56.システィ、今更結婚指輪の力を知る
「ふぅ……」
ルーキッドが執務室の椅子に体を沈めている頃、システィも私室の椅子に体を沈めていた。
疲れたわ。めっさ疲れたわ。
出来なかった事が出来るようになるっていうのは怖いわね……
と、システィはこの十年を振り返る。
カイの戦利品であるカイズを使ったカイネットワークはシスティの日常を劇的に変貌させた。
情報の高速化は人生の高密度化。
分割したカイズを各所に配置することで可能となる移動する必要のない情報伝達は、ビルヒルトに居ながらにして世界の出来事をつぶさに知る事を可能にした。
待ち時間が減れば、出来る事は増える。
知れば、考えずにいられない。
そして考えれば、正さずにはいられない。
人の起こす全ての物事を先回りするグリンローエン王国の裏の王の誕生だ。
王国全土へ、そして世界へとカイズを配したシスティは世界を網羅する情報ネットワークを構築し、知られていない事を良い事に好き勝手する権力者や商人、隠れて悪事を働く盗賊や犯罪組織を潰していく。
しかしこの人生は、とても疲れる。
勇者として王国中を飛び回っていた頃も次々とやってくる異界の情報に疲れていたものだが、それも今の比では無い。
情報量、範囲、速度、精度、鮮度全てが圧倒的。
そして疲労も圧倒的だ。
知るって事は、疲れるってことなのね……
今さらながらにシスティは思う。
そしてつい思ってしまうのだ。
あの頃は良かった…と。
そう思ってしまうのは歳のせいだけではない。世の中の常識を突き抜けた生き方に心が疲れてしまっているのだ。
左手を見れば、あの頃の証が今も鮮やかに輝いている。
主を討伐して願い得た魔道具。そしてアレクとの結婚指輪だ。
そして指輪にはこう刻まれている。
二人はいつまでも共に。システィ・グリンローエンへの愛を込めて。アレク・フ
ォーレ……
「ギャーッ!」
当時の事を思い出し、システィはいきなり奇声をあげた。
近くで遊んでいたカイトがビクリと体を震わせる。
恥ずかしい。めっさ恥ずかしい。
愛がまだ恋でしかなかった頃に刻んだ羞恥の証だ。
乙女心の暴走の結果だ。
あまりの恥ずかしさにシスティが悶えていると悲鳴を聞いたのだろう、アレクがひょっこりドアを開いて顔を覗かせる。
「システィどうしたの? なんかひどい声が響いてきたけど」「な、なんでもないわアレクホホホ」「うわーんっ!」「なんかカイトが泣いてるけど?」「ああカイトごめんねカイト。ほーら泣き止んで泣き止んで」「母上……いきなりピーにならない?」「ならないならない」「ホント?」「ホントホント」
愛する我が子にピーと言われる切なさよ。
いいのよ!
指輪の言葉通りになったんだからノーカンなのよシスティ!
システィは恥ずかしい乙女心をねじ伏せる。
そしてふと考えるのだ。
そういえば……この指輪、どんな魔道具なのかしら?
「……という訳で、ちょっとこの魔道具の力を調べてくれないかしら?」
「えーっ」「システィはいつもいきなりだなぁ」
「そしてわがままだー」「「「だよなーっ」」」
システィが指輪を持ち込んだのは当然ながらエルトラネだ。
自分でも調べてみたがよくわからない。
マナに願って得られた戦利品は、謎の魔力刻印で動くものが多いのだ。
しかしエルトラネの者なら、いやエルトラネのピーならわかるだろう。
「いやぁ、私も今更だとは思うけどさ。でもこれも一応異界の主の戦利品だからカイズ並の魔道具のはずなのよね。すごいと思うのよ」
「俺らにはすごいのダメって言うのになぁー」「ただ軸が回るだけの魔道具とか」「「「なーっ」」」
「あれは高く売れたでしょ? 今、誰かが自動車……だったかな? シャルみたいに走る車をあれで作ってるって聞いたわよ」
「「「へーっ」」」
水と風の力で魔石を作るエルトラネの魔道具は今も出荷されている。
軸が回るだけの魔道具はそれらで作られた魔石を使う新しい移動手段となるかもしれない。
ちょっと期待しているシスティだ。
「ま、とにかく調べてみてちょうだい」「「「えーっ」」」
「道の駅のご飯奢るから」「「「よぉしがんばるぞーっぷぱぷぱーっ!」」」
皆がシスティの指輪に群がり自らのピーを解放する。
ピーは古くからの魔道具技術の継承者。まともなエルトラネよりもずっと魔道具に詳しいのだ。
「ぷっぷーぴ、ぱぷぱぷー!」「ぱららっぷ、ぽぺぽぺ!」「むーすーはー」「ぱららっぽ、ぷぱぷぱ!」
「……誰か、心読んで」
「ああ! ごめんシスティ」「「「システィが心読めないの忘れてた!」」」
てへっ。
相変わらずのエルトラネだ。
日常も疲れるけどこいつらも疲れるわぁ……
システィはため息をつく。
「で、どんな魔道具なの?」「アレクとシスティの能力相互運用」
「つまり、私とアレクが互いの能力を使う事が出来るって事?」「うん」
やはり主の戦利品。並の魔道具とは格が違う。
「しかも二人にしか使えない完全専用魔道具だよ」「まさに二人はいつまでも共に……愛だね」「うん。愛だ」「二人の共同作業だねっ」「ラブラブシスティーッ」「「「ラブラブーッ!」」」
「さ、早速アレクと試してみるわ!」「「「ご飯、待ってるねーっ!」」」
そしてビルヒルトに戻ったシスティはアレクと稽古場に立つのである。
「アレク。この指輪の能力が分かったわ」
「あぁ、そういえば魔道具だったねそれ」
「私もすっかり忘れていたけどね」
システィは訓練用の剣を構えた。
「これ、私とアレクに互いの力を使えるようにする魔道具なのよ」
そう言いながらアレクの剣技で見事な素振りを見せるシスティだ。
「すごいやシスティ!」「アレクも魔法を使ってみなさいよ? 魔道具を発動している今ならできるはずよ?」「どれどれ……よっ」
ポッ……杖を構えたアレクの目の前に火の玉が浮かぶ。
「すごいや。でも杖とかは使わないとダメなのか」「それは仕方ないわね。杖を使わないと魔法の発動が超面倒臭いから。まあ杖代わりになるものを鎧のどこかに仕込んでおけばいいんじゃない?」「なるほど。エルトラネに頼んで僕の芋煮鍋に仕込んでもらおう」
杖はマナを流すだけで魔法を使える魔力刻印を組み込んだ道具。
使わないと手間がかかりマナを浪費するので魔法使いは皆使っている。
「あと、マナは食うから派手な魔法はマナ補充しないと魔道具がマナ切れで止まるわね。アレクはここぞという時しか使えないんじゃないかしら?」「じゃ、実質システィ専用かな?」「そういう事になるかしら」
魔法はマナを使うのでマナ補充が必須だ。
しかし剣技は体の動き。魔法ほどマナは必要ない。
得意がるシスティである。
が、しかし……
「それっ!」
「えひゃい!」
ズバンッ!
いきなり襲いかかった刃にシスティは派手に転がった。
刃の主はアレクだ。
「アレク! わ、私を殺す気?」
「いやぁ、ちゃんと紙一重で当たらないような剣筋だよ?」「ええーっ……」
アレクなら無視して反撃に転ずるような剣筋である。
死と紙一重でも平常心。
それがグリンローエン王国最強の勇者アレク・フォーレ。
だがシスティにはそれは無理。
死と紙一重は耐えられない。
あれって技術じゃなくて性格? 性格なの?
度胸は相互運用できないの?
アレクのすさまじさに改めて唖然とするシスティだ。
そしてシスティは転がったまま、力なく笑った。
「あはは……私は逃げに徹した方が良さそうね」
「そうだね。僕は魔法使えるけどね」「あれ? あれぇーっ?」
立場逆転。
度胸は簡単には鍛えられないが、マナは魔石を用意すれば事足りる。
アレクはエルトラネに頼んで芋煮鍋で魔法を使えるようにしてもらい、バルナゥから魔石を貰って異界討伐に出発した。
システィの魔法技術を駆使するようになったアレクはこれまで以上の最強無敵。
近接戦闘中に魔法をぶっ放したり、システィと二人でダブル極大魔法を行使したりとやりたい放題。
そしてシスティは戦うアレクの後方で、せっせと指輪のマナ補充に勤しむのだ。
「さすがシスティの魔法だ!」「ありがと」
まあアレクの力になるなら、私が剣を使えなくてもいいか。
それがきっと愛なのよ。
システィは、そう思う事にした。
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