54.ランデルは万年人手不足
ランデル領、ランデル領館。
この館を借りて住むランデル伯爵、ルーキッド・ランデルは多忙である。
様々な決裁を素早く行い、時間を作ってランデル各所を視察して領民や要人との面会を行う彼に自由な時間は少なく、少しは休めとバルナゥやエヴァが心配する程だ。
そんな暇のない彼に構ってもらおうとバルナゥもエヴァも執務室に自分の居場所を作る始末。いきなりの発展に人員と予算が追い付かないランデル領は常に限界突破の綱渡り政治なのだ。
そして今日も例に漏れずそんな一日。
ルーキッドは雑多な書類を決裁し、大きく息を吐いて椅子に体を沈めた。
「ふぅ……」
『大丈夫かルーキッド? 我の血肉を食うか?』「発狂はかんべんしてくれ」『お、おおーふ……』
強大な力を持つ竜であっても人の日常は手伝えない。
些末な書類決裁を行うよりブレス一発実力行使。それが竜の生き様だ。
「ルーキッドただいまわふんっ」「エヴァか。いつもありがとう」
人の日常に手を出せるのはエヴァ程度の力と体躯を持つ者だ。
ランデルの頼れる番犬エヴァンジェリンはランデルの町を常に闊歩し、怪しい者を見張り、時には捕縛する。
領兵不足に苦しむランデルにはとてもありがたい存在だ。
「町はいつも通りわふん」「そうか」
「ルーキッドはいつも大変わふんが、最近はもっと大変わふんね」
「……先日徹夜でさすカイをやらかした奴らがいたお陰でな」
「わふんっ」『おおーふっ』
ルーキッドは椅子に体を沈めたまま、なでなで台に座ったエヴァを撫でる。
いつも多忙だから、ちょっとした時間の浪費でこのザマだ。
役人も領兵も今のランデルの規模なら三倍は必要。
それを怪奇と根性と回復魔法と強化魔法で何とか回しているのである。
「いい加減、人を雇わねばならんな……」
そろそろ、回らなくなるだろう……
ルーキッドはエヴァを撫でながら思う。
聖樹教の本拠地であるランデルだから回復魔法ドーピングでやってこれたようなもの。本来ならばとっくの昔に破綻している。
しかし人を雇うというのはなかなかに難しい。
『雇うのか?』
「まあ、正直難しい。ふざけた者は雇えんしな」
『身内の敵は厄介だからな』「わふん」
「敵……少し言い過ぎだが、たしかにその通りだ」
役人として働く者が妙な者だと領民や商人が困り、ルーキッドが困る。
場合によっては今よりもずっと忙しくなるのだ。
領民であっても新参者は信用が足りない。
そして古くからの領民は仕事がとても忙しい。
なかなかに困った状況なのである。
まあ、ひとつアテがあるにはあるが……
ルーキッドは思い、呟いた。
「シャルに頼むか……」
「カイズをもっと雇うのはダメわふん?」
「役場の中だけではどうにもならん。覆面さんを外で使うのはムリだしな」
エヴァの提案にルーキッドは首を振る。
覆面さんとは役場の中で仕事をするカイズだ。
皆、覆面をつけて顔を見せないので覆面さんと呼ばれている。
「人は相手の顔を見て仕事をするのだ。役場ならともかく外でも覆面では仕事にならん。覆面を外したら同じ顔がたくさんあっても仕事にならん。そしてカイも今は商人。顔は大事にせねばならん」
カイズは見た目はカイそのもの。
しかし別個に動く存在。他者から見ればややこしい事この上ない。
エルフはカイを現人神として扱っているからあれで成立しているが、人の社会で普通に仕事をさせたら困った事が起こるだろう。
システィは変装させた上に鉢合わせしないように全世界にバラまいているから「どこかで見たありふれた顔」で済んでいる。
ランデル領だけではカイズに覆面は必須。
そして顔を見せなければ信用は得られない。役場の外での仕事はムリだ。
そういえば、システィがヴィラージュでカイズを増やしたと言っていたな……
ルーキッドは思い出し、エヴァを撫でながらバルナゥに言う。
「バルナゥよ、間違ってもカイズのように私を願うなどするなよ? ややこしい事この上ないからな」
『お、おおーふっ? ししししない絶対しないおおーふっ……』
役人が同じ顔でややこしいなら、領主の同じ顔はもっとややこしい。
今のうちに釘を刺しておくルーキッドだ。
「人を雇えないなら今の役人の仕事を減らすしかない。ならばカイズよりもシャルだろう。器用な樹木だからな」
「わふん……難しいわふんね」
「そうだ。人の社会は難しいのだ」
シャルでは信用と経験が足りない。ひとりで仕事はできないだろう。
シャルに頼むのは、あくまで役人の補助だ。
「エルフはダメわふんか?」
「エルフは食べ物に弱すぎて話にならん」
『ククッ……違いない』
にべもないルーキッドの言葉にバルナゥが笑う。
食べ物ひとつでどこまでも突っ走るエルフでは役人はとても出来ないだろう。
今、一番苦労しているベルガですら絶対無理。
『あいつらは今も昔も食べ物には目がないからな』
「そうだ。人が金や利権や色恋に弱いのと一緒。しかもハラヘリ程度で買収されそうだからな」
一ハラヘリ = 一食分 = 銀貨一枚 = 千エン。
こんなもので領政がでたらめになったらたまったものではない。汚職の詰問に「ご飯おごってくれたから」とのたまうアホな状況を見たくはないのだ。
「大変わふんね……」「そうだな。これからも頼むぞ、エヴァ」「撫で撫でしてくれたらいいわふんよ」「そうか。撫で撫でー」「わふーんっ」
『我は? 我は何かしなくて良いのか?』「お前はそこで金貨を磨いていれば十分だ」『おおーふルーキッドともだちーっ!』
ランデルの領兵不足は今はこれで良し。
ちょっとした悪党はエヴァがとっちめる。
そして徒党を組む山賊などはランデルを避けて通る。ぶっちぎり最強の大竜バルナゥがランデルに入り浸っているからだ。
あとは外に出る役人不足だ……ルーキッドはさっそくカイに連絡を取り、シャルの雇用を願い出た。
『わぁい、どんどん刷るよーっ』
シャルが紙を食い、書類を吐き出す。
シャルの主な役目は書類作成。シャルプリンターだ。
交渉などは今まで通り役人が行い、書類作成はシャルが行う。
文字を書くのはけっこうな手間であり、読みにくかったり間違えたりすれば重要度次第で書き直し。
『え? 間違えた? 修正するよーっ!』
しかし、それを言うだけでズバンと印刷するシャルはまさしく救いの神。
間違ってもシャルが食べて吐き出せば修正できる。
これで役人の手間と時間が大幅に削減された。
『じゃ、移動するよーっ』『パワーアシストーっ』『食べるよーっ』
さらに移動の足、力仕事の補助、シャル間通信、不要物の処理と至れり尽くせり。
役人ひとりにシャルひとり。
雑多な仕事をシャルが一手に引き受けたおかげで役人達は大助かり。
ルーキッドもランデルに人が育つまでは何とかなると胸をなで下ろすのだ。
「しかし、この方法も今だけだな」『そうなのか?』「こんな便利に慣れたら人はたちまち堕落する。人の仕事は人がすべき事。役人も領兵もいずれは揃える」『そうなのか』「そうなれば私も安心して子に領地を任せることが出来る」『そうなのか……』
ここは自らの足で立ち歩く町、ランデル。
助力に感謝する事はあっても甘えはしない。いずれは自らの力で行えるよう、皆で地道に努力するのだ。
役人も領兵も皆その事を自覚している。
仕事を頼みはしても自らが仕事を怠る事はない。新たに仕事を増やしたり、頼みっぱなしでは腕が鈍ると練習したりと勤勉だ。
奇蹟はやがて消えるもの。
百余年前にオルトランデルを森に食われ、聖樹教に見捨てられたランデルは神や奇蹟に祈りはしてもアテには決してしないのだ。
しかし……老いて隠居した後は、そこまでこだわることもあるまい。
ルーキッドはバルナゥに笑う。
「バルナゥよ。領地を譲った暁には、私がお前に付き合おう」『おおーふ?』「私に世界を見せてくれ」『おおーふっ! 良いぞ。すごく良いぞ。すごい世界を見せてやるルーキッドともだちーっ!』
首をぐりんぐりんと回しながら喜ぶバルナゥだ。
『あ、でもカイが見せるような世界ほど派手な地は……我も知らぬ』
「あれは、いらん」
というか、できれば見たくない。
ルーキッドは首を振った。
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