58.イリーナ、ムー、カイン、芋煮宴に転がる
『皆の者! いよいよである!』
オルトランデルからアトランチスへと続くエリザ世界側ダンジョン、主の間。
ひれ伏すエリザ世界のオーク達に老オークが叫んだ。
『我らの神、芋煮三神が門出の時をお迎えになる!』
『おお!』『ついに……ついに門出の時か!』『おめでとうございます!』
『さぁ、芋を洗え! 渾身の芋煮を煮込め! そして我らの神に捧げお浸かり頂くのだ! 皆の者、芋煮えうーっ!』
「「「ぶぎょーっ!」」」
『『『『えうううぅううううーっ』』』』
老オークが号令し、転がるイリーナ、ムー、カインが叫び、オーク達が応える。
芋煮宴の始まりだ。
『よぉし芋洗え芋!』『この時の為に育てたとっておきの芋をふんだんに使うぜ!』『芋煮の味付けは俺に任せろ!』『いや俺が』『俺が!』
『ミリーナ様! 始まりのえうを我らに!』
「えう!」
『『『なんと素晴らしい!』』』
「「「はいはい」」」
『あらあら』『わぁい』
えう始祖のミリーナがえうを叫び、えう人ことオーク達が歓喜にひれ伏しカイ一家は首を傾げる。
ダンジョンの主の間は相変わらずのえう世界。
えうを追求し続けるえう人ひしめく芋煮異界だ。
えう人達の願いにえうえう芋煮があふれて流れ、ダンジョンはエルフ群がる芋煮えう天国。芋煮宴のお裾分けだ。
「芋煮が!」「芋煮が、こんなに!」「美味い!」「食べ放題だーっ!」
……こりゃ、今日は通行止めだな。
流れる芋煮。
食べ泳ぐ喜色満面のエルフ達。
ダンジョンの有様にカイは笑い、芋煮の香り漂う主の間へと視線を戻す。
オーク達の作る芋煮は着々と進行中。
芋はえう人達の聖地、エルフ最後の巡礼地であるオルトランデルの芋畑で作った最高級のもの。
『あったかご飯の子供達、命を育むの芋畑』
芽吹きから収穫まで成長をじっくり見守り手入れした、彼らの信仰の証だ。
主の間の外を流れる願いで生まれた芋煮などとは格が違う。
その芋を手に、カイは呟く。
「いい芋だな」
「おいしそうえう」「む。見事な奉行芋煮」「大きさ、形、みずみずしさ。文句の付けようのない芋ですわ。きっと美味な奉行芋煮が出来上がるに違いありません」
『早く食べたいですねぇ』『わぁい!』
ぐぅ……
鍋からあふれる芋煮の香りは素晴らしく、カイ一家の腹が鳴る。
そんな一家に子らが身体を転がる老オークが笑った。
『この時のために、我らが育てた芋ですからな』
「「「ぶぎょっ!」」」
「そうなのか」『はい』
老オークはもう一度笑い、カイに向かって深く深く頭を下げた。
『カイ様。この度は我らに祝いの機会をくださり感謝の言葉もございません』
「当たり前だろ」
『それでも、ありがとうございます』
「……寂しくないか?」
『なぜ? 我らの願いは芋煮三神の幸福な生を見届ける事。そのために我らはこの世界に渡り、芋煮三神を探し続けたのです』
「そうだったな……」
エリザ世界のオーク達が異界を渡って来たのは世界を食らうためではない。
世界を救ったカイの子らの願いを見届け、そして見守りたかったからだ。
しかし……もうすぐ子らは、彼らの神は彼らとの出来事を思い出せなくなる。
生まれ変わるとはそういう事だ。
『もうすぐ我らの神は我らとの戦いの日々を命の奥底に封じてしまわれるでしょう。しかしそれで良いのです。命とは廻るもの。生を受ける度に初めての事柄に触れ、考え、そして感動できるように神が定めているのです』
経験や記憶は力であると同時に枷でもある。
そして同じような事を延々と繰り返されては神にとって都合が悪い。世界を耕すために送り出しているのに前世などに縛られて、同じ所ばかり延々と耕されても困るのだ。
だからベルティアら神は前世を思い出せないようにして送り出す。
バルナゥら竜はその例外。長い時を想いを糧に生きるのだ。
『たくさんの同胞が食われました。イリーナ様も、ムー様も、カイン様も何度も刃に貫かれ、命の危機に瀕しました。我らの神が我らと過ごした日々は常に戦い。幸せな時などありませぬ。そのような苦難は忘れた方が幸せではありませんか』
「そうか……そうだな」
ぶぎょーっ、ぶぎょぶぎょぶぎょーっ……
芋煮鍋が叫びを上げる。
えう人の感謝がしっかり煮込まれた、奉行芋煮の出来上がりだ。
『さぁイリーナ様、ムー様、カイン様。我らの祝いをお受け取りください。そして煮込んだ者達の想いにお応え下さい』
「「「ぶぎょーっ!」」」
老オークの言葉にカイの子らが芋煮鍋に飛び込んでいく。
『えうのイリーナ様、私の芋煮はいかがですか?』「ぶぎょっ」
『芋煮上手のムー様、死に瀕した際に頂いた回復芋煮のあの美味さ、私は一生忘れませぬ』「ぶぎょーっ」
『心眼のカイン様、貴方の戦いに我ら一族は何度も何度も救われた。我ら一族はこれからもカイン様を崇め、讃え続けます』「ぶーぎょっ」
『『『『なんと勿体無いお言葉! 我ら幸せえうーっ!』』』』
「「「ぶぎょーっ!」」」
芋煮鍋に子らが踊り、オーク達がその芋煮を食う。
その口に浮かぶのは笑み。
その目に輝くのは涙。
しかし忘れないでと言う者は誰もいない。
それが神の望んだ事だと知っているから。
そのために神が戦い抜いた事を知っているから。
だから彼らは泣き笑い、芋煮を振る舞い神の門出を祝うのだ。
『明日も宴を開きましょう。明後日も、その次の日も、我らの神が門出を迎えるその日まで宴を開き続けましょう。我らの感謝と信仰はまだまだこれからでございますぞ!』
「ありがとう」
「イリーナ、良かったえうね」「ムーも嬉しい超嬉しい」「カインの為にここまで……ありがとうございます」
『ありがとうございます』『ありがとーっ』
「「「ぶぎょーっ!」」」
『『『『えううぅうううううーっ!』』』』
心から子らを思うオーク達の泣き笑いに、カイ一家は深く頭を下げた。
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