49.ダンジョンの主の間で、戦利品カイを願う
『なるほど。戦利品カイが足りぬのか』
「ああ。だからここで戦利品カイを願わせてくれないか」
『ふむ……』
竜峰ヴィラージュ、バルナゥのねぐら。
システィのアイデアに早速ヴィラージュを訪れたカイは、ダンジョンの主であるバルナゥに頼み込んでいた。
カイズのストレスは日に日に増している。
今は大丈夫だがそのうち爆発するかもしれない。今のうちに解決しておく事が望ましいのだ。
今はカイズひとりで五十ヶ所の通信ならびに情報収集、五ヶ所の潜入調査と諜報任務を担当しているらしい。
分割できるとはいえすさまじい超人っぷりである。
伝言と見聞きした事を伝えるだけの通信と情報収集はとにかく、潜入調査と諜報任務は大変だ。
ここを何とか減らしてストレス解消を図りたい。
記憶をコピーするのでカイ一家の生活が影響するのはどうしようもないがそこはそれ。心に余裕があればいきなり濡れ場の記憶がやって来ても何とかなるってものである……たぶん。
『で、アレクか』
「ああ」「僕に頼むとはさすがカイ!」
カイに同行したのはビルヒルト領主アレク・フォーレ。
今もカイズを量産し続けるカイ願いマイスター。全世界で働くカイズは全てアレクが願ったカイなのである。
バルナゥは首を回してうーんとしばらく考えた後、カイに向かって頷いた。
『まぁ、今はマナもそこまで必要では無い。好きにするがいい』
「ありがとう」
バルナゥの了承に小躍りするアレクだ。
「やった! これで好きなだけカイが願える!」「いや、妙な俺を願うなよ?」「カイを願うなら常に全力さ!」「そして奴隷は勘弁な」「それは聞けないなぁ」「聞けよ」
カイはバルナゥに礼を言い、はしゃぐアレクに釘を刺す。
まあ、奴隷はいつもの事である。後で訂正すれば良い事だ。
『我はランデルに所用があるから主の間は好きに使うがいい。今日はルーキッドから家賃が貰える日ーっ! 金貨が増えるよおおーふっルーキッドともだちーっ!』
ののっしののっし……
バルナゥがスキップしながら主の間を後にする。
金貨磨きである。
これが五万六千階層のダンジョンの主。そしてぶっちぎりの世界最強生物。
何とも軽いが楽しいなら別にいいか……
カイはウキウキハッスルなバルナゥを見送り、アレクと主の間の中心に立った。
異界から吸い込んだマナはダンジョンの中を縦横無尽に巡り、最終的に主の間に集まる。
主の間は湖のようなもの。
湖は多くの川が流れ込むが流れ出る川はひとつ。
全てのマナの流れがここに集まり、世界へとあふれていくのだ。
「さあ! カイを願うよ!」
いつもは文句を言われるアレクも今回はカイとシスティの公認だ。
張り切りっぷり半端無い。
「幾多の失敗カイを作り続けてコツを掴んだ僕ならどんなカイでも思いのままさ!」「待て、失敗カイって何だ?」「はぁ?」「聞こえない振りするな!」「あはは」「……誤魔化さないとまずいような事なのか?」「うん」「即答かよ!」
失敗したことあるらしい。
まあ、戦利品カイは異界の主を討伐して願わないと得られない程の高度な魔道具。失敗もするだろう。
失敗カイがどんな風に処理されたかは考えないようにしよう……
と、カイが考えているとミリーナ、ルー、メリッサもやる気満々。
「ミリーナもやるえう!」「む。カイならまかせて」「そうですわ。カイ様の事なら隅から隅まで知っています。きっと素晴らしい戦利品カイが生まれるに違いありません!」
「いや、マナがもったいないから。な?」
「えうーっ」「ぬぐぅ」「ふんぬぅ」
そんな妻達をなだめるカイである。
実績を考えればアレク一択。
というか失敗したらソフィアに怒られる。
最近微妙にズレてきているがミスリルや宝石や魔石の消費にはうるさいのだ。
「よし、願うよ! 攻めている側のダンジョンから願うのは初めてだからソフィアさんに怒られないように慎重に、じっくり全力で願うよ」「頼むよ」
アレクが手を合わせ、願いはじめる。
「カイこいカイこいこいこいカイこい……」
呪文のような言葉が主の間に流れる。
アレクの願いを受けてマナが輝き、うねりながら一つの形を作っていく。
カイはダンジョン主だった事があるが一桁階層で、願っていたのは芋煮達だ。
五万以上の階層を持つダンジョンで戦利品カイを願うのとはおそらく勝手が違うだろう。アレクが願う中でカイは芋煮達の事を思い出し、願いとは愛に通じるのだなと一人納得する。
今、仮初めとはいえひとつの命が生まれようとしているのだ。
「カイこいカイこいこいこい……きてる、きてるよ。これはすごいのが来るよ!」
アレクが願い、カイ達が見つめる先でマナが激しく踊り狂い、やがて激しく輝いた。
「できた! 最高の戦利品カイ、カイハンドレッドワン!」
「そんなにいたのかよ!」
アレクが叫び、カイが呆れる。
百一人目の戦利品カイ、誕生である。
「すげえ。完璧に俺だ」
「さすがアレクえう」「むむむ。悔しいけど納得のカイ」「さすがですわ。まったくさすがですわ」
「当然だよ! だってカイだもの!」
当たり前だが見た目は完全にカイ。
しかし誕生したばかりのカイズは首を横に振る。
「いや、俺はこれまでのカイズよりかなり高性能だぞ」
「つまり愛芋煮えう?」「む。まったく愛芋煮」「なるほど。愛芋煮ですわね」「そんな所だな。奴隷のアレクが願った俺の分割能力はカイスリーの三倍だ」
「アレクは俺の奴隷じゃないぞ?」
「ないえう」「む、奴隷違う」「違いますわね」
「えーっ……またかよ。こいつ、懲りないなぁ」
「奴隷だよ! 僕はカイの奴隷だよ!」「「やかましい!」」
カイとカイハンドレッドワンがアレクにツッコミを入れる。
そんな事で盛り上がっているとダンジョンから主の間に誰かが入ってきた。
ソフィアである。
「畑が枯れました」
「え?」
「ありふれた薬草畑が枯れました。急激にマナが枯渇したのですが、何かしましたか?」
ジロリとカイハンドレッドワンを睨むソフィア。
バレてる。完全にバレてる。
ソフィアは怒ると怖い。カイとカイハンドレッドワンは素直に頭を下げた。
「すみません。今、戦利品カイのストレス軽減を計画しているんです」
「ああ、数を増やすのですね」
「はい」
「そうですか。ですが少しマナを使いすぎです。システィは必ず能力目一杯に仕事を押しつけますから抑えた方が良いですよ?」
「「「なるほど」」」
ソフィアのアドバイスに納得するアレク、カイ、カイハンドレッドワンである。
「よしアレク、次は性能抑えろ」
「うーん、中途半端は難しいなぁ。全力は簡単なんだけど……カイこいカイこいカイカイこいこい……できた! カイハンドレッドツー!」
アレクの願いで戦利品カイがまた現れる。
そして再び主の間に誰かが転がり込んで来た。
『やべえ! 異界の奴らに一気に五階層も突破されたぞ!』『さっきから急に防御が無くなるんだが一体何が起きているんだ!』
「「「「すみません! 本当にすみません!」」」」
今度はルドワゥとビルヌュだ。
どうやらダンジョンを攻めている異界が派手に侵攻したらしい。
誕生した直後に土下座のカイハンドレッドツーである。
『お前ら、このダンジョンを潰す気か?』「いや、そんなつもりは毛頭……」『結果的に潰れるんだよ! まだまだ余裕はあるがこんな調子でカイズを作ってたら瞬く間にここまで来るぞ! どうするんだよオイ!』「大丈夫! 次はうまくやるよ!」『『信用できねぇ!』』「カイこいカイこい!」『『うわぁ! 今度は八階層突破されたぞ加減しろ!』』「あれぇーっ?」……
全力よりも半分位の力の方が難しい。
ルドワゥとビルヌュの悲鳴が響く中、アレクはめげずにカイを願い続けてようやく適度に低スペックの戦利品カイを願う事に成功した。
そこまでに異界に突破された階層、六百階層。
全階層の一パーセント以上である。
『汝ら……やりすぎだ』
「「「「すみません! 本当にすみません!」」」」
かくしてカイ達と一緒にバルナゥに土下座する事が、誕生したカイハンドレッド達の最初の仕事となるのであった。
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