55.隠居するまでに帳尻合わせればいいんだよ
ランデルの森近く、心のエルフ店。
準備中の店の中で、マオは腕を組んで弟子の成長に頷いていた。
マオの視線の先で料理しているのは幼いエルフ。
ハーの族、メリダの里のノルン・ルージュ。
マオの二番弟子はマオの指導のもとすくすくと成長し、巣立ちの時を迎えているのだ。
まだまだ幼く小さいため作業に足場が必要だが、料理に危ない所はない。
ノルンは食への執着半端無いハイエルフ。
食には常に全力だ。
準備した食材を的確なタイミングで鍋に入れ、煮込み、炒め、そして揚げる。
食材を的確に扱う技術、多くの注文に迅速に応えられるよう作業を平行してしっかり行う計画性、幼い体ゆえの非力をカバーする強化魔法ハイパワー、下ごしらえした食材の新鮮さを維持する回復魔法、そして調理中の食材の状態もマナを見ながらしっかり把握。
まさに全能力投入。
マオが見つめるその先でノルンは全ての料理を作り上げ、マオの座るテーブルにそれらを並べた。
「マオ師匠、できました」「おう」
湯気あふれる料理をマオはまず眺め、匂いを嗅ぎ、そして口に運ぶ。
ノルンが固唾を呑んで見つめる先でマオは静かにそれを味わい、飲み込んでニヤリと笑った。
「よし。ノルン、免許皆伝だ」「わぁい!」
嬉しさにぴょんぴょんとノルンが跳ねる。
「まぁ俺の免許皆伝など大した事じゃねぇ。これからも色々な料理人に学び、その味を磨くんだな」「はぁい!」
「よぉし祝いだ。食え、食え」「わぁい!」
ノルンが席に着き、マオと二人でご飯を食べる。
祝いのご飯はノルンがしこたま作った試練のご飯だ。
「んぅーっ! おいしい!」「自分で作った飯はうまいか?」「うん! 弟弟子が先に免許皆伝しちゃったのはちょっとショックだったけど、あったかご飯の人だから仕方ないよね」「まあ、あれは人外だからな」
三番弟子のカイセブンティーンは分割成長ブースト例外。
分割した分だけ多くの経験ができる戦利品カイだからこそ出来た技であり、人やエルフでは同じ事は出来ないのだ。
決してカイだからではない……たぶん。
「ま、お前もエルフだ。長生きな分俺よりもずっと先に行ける。じっくりと料理の道を進んでいけばいい」「はぁい!」「今のお前ならエルフ勇者の最高峰、芋煮勇者だって座を譲るぞ?」「芋煮勇者は嫌だよぅ」「そりゃそうだガハハ」
芋煮勇者はダンジョンの入り口で料理を作るエルフ勇者。
勇者達の食の生命線である芋煮勇者は敵対するダンジョンの最優先攻撃対象となりうる存在。料理しながら敵を倒し、時にはまずいと襲いかかる味方のエルフ勇者達と渡り合うくらいの事が出来なければ務まらない。
敵は敵、味方もときどき敵となるエルフ勇者の最高峰。
それが芋煮勇者なのだ。
「私はメリダの里で心のエルフ店を営むのが夢だもん。勇者なんてならないもん」「そうだな。ここでの修行もこれで終わり、里で店を建てれば夢が叶うぞ」「わぁい」「ボルクのワインで乾杯だ。ノルンはぶどうジュースな」「わぁい!」
「「かんぱーい!」」
祝いといえば酒とばかりにマオがボルクのワインを注ぎ、ノルンにぶどうジュースを注ぐ。
二人で乾杯していると仕込み中の店に来客が訪れる。
様子見に訪れたルーキッドと手伝いに来たミルトだ。
「あ、ルーキッドさんとミルトさん」
「こんにちはノルン」「ノルンちゃん、今日はどうだったの?」「免許皆伝ーっ!」
ルーキッドとミルトの前でバンザイするノルンだ。
「おう、のれん分けの祝いをしていた所だ」「あら、おめでとう。これでアトランチスで心のエルフ店が開けるわね」「わぁい!」
ノルンは里で心のエルフ店を建て、新たな食の中心となるだろう。
毎日の修行の日々も今日で終わりだ。
ルーキッドがノルンを祝う。
「おめでとう。ここも寂しくなるな……いや、ならんな」
「エルフの皆様が毎日賑やかですからねぇ。今だって開店待ちの皆様が列を作っていますもの」
ノルンちゃーん、店建てたら行くからねーっ!
「ありがとーっ!」
店の外から届く声にノルンが笑う。
心のエルフ店はエルフが二十四時間群がるエルフ心のエルフ店。
店の中が静かでも周囲は常に賑やかだ。寂しくなることはないだろう。
「おぅ、祝いだからお前らも食え」「たくさん食べてーっ」「そしてボルクの酒を飲んで祝え」
「まだ仕事があるのでな。ジュースを頼む」「私もそちらでお願いしますね」
「相変わらず固いなぁお前ら」
騒ぐ二人にルーキッドとミルトは苦笑いして席に着く。
マオはブツブツ言いながら二人のコップにジュースを注ぎ、改めて乾杯した。
「うまい。さすがはマオの弟子だな」「えへへ」「美味しいですねぇ」「いやぁ、さすが俺」「わぁい!」
祝いの席が盛り上がる。
「ところでマオ、エルフの里に変わりはないか?」
が、ミルトはともかくルーキッドは祝いに来た訳ではない。
マオは現場を飛び回れないルーキッドの相談役なのだ。
「相変わらずだなぁ。アルハンがカイにぶん殴られて大人しくなってからはいつも通り……あ、エルネの里の三分の一ほどが道の駅近くに引っ越したな」「そうか」「ボルクの里は道の駅にまるっと引っ越したぞ」「……そうか」
相変わらずの食への執着半端無さに呆れるルーキッドだ。
今度はマオがルーキッドに聞く。
「そういやぁルーキッド、シャルに泣きついたんだって?」
「情けない話だが、そろそろ聖樹教の補助があっても限界でな。手間のかかる作業を手伝ってもらっている」
「どんどんやれ。自分の足で立つのも結構だが忙しすぎて倒れるくらいなら手伝ってもらえばいいんだよ。歩くのが辛ければ杖を使うし肩も借りる。その程度でいいんだよ。お前は肩肘張りすぎだ」
マオの言葉に耳が痛いルーキッドだ。
「そうだな。エヴァやバルナゥにも言われるが、お前が言うと説得力が違うな」
「犬とでかい犬と比べられてもなぁ」「マオ、その言い方はいけませんよ?」
「ああすまん。エヴァとバルナゥと比べられてもなぁ。ま、助けてもらえる内は助けてもらえ。そして必要が無くなっても感謝を忘れるな。誰でも何でもぶん投げるカイに学べカイに」
「えーっ」「……あそこまで常識外れだと、周りが困る」「違いねぇ。ガハハ」
難色を示すルーキッドとノルンにマオが笑う。
「ま、後を継ぐ者が頭を抱えない程度にはっちゃけろ。な? 隠居するまでに帳尻合わせればいいんだよ」「そういうものなのか?」「俺はそう心がけて人生を送ってるぜ」「お前は領主ではないからな。抱える者の数が違う」「そりゃそうだがもっと気楽に考えろ。部下だってバカじゃないんだからちゃんと支えてくれる。帳尻合わせだってしっかり協力してくれるさ」「そうか……そうだな」「回復魔法ドーピングの超多忙だってしっかりついて来てくれたんだろ? そんな部下を信じろ!」「そうだな」
酒を飲みながら気楽に言うマオの言葉に、なるほどと頷くルーキッドだ。
案ずるより産むが易し。考えた結論に頭を抱えて悩んでいても仕方がない。
やってみて問題があれば修正すれば良いのだ。
今はまだまだ隠居するまでに帳尻を合わせられる範囲。
そう考えるだけで気がずいぶん楽になったルーキッドだ。
「さぁ、今日はノルンちゃんの祝いの席ですから二人とも祝ってあげて下さいな」
「ご飯が冷めちゃうよもぉーっ!」「そうだった」「悪いなノルン」
ミルトが笑い、ノルンが怒り、マオとルーキッドが頭を下げる。
今はノルンの祝いの席。
ルーキッドは頭を切り替えノルンを祝い、その料理に舌鼓を打つ。
そしてルーキッドは思うのだ。
先の事は先の事。あまり考えるのはよそう。
私には支えてくれる部下が、たくさんいるのだから……
と。
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