57.ピーはできる子超できる子
夜。
エルネの里、カイ宅。
「ぐはっ……」
どすん……
腹に走る衝撃にカイは目を覚ました。
カイには世界樹の守りがあるのでよほどの衝撃でないと痛くはない。
しかし衝撃は走るので目覚めてしまう。
カイは呻きながら腹に落ちて来た何かを撫でた。
「……ぶぎょー」「……イリーナか」
落ちて来たのはイリーナだ。
「「ぶぎょー……」」
「ムー、カイン……危ないから、落ちるなよ?」
暗い部屋をマナで見れば、ムーとカインが天井を転がりながら眠っている。
我が子ながらひどい寝相である。
子らは最近、よろめきながらも回らず歩き続ける事ができるようになった。
ずっと転がり生活なのかと心配していたカイ一家も一安心だ。
その分転がりが減ってしまったが、仕方ない事だろう。
今は芋煮ではなくエルフの子なのだから、いつまでも転がってはいられない。
手足が伸びれば転がるのも難しくなるだろう。
三人もそろそろ四歳。頃合いなのだ。
俺の子らよ、ちゃんと降りてくるんだぞ?
カイは苦笑しながら願い、左右に眠る妻を見る。
「えうー……」「む……ふーん」
左にミリーナ、右にルー。
髪を撫でても二人は熟睡。すっかり夢の人である。
メリッサは……今はピーか。
起きている時はメリッサ、寝ている時はピー。
ピーを心に宿したハイエルフは眠らない。
回復魔法に長けたハーの族のハイエルフは回復魔法で体を休め、癒やすのだ。
ピーはたぶん台所。
カイはベッドにイリーナを転がし、ミリーナとルーを起こさないように静かに起きた。
行動は奇妙だがピーの実力はメリッサよりもずっと上。
それは今でも変わらない。カイは静かにドアを開け、台所を覗きこむ。
「るっぷぱ」
にぱっ。
ピーが笑い、踊りながらカイに飛びついてくる。
カイも上手にピーを抱きよせ、そのまま一緒にしばらく踊る。
出会った頃は「なんだこれ?」と思ったものだがピーも今ではカイの妻。
可愛い超可愛い妻達のひとりだ。
「おはよう」「ぷるー、ぷるー」「え? 最近夜起きてくれない? ごめんな」「ぷっぷぱー」「よし。今日はとことん付き合うぞ」「ぷーっ!」
踊りながら会話して、二人で食卓の椅子に座る。
ピーの口から出る言葉に意味はない。
ピーを持つハーの族は強力な回復魔法使いで心が読める。
だからピーは心で会話するのだ。
「ぷっぱー!」「え? 夜食?」「るるっぷ」
ピーが踊りながら台所に乱入し、よく分からない料理を始める。
動きは派手でまるでデタラメ。
しかし料理はとても見目良く美味である。
ハーの族のピーは太古のエルフの技術を今に伝える技術者の子孫。
探究心半端無いこだわり派なのだ。
「すぺっきゃほーっ?」「うん、うまい」「ぷーっ」
ピーの料理にカイは舌鼓を打ち、ピーも食べながらにんまり笑う。
どうやらピー的にも上手に出来たらしい。美味しいご飯に幸せな二人だ。
カイとピーはあっという間にご飯を平らげ、夜の散歩に繰り出した。
「……るぷー」「ああ、綺麗だな」
広場で二人、満点の星空を見上げる。
寝静まった……まあ、となりの食料庫はミリーナの家族が交代で寝ずの番をしているのだが……エルネの里は灯りの漏れる窓も無く、ご飯を作る煙もない。
今の夜空はまるっとカイとピーのものだ。
「ぷー」「ああ、宇宙にも行ったな。空気が無いとは思わなかった」「ぴぽぷー、ぱぱぺぽ」「え? 万有引力? 難しい事言うなよ」「ぶーっ」「見上げる夜空なんて綺麗ならいいんだよ」「ぷーっ」
ピーを抱き寄せカイは笑う。
祝福がなければピーが心で会話する事も知らず、こんな会話も出来なかった。
祝福様々。
そしてピーは静かに語り出す。
「ぷるる、ぴぱぴぱ、のるー……」「……そうか。そろそろか」「ぷー」
ピーが語ったのは子らの事だ。
イリーナ、ムー、カイン。
カイの愛する子らは皆の愛を受けすくすく育ち、新たな成長のステージへと進むのだ。
「天井から落ちてくるのももうすぐ終わりか」「ぷー」「あいつらが悲しむかな?」「……ぶー」「だよな。あいつらはうちの子の幸せを願ってるんだもんな」「ぷーっ」「でも、寂しくなるな」「……ぷぅ」
だが、仕方ない事だ。
子らは成長していくもの。そして自らの足で立ち歩くもの。
新たな生を受けた子らはいつまでも昔の事にこだわってはいられない。
イグドラからも言われていた事だ。
「ぷぷるぺ、ぽまるぷ」「そうだな。ちゃんとお別れしないとな」「ぷぅ」
明日、皆に知らせてやろう。
カイはピーと夜空を見上げ、寂しさに涙した。
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