはぴょんぴょんとカイの回りを飛び跳ねて、それぞれの母に抱きついた。
「まーま、ごはん」「……そうえうね。ご飯を食べるえう」
「ごはん」「……む。ご飯は大事」
「いもに、たべるー」「……そうですわねカイン。ここの芋煮はとても、とても美味しいですものね」
「行こうか」
「えう」「む」「はい」
「「「ごはんーっ」」」
カイは妻達に頷き、子らと共に部屋を出る。
『おはようございます』
待っていた老オークが深々と頭を下げる。
「ぶーさん!」「ぶーさんだ!」「ぶーさんおはよー」
『おはようございます……我らが神よ、その……ぶぎょーは?』
「「「ぶぎょー?」」」
頭を上げた老オークは目を見開き、肩を落とし、力なく子らに笑った。
『……そうですな。ぶぎょーでございますな』
「「「んー?」」」
力なく答える老オークに三人の子らが首を傾げる。
あぁ……
カイは瞳を閉じる。
えうのイリーナ、芋煮上手のムー、そして心眼のカイン。
エリザ世界を救った芋煮三神は、生まれ変わったのだ。
これまで様々な事柄を伝えていた「ぶぎょー」の言葉も、今や異界のマナに変わってもただの「ぶぎょー」。
込められた意味は失われ、元に戻る事はない。
それでもイリーナ、ムー、カインは……カイの子らは、彼らが崇めた子らだ。
オークに対する優しさは、生まれ変わっても変わる事はない。
「ぶーさん」「ないちゃ、めっ」「げーんき、げーんき」
ぺちぺち……
子らが老オークに歩み寄り、その足を優しく叩く。
子供心に落ち込んでいるのを励まそうてしているのだ。
なぜ落ち込んでいるかは、子らにはまだわからないだろう。
でも、それでいい。
それは子らがこれからの人生で、考え掴んでいくものだから。
「ぶーさんのいもに、おいしいー」「ぶーさんのいもに、すきー」「ぼくもすきーっ」「だからげーんき」「ぶーさん」「ぶーさーん」
『ほほっ、そうですな。そうでございますな! さあ行きましょう!』
「「「わーいっ」」」
子らの言葉に老オークが笑い、小さな手を引き歩き出す。
子らはもう、転がらない。
だから手を繋げられる。オークと子らの新たな関係の始まりだ。
「ぱーぱのいもにも、すきーっ」「まーまのいもにも、すきーっ」「いもにはおいしーね」
『そうですな。芋煮は美味しく食べるのが一番でございますな。今日も渾身の芋煮ですぞ?』
「「「わーいっ」」」
はしゃぐ子らを見つめる老オークの目に涙が輝く。
しかし笑みを絶やす事はない。
門出は祝うものだから。
『皆の者喜べ! 我らの神は今日、素晴らしい門出をなされた!』
『あぁ……』『神よ、我らの神よ……おめでとうごさいます』『よぅし、祝いの芋煮を作るえう!』
『『『えうーっ!』』』
老オークの言葉にオーク達も泣きながら、祝いの芋煮をひたすら煮込む。
門出で彼らの神が変わっても、崇拝が変わる事はない。
ただ、崇拝の形が変わるだけだ。
「おいしそーっ」『イリーナ様、どうぞ』
「わぁい」『ムー様、私の芋煮をぜひお食べください!』
「ぼくもー」『カイン様は私の芋煮を!』
子らは芋煮鍋をめぐり、オーク達から椀を受け取る。
もう子らは芋煮鍋に飛び込まない。
芋煮は食べるものだから。
『カイ様。改めて、ありがとうございます』
そんな芋煮宴の中、カイの元を訪れるオークがいる。
えう勇者アーサーだ。
『カイ様があの時、あの場所に現れなければ我らは神に出会えず、門出の後に出会っても気付く事すら出来なかったかもしれませぬ。生まれ変わった神と言葉を交わし、幸せな生と門出を見届ける。これほどの幸せがございましょうか』
「バカ言うな。俺の子らの人生と幸福はこれからだ。これから花開くんだよ」
『そうですな。そうですな! 我らの崇拝も幸福もこれからですな』
「そうだよ。これから始まるんだよ」
そう、子らの人生はまだ始まったばかり。
これから世界と関わりながら、自ら人生を切り開いていく事だろう。
子らの幸せは、まさにこれからなのだ。
「ぶーさん」「あーさーぶーさん」「ぶーさんのいもに、たべていい?」
『もちろんでございます。ささ、たんとお食べなさいませ』
「「「わーいっ」」」
子らがアーサーの手を握り、芋煮鍋へと引っ張っていく。
オーク達がカイに笑った。
『我らこれから、やさしいぶーさんを目指そうと思います』『目指せ、あしながぶーさん!』『そして我らの神の生き様を支え、見守るのです』『我らの寿命一万年、この崇拝に捧げましょう』
えう人の寿命、エルフの十倍。人間の百倍。
呆れるカイだ。
「お前らそこまで長生きなのかよ!」
『よく増えて長生き。それが異界に食われまくるエリザ世界。ポンコツ神の苦肉の策でございます!』『だから危機を脱した今は少し大変』『いやぁ、エリザ世界は厳しいぜ』
「「「いもにちょーだい?」」」
『どうぞ! さあどうぞ!』『今日から門出を祝う芋煮宴! 育てた芋を使い尽くすぞ!』
『『『『えうーっ!』』』』
さらば、芋煮三神。
さらば、芋煮風呂。
さらば、ぶぎょーの日々よ……
子らの少し未来の短編書いてみました。
「私、前世は芋煮だったの」と、二人の姉がおかしな事を言い出した……え? 僕もイモニガー?
https://ncode.syosetu.com/n6610fs/
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